VIII
サンドライトは雨だった。
いつもルーベライトを交えて茶を楽しんでいたテーブルは雨に濡れ、それをガラス戸越しに眺めながらアレキサンドライトはゆっくりと話し始めた。
自分がラトゥミナ症候群発症を機に七国王となった事。
七国王としてロイヤルゲームを通じ各国の王と戦ってきた事。
自分がゲームをする度傍で支えてくれたルーベライトに心惹かれていった事。
想いを告げたがそれは叶わなかった事。
ルーベライトと恋仲だったアメジストにゲームで敗れた事。
それに伴いシャーマナイトのプラチナと婚約する事になった事。
これまでの経緯を、ありのまま全てを話した。
「それ、全部本当の話なの?」
「全て私が力及ばず招いた事だ。逃げられない状況下でも、国やお前たちを天秤にかけ戦ってきたことに変わりない。謝って済む問題ではない事くらい分かっているが……本当に、すまない」
開いた傷口の手当をしてもらった腕を庇うように撫で、アレキサンドライトは静かに言った。
「酷いよ、そんなの……それじゃ、誰も救われないじゃん」
「救われようとは思っていない。これは私の今までの行い……『罪』が『罰』となった結果だ。だから、どんな事があっても、私はそれを受け入れる。受け入れるしかないんだ……」
「アレクは皆に幸せになってもらいたかったんでしょ?皆のために頑張ってきたのに。なのにこんなの……あんまりだよ」
言って閃いたのか、クオンタムはアレキサンドライトに向き直る。
「プンプン王子に言ってルーベさん連れ戻してもらおうよ。二人がそんな別れ方するの、見てられないよ」
「ルーベとはもう終わった事だ。今更やり直したいとも思わない」
「どうしてさ?」
「……傷を舐め合う仲だと言われた。ルーベはそんな目で私を見ていた。そんな虚しい関係に、私は戻りたくない」
「舐め合う仲?」
「私は母上の変わりを彼女に、彼女は失った恋人の変わりを私に当てていると……正直、言われて傷付いた」
「ルーベさん、本当にそんな事言ったの?」
「何度も違うと言った。だけど彼女にそう断言された。単に私に見る目がなかっただけの話だ」
「……アレク。もしかして、それ本当に信じてるの?」
弾かれたように顔を上げ、アレキサンドライトはクオンタムに言い放つ。
「信じたくないさ!だけど彼女はそう言ったんだ!」
「そんなの嘘に決まってるじゃん!」
「どうしてそう言い切れるんだ!?ルーベに直接聞いた訳でもないのに!」
「聞いたよ!本人から!アレクの事が好きだって!!」
驚いて目を見開いた。
「ずっと絵を描いてる時聞いてたよ!余所者の自分がアレクとどうやったら仲良くできるかって相談された時は愛称で呼んでみたらってアドバイスした!アレクが思いつめた顔をしてた時は得意なお茶を淹れて和ませてあげなよって提案した!馬に乗せてもらったらって最初に言ったのも、街に連れて行ってもらいなよって前から言ってたのも僕だよ!」
「……嘘だ」
「嘘じゃない!ルーベさんがどんなに喜んでたか、僕が一番知ってるよ!!」
「違う!彼女は私を見ていない!アメジストを見ているんだ!」
「過去から一歩進みたいってアレクに言ったんでしょ?重ねて見てる人にそんな事言えないよ!本当に前に進みたいから、アレクと前を向きたいから約束の場所に連れて行って欲しかったんだよ!」
『その場所に行けたら、私、今度こそ一歩進める気がするんです』
言葉を失った。
クオンタムの言葉を一つずつ理解するのがやっとで、どう返していいのか反応出来なかった。
「アレクの事、本当に好きだから断ったんだよ!自分のせいで好きな人の夢が終わっちゃうなら、好きな人の運命が変わっちゃうなら、僕だって同じ事して必死に止めるよ!!」
あの時の事を思い出した。
今と同じ場所で想いを告げた時、彼女は自分の駒を押し返した。
『……貴方の気持ちには……答えられません』
皆が笑って暮らせる世界を作るのが自分の夢だった。
その願いのためにロイヤルゲームで戦いを続けてきた。
それを知って、どんな時でも彼女は支えてくれていた。
『君が幸せになるのなら、それを叶えたいんだ』
アメジストを連れ戻すために戦う。
彼女を想った言葉が、彼女を苦しめた。
「……そんな」
「ルーベさん、誰よりもアレクの事想ってるよ!!」
自分は彼女に何と言っただろう?
『……君に、その名で呼んで欲しくない』
『君の事も、信じない』
『ロイヤルゲームとも、君とも、二度と関わらない』
言う度に悲しげに揺れた瞳。
傷付いたのは、彼女の方だった。
クオンタムの制止も聞かず、気が付けば走っていた。
雨が降り注ぐ中、ずぶ濡れになりながら泥で足が汚れるのも構わず城門を目指す。
城門で警備を担当していた兵士がアレキサンドライトに気付き声を上げた。
「陛下!?いかがなさいました!?」
「ルーベは何処だ!?」
「ルーベライト姫なら先ほどアイオライト殿下と共に馬車で国に帰られましたが……」
アレキサンドライトは閉じられたままの城門に手をかける。
「陛下!?」
「城門を開けろ!早く!!」
「え!?しかし、」
「早く開けろ!!」
二人が城を後にしてから大分時間が経っている。
馬車で移動しているのなら尚更間に合わないだろう。
それでもアレキサンドライトは動かずにはいられなかった。
主君の命で大急ぎで城門が開けられる。僅かに開いたその隙間に体を滑りこませ、城門を潜る。
坂道を駆ける中、ぬかるみに足を取られ、バランスを崩して転倒してしまう。
体を起こしながら、様々な事が頭を駆け巡った。
追いかけてどうするつもりだ。
今更彼女に何と言うつもりだ。
謝った所で、何も変わることはない。
自分がシャーマナイトに降伏することも、彼女と共に未来を歩むことができないのも。
彼女が望んだ世界を見せることができないのも。
何も変わることはないのに。
髪や顔に泥を被り、雨で滴る冷たい体。
今のアレキサンドライトに立ち上がる気力は残っていなかった。
大粒の雨で視界が悪い中、人影が見えた。
「何処へ行くつもりだ?」
かけられた声に顔を上げた。
艶やかで切り揃えられた長い黒髪。黒曜石を思わせる切れ長の鋭い瞳。雪の様な白い肌。
全てを威圧する黒い軍服の女性が立っていた。
「……プラチナ」
どうして此処にいるのかと驚いていると、察したように黒い鍵を見せた。
死神の鍵。
ロイヤルゲームで勝利し、自分の駒を手にした証だった。
雨に濡れないよう、傍にはアメジストが傘を差してやっている。
「式の段取りをしよう。我は決め事は早急に進めたい」
もう、全てが遅かったのかもしれない。




