IV
翌日。
アレキサンドライトはラピスラズリの部屋に来ていた。
その日、まだ朝から何も口にしていないというラピスラズリを案じて、アレキサンドライトは持って来ていたサンドライトで採れた果物を差し出した。
綺麗にカットされたそれを手渡せば、礼を言うものの口には入れず、そのまま皿ごとヘッドボードへと置いてしまった。
「陛下、何か食べないと。皆も心配しておられます」
「すまんな。今は食欲がないのだ……」
アレキサンドライトは渡そうか迷っていたが、空いている花瓶に花束を活けた。
枯れてはいないのに、所々散って痛んでしまっている花。
明らかに踏まれ潰されてしまった花束を見てアレキサンドライトが答える。
「昨日、ルーべライト姫にお会いしました」
ルーべライトの名前が上がると一度こちらを見たが、直ぐに視線を落とした。
「陛下が早く元気になられるようにと託されました。本当はもっと美しい花束でしたが……せめて彼女の想いだけでもとお持ちしました」
「そうか……」
「驚きました。陛下に御息女がいたとは」
「美しいだろう。惚れてはならんぞ」
そう笑いながら言うラピスラズリだったが、また浮かない表情になってしまった。
「縁組の話も聞きました」
「……奴に会ったのか?」
ネフライトを指しているのだろうと思い、アレキサンドライトは頷いた。
「正直、喜びよりも憤りの方が勝ります。どういう経緯でそうなったのか、話せる範囲で結構です。私にしてくださいませんか?」
ラピスラズリはルーべライトが摘んだ花を愛おしそうに撫でた。
「あのいばらの塔が見えるだろう?」
そう言い、窓に視線を移す。
昨日ルーべライトが教えてくれたあの塔だった。
「あれはルーべが幼少よりずっと住んでいる塔だ。このご時世、国同士の都合で女は人質として利用される事も少なくない。ワシはあの子に戦の道具になって欲しくなかった。だからあの塔に幽閉し、長い間ずっとその存在を隠してきた。ルーべの存在を知っているのはワシと息子のアイオライト。数える程の側近のみだ。酷いだろう?娘の自由を縛る父親は」
辛そうに笑うラピスラズリに対し、アレキサンドライトは何も答える事が出来なかった。
「貴殿には言えない事だが、ワシは昔からある『ゲーム』に参戦していた。若い時に一度、戦場で死にかけた事があってな……その時に助けてもらった見返りとして参戦していただけだが、それはワシの本心ではなかった。ワシはルーべの存在と同じように、自分もゲームの参戦者だという事を長年隠してきた。しかし、何処から嗅ぎつけられたか、彼奴が現れた」
「ネフライト、ですか?」
ラピスラズリは頷き、続ける。
「もちろんワシはゲームに参戦するのを断った。だが独裁者の名を欲しいままにしている彼奴が納得するわけがなかった。この城に来城した際に、偶然にもルーべを見られてしまった。彼奴はラズライトとルーべをかけて、ワシに戦いを挑んできた。その結果がこれだ。まだまだ現役だと思っていたが、ワシももう年だな」
痛々しい傷を撫でながら、ラピスラズリは遠くを見つめた。
「本当は貴殿に全て話してやりたい所だが、それは出来ん。貴殿には、ワシが成し遂げれなかった平穏な世界を作ってもらいたい。足を踏み入れてはならぬ。ワシの良心だと思ってくれ」
「陛下……」
「ルーべには悪い事をした。幼い頃より自由を奪い、未来さえも奪ってしまった。最後に、外の世界を……戦だけでない素晴らしいこの世界を見せてやりたかった……」
最後にそう静かに呟いて、ラピスラズリは体を横たえ眠りについた。
アレキサンドライトは寝室の扉を静かに閉じると、決意を固めた。