IX
ずぶ濡れで泥だらけだった姿に見兼ね、替えの軍服を用意された。
同じような黒い色。
そして蛇の国章が胸に飾られていた。
「ラズライトほど大それたものはこの国にはないが。西と東、両国が結ばれる式ならこれくらいのものは用意しなければな」
連れて来られたシャーマナイトの大聖堂。
石造りの祭壇を見渡しプラチナは言った。
凛とした声が広い大聖堂に反響して耳に届く。
アレキサンドライトは何も反応せず、ただ長椅子に座っていた。
返事のないアレキサンドライトに見兼ねプラチナは続ける。
「我と貴様の式だ。他人事では困るのだが」
アレキサンドライトは答えなかった。
控えていたアメジストが剣を抜き、切っ先を向ける。
「……陛下がお話になっている。顔を見ろ」
やっとの事でアレキサンドライトはプラチナの方を見た。
「今更後悔しているわけではあるまいな?」
笑みを含んだ問いかけにも、アレキサンドライトは答えなかった。
何を言っても反応を示さないアレキサンドライトに、プラチナの目が苛立ちで細められる。
丁度その時、怯えながら一人の黒騎士が声をかけた。
「プラチナ陛下!アラゴナイト国王陛下、王妃、トパーズ王子がご挨拶に参られました!」
突然の訪問者にアレキサンドライトは思わず立ち上がる。
「通せ」
そう一言プラチナが告げると、黒騎士は敬礼し、すぐさま三人を連れて戻ってきた。
慰霊祭で会った以来のアラゴナイト国王、王妃、そして黒いクマのぬいぐるみを抱いたトパーズが姿を見せた。
トパーズの蜂蜜色の瞳は、以前と同じ様に、いや、それ以上に鋭くアレキサンドライトを睨みつけていた。
「プラチナ女王陛下、アレキサンドライト国王陛下、この度はおめでとうございます。喜ばしいご報告に、いてもたってもいられず、アラゴナイトの全ての民に代わりお祝いに参りました」
「両国の結び付き、中立国として心からお喜び申し上げます」
自分とプラチナが結ばれることで東西の争いが終焉に近付くと、王と王妃は大層喜んでいるようだった。
プラチナは平常通り接しているようだったが、アレキサンドライトは罪悪感からか二人の顔をまともに見れなかった。
「さ、トパーズ。お二人におめでとうの言葉は?」
王妃が屈んでトパーズに優しく声をかけた。
トパーズは見付きを鋭くさせたままアレキサンドライトを見上げる。
構わずアレキサンドライトが腰を下ろし、目線を合わせてやる。
「……久しぶりだな。慰霊祭の時以来か。あれからチェスは強くなったか?」
だが、返ってきた言葉は驚きの内容だった。
「だっせー」
「え?」
「一回負けたくらいで言いなりになりやがって。だっせーの」
驚いた王妃がすぐさま口を塞ぐ。
「トパーズ!どこでそんな汚い言葉覚えてきたの!?」
「うるさい!オレはコイツに一言言わなきゃ気が済まないんだ!」
王妃の腕を跳ね除け、トパーズはびしりと指を差し言う。
「いいかお前!一回負けたくらいでヘコんでんじゃねーぞ!オレはお前にチェスで負けた時、何度負けても諦めなかったぞ!?」
プラチナからの冷たい眼差し、アメジストからの無表情の視線、そして顔を青くしたアラゴナイト王と王妃の視線がアレキサンドライトに集まる。
「それにその服似合ってねー!全っ然似合ってねー!弱っちぃお前が黒色着たって似合ってねーの!さっさといつものに着替えろよな!」
「トパーズ!好い加減になさい!!」
慌ててアラゴナイトの使者がトパーズを抱きかかえてその場を後にする。
「離せ!オレはまだコイツに言いたい事があんの!はーなーせーー!!」
持っていた黒いクマのぬいぐるみで使者の頭をポカポカ叩きながら、トパーズは連れられ退場して行った。
「アレキサンドライト陛下、ウチの愚息が申し訳ありません!」
「嫌がるのに無理矢理連れて来たせいかご機嫌斜めでして……後でキツく言い聞かせておきますから!」
顔を青くさせる二人に対し、アレキサンドライトはいいえと首を振る。
「いいんです。本当の事ですから……」
その表情は、どこか晴れやかだった。
「彼は偉いですね。まだあんな小さいのに……私の方が何も分かっていませんでした。ありがとうと伝えてもらえますか?」
「そ、そうですか……」
「そう言っていただけると嬉しいですわ」
忙しい中、長居するわけにはいかないとその場を後にした王と王妃。
静まり返る大聖堂の中、アレキサンドライトはプラチナに向き直る。
「プラチナ。この話、なかった事にしてくれないか」
黒曜石の瞳が細められる。
「お前が望むなら両国の和平協定にはできる範囲で協力しよう。だが、お前との結婚は出来ない」
