IX
夜。
雨は止む気配を見せない。
二人は城に併設された小さな教会にいた。
時計の針はあと少しで十二時を指す。
距離を不自然なまでに空けて長椅子に腰掛ける二人の間には会話はない。
何も言わずルーベライトは立ち上がる。
祀られたロードナイト像の前に歩み寄り、静かに手を組んで祈りを捧げた。
そう言えば、初めて会った時も、彼女は祈っていたなと思い出した。
毎度ロイヤルゲームをする際も、こうして自分の身を案じて祈ってくれていた。
「何を祈ってるんだ?」
「……貴方の無事を」
「結構だ。私は神を信じない」
振り返るルーベライト。
「君の事も、信じない」
そう告げれば、彼女は悲しそうに俯いた。
「出過ぎた真似を……」
傷ついた彼女の顔を見ないふりをした。
時計の針は十二時を差した。
現れる黒い影。
「こんばんみ〜!約束の十二時、今日も張り切って行こー!」
一人はしゃいでいる死神・ルシファーと対象的に、二人は口を閉ざしたままだった。
「あれ?どしたの??」
「何でもない。早く鍵を開けてくれ。一秒でも早く終わらせたい」
「お!アレク様、とてつもなくやる気じゃないですか!ささ、どうぞ!」
黒い鍵を取り出し、教会の奥へと続く扉の鍵穴に差し込む。
ガチャリと音を立てて鍵を回し、二人に向き直ると一礼する。
アレキサンドライトは扉が開かれた途端、一人足を踏み入れ螺旋階段を降りていく。
「今日はエスコートしないんですかー?」
暗い階段で足を滑らせないようにと、いつもはルーベライトの手を取っていたのに。
そう言いたげにルーベライトの方を見ると、彼女も何事も無かったように一人階段を降りていく。
階段を降りて行く時も、二人の間に会話はなかった。
「ねぇねぇ?喧嘩でもしたの?」
二人は何も言わなかった。
とうとう扉の前に着いた。
この扉を開ければ、ゲームが終わるまで戻れない。
駒を取り出し、アレキサンドライトは口を開く。
「ネフライトと戦った時の約束、覚えているか?」
「……ゲームに勝てば国に帰るはずだったことですか?」
「私が間違っていた。あの時、約束通り君を国に返すべきだった。そしたら、互いに虚しい関係にならずに済んだかもしれなかったのに……」
視線も合わせない会話は続く。
「君からしたら、私の願いなんてくだらないものだったんだろう。無理に引き止めて、本当に悪かったと思っている」
「……いえ」
「今日、このゲームで終わりにする。ロイヤルゲームとも、君とも、二度と関わらない」
「……はい」
「最後の頼みだ。駒を嵌めてくれ」
手の中の薔薇色の駒。
それを溝にはめると、扉の鍵が開く。
ロイヤルゲームが始まる。
少しの間を置いて、ルーベライトは駒を溝にはめた。
それに習い、アレキサンドライトも自身の駒をはめた。
鈍く重い、鍵の開く音がした。
開いた扉の先。
澄み渡る空と、その下に広がる黒と白の大理石。
遥か前方に見える、女の姿をした死神と黒い軍服姿。
「待っていたぞ、アレキサンドライト」
シャーマナイト女王・プラチナだった。
そして、傍に立つ人物を見て二人は驚いた。
アメジストだった。
アメジストもルーベライトの姿を見るなり目を見開き、動揺している様が見て取れた。
「アメジスト……?アメジストなのですか!?」
思わず声をかけるルーベライトにプラチナは容赦なく言い放つ。
「貴様、誰だ?」
「私はラズライトのルーベライトです」
「アメジストは我の剣だ。もう貴様の物ではない。気安く声をかけてもらっては困る」
そうだろう?傍に控えるアメジストにプラチナは同意を求めた。
アメジストは答えなかった。
「アメジストは一人の人間です。物ではありません」
いつも自分が口にしている言葉をルーベライトの口から聞き、アレキサンドライトは驚いた。
同時に、プラチナの表情が怒りに歪む。
「ルーベライト。我は貴様みたいな女が大嫌いだ」
女王たる気迫に、思わず一歩下がってしまう。
「何不自由なく皆に可愛がられ、苦労も知らず、綺麗な衣装を着飾り、欲しい物は全て手に入る……貴様みたいな女、見ているだけで虫唾が走る」
言いながら火打石銃を手に取り、銃口をルーベライトに向ける。
アレキサンドライトが庇うように前に出たのと、アメジストがプラチナの銃を握る腕を取ったのは同時だった。
「離せ」
「できません」
「我に意見するか?」
「女王陛下と言えど、罪なき者を殺める事は許されません」
アレキサンドライトは剣を抜き、切っ先をプラチナに向ける。
「プラチナ、ロイヤルゲームをしに来たんだろう?お前の相手は私だ」
アレキサンドライトの言葉も気に入らず、プラチナの表情は一層険しくなる。
「……いいだろう。しかし、お前の相手は我ではない。アメジストだ」
自分の耳を疑った。
「アメジスト……どうして!?」
ルーベライトの悲痛な声。
それが痛い程に伝わり、アメジストの胸を締め付ける。
