IV
「似合うじゃないか」
プラチナの執務室に入るなり、彼女から賞賛の声が上がった。
何時もは白の軍服と国色である深緑のマントを纏っていたアレキサンドライト。
今はシャーマナイトの国色である黒で統一された軍服に身を包んでいる。
胸には誇り高い獅子のブローチの代わりに、シャーマナイトを象徴とする蛇の国章が光っている。
「我の見たてた通りだ。やはり貴様は黒が似合う。この髪色にふさわしいのはこの色だ」
掛けていた椅子から立ち上がりアレキサンドライトの髪色を一房掬う。
アレキサンドライトは何の反応も見せなかった。
「ご苦労だった、アメジスト。下がれ」
そう告げるとアメジストは頭を下げ、静かに執務室を後にした。
二人きりになった執務室。
座れと椅子を差され、腰掛けた。
「早速だが本題に入らせてもらう。アレキサンドライト、我の物になれ」
「……それがお前の願いか?」
「戦を止めたいのであろう?我と共になる事で双方の願いが叶うのなら貴様も問題あるまい?」
嫌でも従ってもらうがと目の前に一枚の書類を出される。
和平協定の誓約書。
和平と謳っているが、プラチナの物になる以上サンドライトの降伏と同じ事になる。
この書類にサインすれば、長年続いてきた戦も終戦に向かう。
自分が、目の前のプラチナと生涯を共にする事で。
「本当は貴様の返事を期待していた。だがそれはレヴィアタンの言う通り無駄だった。なら力で従わせるしかない。ロイヤルゲーム様々だ」
「こんな事で私と共になって、お前は本当にいいのか?」
「サンドライトは広大で豊かな領地がある。北国で雪と鋼山に囲まれたシャーマナイトとは違う価値がある。私情は二の次、それが国を治める女王としての役目だ」
アレキサンドライトの頭の中で、先日言われたクオンタムの言葉が反響する。
『アレクはそれで笑えるの?』
国を、民を守るのが自分の使命。そう言い聞かせて戦ってきた。
「……お前は、それで笑えるのか?」
クオンタムに言われた言葉を、アレキサンドライトは尋ねた。
プラチナの黒曜石の目が細められる。
「何が言いたい?」
「私は、皆が笑って暮らせる世界を作りたい。それが私の使命だから……私と生涯を共にして、お前はそれで笑えるのか?」
「愚問だな」
プラチナは言い捨て席を立つ。
窓辺にゆっくりと歩み寄り、シャーマナイトの街を見下ろす。
「この世界は実に正直だ。強ければ生き、弱ければ死ぬ……我は弱者で死にたくない」
アレキサンドライトの方を振り返る。
「貴様と結ばれれば、我の地位は盤石のものとなる……もう、誰にも負けない」
「負ける?」
「我が負ける時は死する時だ。常に勝者でいられる事こそ、我の幸せだ」
「私がいる事で、お前は勝者でいられるのか?」
プラチナは臆する事無く言う。
「我が勝者でいるために、貴様の存在が必要だ。アレキサンドライト、我のものになれ」
再度同じ言葉をプラチナは投げかけた。
目の前に広げられた書状を見る。
何も言わず手前に引き寄せ、誓約書にペンを走らせる。
サンドライト国王・アレキサンドライトの名を書き留めた。
「意外だな。抵抗されるとばかり思っていたが」
「ロイヤルゲームの願いは絶対だ。私が負けた時点で選択肢はない。シャーマナイトとの和平協定も、お前との結婚も同意しよう」
「さすがは西国の賢君。物分りが良い」
アレキサンドライトがサインした誓約書を手に取る。
直筆で書かれたサインを見ていると、ぽつりとアレキサンドライトが零した。
「……お前の言う通りだ」
視線をアレキサンドライトに向けた。
目の前の賢君は視線を落とし、虚ろな姿だった。
「……私の願いは、くだらないものだったのかもしれない。現にその夢のため戦ってきたが、私には、皆を幸せにする力がなかった」
「アメジストに負けて悔やんでいるのなら仕方のない事だ。奴はシャーマナイトで最強の騎士だ。サンドライトで騎兵団を纏める貴様でも叶う相手ではなかっただけだ」
「せめてこの戦が終戦に向かってくれるのなら、私はお前の要件を呑む。私にできる事は、それだけだ」
「交渉成立だな」
差し出された雪のような白い手。
その手をアレキサンドライトは力無く握った。
「一つ聞こうか。貴様はそれで笑えるのか?」
自分に尋ねられた言葉をプラチナはアレキサンドライトに返した。
アレキサンドライトは力無く言う。
「……私はもう、笑えなくてもいい」
虚ろな深緑の瞳に、光はなかった。