再度剣に手をかけるアメジストを制する。
「理由くらいは聞いてやろう」
「以前友に言われた事がある。私が叶えたい夢、それに私は笑えるのかと。私自身が笑えないと意味がないと。それの意味がようやく理解できた」
「もう笑えなくていいとほざいていたのは何処のどいつだ?」
「お前に期待させる態度を取ったのは謝ろう。だが私は、国を、民を……自分を偽る事は出来ない」
腰の火打石銃に手をかける。
ロックを外し、銃口を向ける。
「ロイヤルゲームの勝者は我だ。我の願いに背くつもりか?」
「トパーズが教えてくれた。簡単に叶えられる夢じゃない。だから一度負けたくらいで私は諦めない。必要ならば、お前に勝つまで何度でも勝負を申し込む」
轟音が大聖堂に鳴り響いた。
玉が髪を掠めたのか、少し焦げた匂いがした。
「戯言をほざくな。次は外さない」
弾を入れ替え再度銃口を向ける。
音を聞きつけた黒騎士たちがアレキサンドライトの周りを取り囲み、槍の矛先を向けた。
「跪け。我に忠誠を誓え。そうしたら今の話は撤回してやろう」
目で黒騎士の数を数える。
前方だけで六人。
足音の数で後方も同じくらい、それ以上の人数がいるだろうと予測する。
「どうした?早くしろ」
プラチナが一歩、また一歩と銃口を向けながら近付いてくる。
カツリ、カツリと高いヒールが床を歩く音が響く。
それでも動かないでいると、再度足元に発砲された。
「二度言わせるな!跪け!!」
痺れを切らしたプラチナの声、発砲した際の轟音で怯んだ一人の黒騎士の隙を付き、腰に下げていた剣を鞘から抜き奪う。
剣を取ると同時に、向けられていた槍を切り落とし、腹に蹴りをいれる。
「貴様!!」
直様囲んでいた黒騎士たちが捉えようと向かってきたが、長椅子が並ぶ大聖堂の中、槍と甲冑装備では身動きが取り辛いのか少しばかり反応が遅れる。
その隙を付いて一人、また一人と黒騎士を倒していく。
「貴様!抵抗する気か!?」
「剣を捨てろ!」
「大人しくしろ!」
黒騎士たちが口々に威嚇するが、アレキサンドライトの目は変わらない。
「貴様……?誰に向かって口をきいている?」
剣を構え、臆する事なく言う。
「私はサンドライト国王・アレキサンドライトだ」
誇り高きサンドライト王の瞳に、迷いはなかった。
黒騎士たちがアレキサンドライトを捉えようと一斉に取り囲む。
しかし、アレキサンドライトの方が腕は上で、次々とそれらを倒していく。
途中使っていた剣が折れてしまっても、切りかかってきた黒騎士からそれを奪い、鮮やかに倒していく。
数人掛かりでも捉えることのできない状況に、プラチナの表情が怒りに歪んでいく。
「役立たず共め」
舌打ちをするのと同時、傍にいたアメジストが動いた。
鞘から剣を抜く。
幅広で、刀身の長いバスタード。
アレキサンドライトに剣先を向け、斬りかかる。
アメジストの気配に素早く手持ちの剣で防ぐ。
鋼が擦れ合う中、互いを睨み合う。
「傷は付けるな」
背後からかけられたプラチナの命令に応えるようにアメジストは剣を振るう。
アレキサンドライトも何とかそれらを防いでいくが、負傷した利き腕では思うように力が入らない。
最強の騎士と称されるアメジストの前にじわじわと追い詰められていく。
振り下ろされた剣を受け止める。
鋼の高い金属音が響く。
「……降伏しろ」
「断る」
歯を食いしばりアメジストの剣を跳ね除ける。
その際に切っ先が頬を掠め、一筋の赤い線ができた。
「私は、誰にも屈しない!!」
振り上げた剣。
その一瞬を見逃さず、アメジストの拳が腹に入る。
力が抜けた身体を壁に思い切り叩きつける。
頭を打ったのか、アレキサンドライトは力なく倒れ、そのまま動かなくなった。
打ち所が悪かったかと心配した一人の黒騎士が槍でアレキサンドライトの身体を小突くと息があり、気を失っているのが確認できた。
意識がないにのもかかわらず、手の剣は離さず握られていた。
「お、驚かしやがって!」
「この野郎!よくもやってくれたな!」
今にも手をかけようとした黒騎士たちに向かい再度発砲する。
「下がれ」
プラチナの剣幕、向けられた銃口に恐れ慄き、黒騎士たちが一斉に下がり跪いた。
「連れていけ」
そうアメジストに告げ、プラチナは踵を返し大聖堂を後にする。
途中、外に咲いていた白百合が風に揺れているのが見えた。
それを見た途端、下げていたカトラスで何度も斬りつけ無惨に切り落とした。
地に落ちた花弁。それを踏みつける。
怒りに震える体。
やり場の無い虚しさを悟られぬよう、プラチナはその場を後にした。




