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綺石のクラウン  作者: もももか
第十一章 『プラチナ』
102/145

II

使い込まれた木製のパレット、大小様々な筆、沢山の顔料が入った瓶と油壺を並べる。

大きなキャンバスの前に座りながら、クオンタムは明るい調子で言う。

「大分日が空いちゃってごめんね。じゃあ始めよっか。よろしくお願いしま〜す!」

「よろしくお願いします」

目の前に佇むルーベライトに頭を下げると、彼女もまた一礼し、いつも通り指定のポーズを取る。

大きなキャンバスで彼の表情は伺えないが、張り詰めた空気で集中しているのがわかる。

木枠にピンと貼られたキャンバスに、筆が走る音が心地いい。

窓の外の草花が風で穏やかに揺れるのをぼんやりと眺める。

途中、番の小鳥が羽休めに窓辺に止まり、数度さえずるとまた飛び立って行った。

クオンタムが製作中のルーベライトの肖像画も佳境に入っていた。

あと一月ほどでサロンの締め切りらしく、それまでに作品を完成させなければならない。

だが、売れっ子画家のクオンタムが四六時中この絵に向き合えるわけはなく、依頼のある他の肖像画製作の合間を縫って製作する事になる。

現にこの数日、依頼が数件舞い込んで、それに合わせて来城できない日が続いていた。

貴重な時間、少しでも完成度を高めようとクオンタムの筆は走る。

「その指輪、どうしたの?」

描き始めてから暫くして、クオンタムは尋ねた。

日頃お喋りなクオンタムだが、一度集中すると一切口を開かなくなる。

そんなクオンタムに急に話しかけられ、ルーベライトは反応が遅れてしまう。

「左の小指。可愛いね」

丁度手元を描いているのか、以前は身に付けていなかった物を指摘されルーベライトは頷く。

「前にサンドリアへ出かけた時、アレクに……」

「買ってもらったの?アレクやる〜!」

嬉しそうに彼に賞賛の声を上げた。

「似合ってるよ」

「ありがとうございます」

「あの時は途中で帰っちゃってごめんね。欲しい物買えた?」

「はい。クオンタム様に教えていただいたお店に最後の一つが」

「本当?良かったね!」

「今日も一段落したらお茶にしましょう」

「そうだね。アレクも呼んであげよう」

内心、ルーベライトはどきりとした。

あの日、サンドリアの街へ出掛けた時、彼に想いを告げられた。

君に惹かれていると。

その後の事はあまり覚えていない。

会話らしい会話もなく、城の離れにある自分の部屋の前まで送ってもらった時、彼は言った。

『別に答えを求めて言ったんじゃないんだ。君に伝えられないまま終わってしまうのが嫌だったから……興味がなかったなら忘れてくれても構わない。でも、君がもし私の気持ちに何らかの答えを出してくれるのなら……私は、待っている』