「我は欲張りで意地汚い女が大嫌いだ。アメジストとアレキサンドライト、そこで傷つけ合う二人を見ているがいい」
「貴方、アメジストは部下なんでしょう?貴方に尽くし仕える人に、どうしてそこまで酷い事が言えるんですか!?」
「二度言わせるな。アメジストは我の剣だ」
黒曜石の瞳が鋭く光る。
「アメジスト、手加減をしてみろ?貴様の目の前であの女を殺す」
プラチナは臆する事なくアメジストに言う。
アメジストは暫し沈黙していたが、意を決し、鞘から剣を抜く。
その切っ先をアレキサンドライトに向けた。
「茶番はいいからそろそろ始めていただけないかしら?寝不足はお肌に良くないのよね」
「レヴィアタンが怒ってるからそろそろ始めっか!王様だ〜れだ?」
アレキサンドライトは舌打ちをし、アメジストに斬りかかる。
対するアメジストは無言でそれを受け止める。
合わさる鋼の音が響く。
「やめて!二人ともやめてください!!」
ルーベライトは何度も声を張り上げる。
「外野は黙っていろ。我は煩い女が嫌いだ」
今にも銃口を向けそうなプラチナを見て、ルシファーがルーベライトを止めに入る。
「はいはい、静かにしてね〜妨害行為は認められないよー」
それでもルーベライトは乞い続けた。
ルーベライトの声を聞きながら、二人は攻防を続ける。
攻撃の多くがアレキサンドライトからだった。
間を入れず、何度もアメジストに斬りかかる。
対するアメジストはアレキサンドライトの攻撃の手を読んでいるのか、繰り出される鋼の全てを受け止めている。
何も言わず、ただアレキサンドライトの鋼を受け止める続けるアメジスト。
アレキサンドライトの深緑の瞳が鋭くアメジストを捉える。
「……何に怯えている?」
不意にアメジストが言った。
「何!?」
「……何をそんなに怯えている?」
「勘違いするな!貴様に怯えてなど、」
「……陛下と、同じ目をしている」
アレキサンドライトの振り下ろした剣は大きく外れ、バランスを崩しながらもすぐに剣を構え直す。
「そんな言葉で惑わす気か!?」
アメジストは答えなかった。
静かに剣を構え、アレキサンドライトを見据える。
らしくない苛立ちに気付かず、アレキサンドライトは何度も斬りかかる。
「……お前は何のために戦っている?」
「黙れ!」
「……今のお前は、踊らされているだけだ」
高く大きな鋼の音。
激しい鍔迫り合いで対峙するアメジストを射抜く。
「私は私の意志で戦っている!平和な世界を望んで!誰も傷つかない世界を願って!誰にも踊らされてなどいない!!」
「……何故お前がそれを願う?」
それが王である自分の使命だから。その言葉をアレキサンドライトは言い留まった。
「誰かの幸せを願って何が悪い!?」
「……お前は幸せを願っているんじゃない。許しを乞うてるだけだ」
アレキサンドライトの剣を弾く。
アメジストの剣は突きと斬り、両方の攻撃を成せるよう作られたバスタードだった。
扱いが難しいその剣の攻撃のリズムにアレキサンドライトは翻弄される。
「……誰かの幸せを願うことで、自分が犯した『罪』を正当化しているだけだ」
切っ先が利き腕を掠めた。
傷口は深く、鮮血が床を走る。
痛みに態勢を崩す。
「……『死』に、怯えているのだろう?」
弾かれたようにアレキサンドライトは顔を上げ、剣を繰り出す。
「知ったような口をきくな!」
「……剣が乱れている。心が乱れている証拠だ。お前は、私に勝てない」
斬られた腕の力が入らない。
アレキサンドライトの腕の傷を見てルーベライトは声を張り上げる。
「アメジスト!お願いだからもうやめて!!」
ゲームが始まってからずっと声を張り上げていたルーベライト。
その声は掠れ、愛らしい綺麗なものではなくなっていた。
「……アメジスト、そろそろ終わりにしよう。煩いのは嫌いだ」
プラチナのその命に、アメジストは剣を構え直す。
アレキサンドライトも痛む腕を庇いながら剣を構え直す。
血が腕を伝い、柄を流れ、雫となって床に落ちて行く。
利き腕が負傷した事で、勝負は見えていたのかもしれない。
アメジストの一撃。
防ごうとしたアレキサンドライトのクレイモア。
その鋼が折れ、切っ先が床に刺さる。
限界だった腕。
力の入らない手。
血で赤く染まった柄が音を立てて滑り落ちた。
膝を付き、切っ先を喉元に突きつけられる。
「チェックメイトだ」
サンドライト王・アレキサンドライトの、敗北の瞬間だった。
【ロイヤルゲームのルール:11】
『生贄の駒は、該当者の身分や因果により階級が定められる』
『女王』、『戦車』、『僧正』、『騎士』、『歩兵』の5種から成る
余談ですが、本日12/29で当小説『綺石のクラウン』は掲載1周年を迎えることができました
いつも読みにきてくれている方々、本当にありがとうございます
アクセス数に数字が付いていることが何よりの励みになります
来年度もよろしくおねがいいたします