空に一等星が輝く中、最後にお休みと挨拶をしたのを最後に、それから彼と会えないでいた。

チャロアイトの一件による連日の軍議。

多忙を極める公務。

それに加えて日々の軍演習も欠かせない。

窓辺から彼の姿を見る事はあっても、顔を合わせる事もないまま、数日が過ぎてしまっていた。

「悩み事?」

再度声を掛けられ、思わず驚いた。

「え?」

「なんか今日のルーベさん、いつもと違うなぁと思って。憂いを帯びた表情も僕は好きだけどね」

言いながら近くの顔料が入った瓶を取る。

慣れた手付きで油で溶き、それをキャンバスに乗せていく。

「僕で良かったら後で聞くよ」

「……ありがとうございます」

正直、クオンタムには本当の事は話せそうになかった。

けれど彼の純粋な気持ちが嬉しくて、ルーベライトは今日初めての笑顔を見せた。

外が騒がしいのに気付いたのはその頃だった。

城に駐在する兵が皆ある場所に向かっている。

訓練かと思ったがどうやらそれも違うらしい。

「シャーマナイト人が来たって本当か?」

「勝ち抜き戦だってよ!」

「第一剣技場だ!早くしろ!」

窓を横切っていく兵士達は皆口々にそう言っていた。

「ねぇねぇ、何の騒ぎ?」

窓を開けクオンタムが一人の兵士に聞いた。

「シャーマナイト兵が来城してきたんだ」

「シャーマナイトってあの東国の?」

「アレク陛下に会わせろって勝ち抜き戦をやってるらしい」

「何それ!?面白そう!」

「ダメだ。関係者以外部屋から出るなとのお達しだ」

早くしろと他の兵士に煽られ、教えてくれた兵士は行ってしまった。

「東国の方が攻めて来られたのですか?」

不安に揺れるルーベライトを見てクオンタムは言う。

「攻めてきたわけじゃないみたいだよ。でも興味あるね。見に行こうか?」

「でも、先程此処から出るなと……」

「大丈夫!外に出なければいいんだし」

こっち来てと手招きされる。

クオンタムが部屋の隅に置かれている衣装ダンスを押してずらすと、壁に切り込みが入っているのが見えた。

それをスライドさせると、隠し通路が現れた。

「この前アレクに教えて貰ったんだ」

何処か満足気にクオンタムは言った。

隠し通路は短く、サンドライト城のとある廊下に繋がっていた。

「第一剣技場って言ってたね。こっち来て」

クオンタムの後に続き、近くにあった階段を登る。

物置と思われる部屋に入り、そのテラスに通じるガラス扉を開けると、広い剣技場に詰めかけた群衆が見えた。

「お!やってるやってる!」

手招きされるがままテラスに歩み寄り下を覗くと、剣技場でサンドライト兵と、黒い鉄の甲冑に身を包んだ人物が戦っていた。

一際細やかな細工が施された黒い甲冑に身を包んだ、軍人にしては線の細い人物。

黒いマントが風ではためく。

頭部も同様に黒い鉄のヘルムで覆われ、表情は伺えない。

繰り出される鋼が素早い動きでサンドライト兵を追い詰めていく。

鋼の高い音と共に舞い上がる剣。

武器を弾いたサンドライト兵の喉元にカトラスの切っ先を突き付ける。

「他愛ない」

鼻で笑って吐き捨てられ、サンドライト兵は悔しさに歯を食いしばる。

「嘘だろ!?アイツうちの隊で一番強かったのに!?」

「これで九人目だぞ!?」

「誰か止めれる奴はいないのか!?」

集まったサンドライト兵からどよめきが起きる。

そこに話を聞き付けやって来た、甲冑姿のセラフィナイトが現れる。

「これはどういう事だ」

明らかに怒りを含んだ声音に、周りの兵士の顔が凍りつく。

「遥々シャーマナイトから参上した。サンドライト国王・アレキサンドライト陛下に謁見願いたい」

黒マントの人物は凛とした声で言った。

「ジークハイル!!(勝利万歳)」

その後ろで黒い甲冑の騎士たちが乱れる事なく敬礼する。

顔を含め全てを黒鉄で統一された彼らからは唯ならぬ威圧感が伝わる。

「貴方は?」

「下の者には用はない」

「私はサンドライト騎兵団団長です。貴方のような無礼な輩を、陛下の前に通す事はできません」

「ならば力尽くでも会わせて貰おう」

黒マントの人物はセラフィナイトにカトラスを向ける。

「約束の十人まで後一人。貴様を倒し黙らせれば問題あるまい」

騎兵団団長・セラフィナイトの返答を、皆が固唾を飲んで伺う。

「……分かりました」

セラフィナイトの手が剣に伸びた時だった。

「その必要はない」

背後からした声にサンドライト兵は一斉に振り返る。

銀の甲冑、装飾が施された深緑のマントをたなびかせながら歩み寄る男が一人。

アレキサンドライトだった。

頭部を覆うヘルムの隙間、深緑の瞳が鋭く光る。

思わず名を呼びそうになるセラフィナイトを制し、アレキサンドライトは黒マントの人物を見据える。

「私が相手だ」

クレイモアを鞘から抜き、切っ先を向ける。

「貴様が勝てば国王に会わせてやろう。だが、私が勝てば兵を引き連れ国へ戻れ。二度とこの国に足を踏み入れるな」

普段とは違う低い声音。

空気が震えるような緊張感が、主君の本気を伝えてくる。

黒マントの人物は目の前の人物を見る。

甲冑の装飾、深緑のマント、サンドライト王家に伝わる獅子のエンブレム。

何より放たれる圧倒的なその気迫。

ヘルムの下で、思わず笑みが浮かべた。

「……いいだろう」

黒のガントレット。

その指でかかって来いと挑発する程、黒マントの人物は余裕に満ちていた。

「あれ、ひょっとしてアレクじゃない?」

「本当ですか?」

「絶対そうだよ!行っけぇアレク!やっちゃえやっちゃえ!」

ノリノリで応援するクオンタムの隣、ルーベライトは不安からか手を握りしめその様子を見守っている。

アレキサンドライトが静かに剣を構える。

それに習って、黒マントの人物も構え直す。

短く息を吸い、動いたのは同時だった。

合わさった鋼の高い音。

黒マントの人物のカトラス、アレキサンドライトのクレイモアが激しい攻防を繰り広げる。

「そこだ!行けぇ!」

「やっちまって下さい!」

周りのサンドライト兵から次々にアレキサンドライトを応援する歓声が上がる。

そんな空気にも関わらず、黒マントの人物の攻撃の流れは変わらない。

アレキサンドライトが一度大きく剣を振り上げる。

それを読んでいたかの様にひらりと交わし、素早い動きで回し蹴りを入れる。

咄嗟に腕で受け止めるが、体勢が乱れた所を執拗に責められる。

「おい!今の反則だろ!?」

「汚ねぇぞ!!」

野次を飛ばすサンドライト兵に、控えていた黒の騎士は言う。

「真剣勝負にルールは無用」

聞き捨てならない言葉に、一人のサンドライト兵が殴りかかった。

「ルールは無用なんだろ!?来いよ!」

「貴様ぁ!」

一人、また一人と殴り合いの喧嘩になり、収まりの付かない乱闘騒ぎになる。

アレキサンドライトと黒マントの真剣勝負は続く。

互いに距離を空け、相手を見据える。

剣を構え直し、相手に向かって突進する。

「アレク!」

ルーベライトの声と同時。

互いの剣が互いの喉元でピタリと止まる。

「そこまで!」

セラフィナイトの声がして、やっと互いから殺気が消える。

距離を空け、肩で息をするアレキサンドライトにセラフィナイトは駆け寄る。

「お怪我は?」

「大丈夫だ」

アレキサンドライトは同じ様に、肩で息をする黒マントの人物に声をかける。

「中々やるな。これが戦場だったらやられていたかもしれない……約束だ」

言いながら自分のヘルムを外す。

汗で張り付いた赤い髪。

頭を数度横に降ると、雫が数滴飛んだ。

「サンドライト国王・アレキサンドライトだ。お前たちの目的は何だ?」

アレキサンドライトが言い終わるのと同時に、セラフィナイトが黒マントの人物に剣を向ける。

先程暴動で暴れていた兵士たちも、持っていた剣を一斉に黒騎士たちに突きつける。

「陛下の御前である。顔を見せろ」

セラフィナイトのその言葉に黒マントの人物が手で合図をする。

黒騎士らが次々にヘルムを外し、その場に跪いた。

黒マントの人物も、ゆっくりと自身のヘルムに手をかける。

しかし、それが取られたと同時に一同は唖然と目を見開いた。

艶やかで切り揃えられた長い黒髪。黒曜石を思わせる切れ長の鋭い瞳。雪の様な白い肌。

「女……!?」

辺りからどよめきが上がる。

「シャーマナイト女王・プラチナだ」

銀色の蛇を模したイヤリングが光る。

凛とした声音で発せられた言葉で、さらに耳を疑う。

「ジークケーニギン!!(女王万歳)」

プラチナの後ろで黒騎士たちが乱れ一つなく敬礼した。

「東国の女王が何故サンドライトへ来た?」

「言ったはずだ。アレキサンドライト、貴殿と話すためだ」

一人の黒騎士がプラチナに近付き、書状を手渡す。

銀色の髪と紫の瞳。

端正な顔に不釣り合いな、額に大きな傷がある。

その男と、一瞬だけ目が合った。

「アレキサンドライト。この長い東西の戦、我らの手で終わらせたくはないか?」

「……どういう意味だ?」

様子を伺うアレキサンドライトに、プラチナは渡された書状を広げる。

「百年続くこの大戦、我ら二人の結びつきで終わりにしようじゃないか」

書状にはシャーマナイトとサンドライトの和平協定案と題され、その提案内容が細かく記されていた。

事実上、政略結婚の申し出だった。

アレキサンドライトは驚愕した。

「何を馬鹿げた事を!!」

声を荒げるセラフィナイトに、プラチナは至って冷静だった。

「貴殿は以前からこの戦に疑問を持っていたのだろう?我もそうだ。もし我らの結びつきで戦が終結し、東西が一つになるのなら、これ以上ない話だと思わんか?」

アレキサンドライトは声が出なかった。

いや、出せなかった。

いきなり告げられた内容を理解するのがやっとで、言葉が浮かんで来なかったからだ。

「我に負けるようでは無理にでも国を支配してやろうかと思っていたが、気が変わった。我の夫となるには申し分ない強さだ。見初められた事、光栄に思うがいい」

「こんなやり方で協定を結ぶだと!?これがシャーマナイトのやり方か!?」

「目的のためなら手段を選ばん。それが我のやり方だ」

プラチナは臆する事なく続ける。

「貴殿は戦を終わらせたいのであろう?我らが結ばれるだけで皆の平穏な日々が手に入るのだ……悪い話など一つも無かろう」

今だに言い淀むアレキサンドライトを見て鼻で笑い、書状を黒騎士に渡す。

渡された黒騎士はそれを纏め、アレキサンドライトに跪いて手渡す。

暫し迷った末、アレキサンドライトはゆっくりとそれを受け取った。

「今日はこれ位にしておこう。貴殿の良い返答、期待しているぞ」

そう告げ、プラチナは踵を返す。

最後に一度、アレキサンドライトは黒騎士と目が合った。

シャーマナイトでは珍しい銀色の髪と紫の瞳。

そして、額に大きな傷。

黒騎士はプラチナに続き、その後をシャーマナイトの騎士たちが後に続く。

「城門を閉めろ!すぐにだ!」

セラフィナイトに言われ、サンドライト兵たちが慌てて動き出す。

「動ける者は馬の用意を!後を追う!絶対に奴らを逃すな!」

続いて発せられた命令にアレキサンドライトは我に返る。

「待て!奇襲するつもりか!?」

「この機を逃すわけにはいきません!」

「駄目だ!何を考えている!?」

「陛下はあの言葉を信じてらっしゃるのですか!?東の奴らの言う事を、本気にしてらっしゃるのですか!?」

「例え偽りでも、和平を求め来城した者を切り捨てるのか!?そんな事、断じて許さん!」

「しかし!」

激しくなる二人の口論。

丁度その時、目の前をルーベライトが駆けて行くのが見えた。

「待って!待ってください!!」

長いドレスの裾を上げ、必死に走ってシャーマナイトの騎士らの後を追う。

少し遅れて、今度はクオンタムが走って来た。

「ちょっと待ってってば!ルーベさん!」

だが、日頃の運動不足が祟り、ガクガクと笑う足を止めてその場にへたり込んでしまった。

「どうした?」

「僕にもわかんないよ」

「黒騎士を追っているのか?」

「さっき黒い人たちが兜取ったでしょ?そしたら急に走り出して……」

アレキサンドライトの言葉に全身で息をしながら答えるクオンタム。

次の瞬間、セラフィナイトの制止も聞かず、アレキサンドライトも後を追って走っていた。

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