IX
高台に続く坂道を二人並んで歩く。
ルーベライトの手には紅茶の茶葉が入った袋が大切に抱えられている。
クオンタムに教えて貰った店で最後の一つとして売られていたそれは、希少価値が付きかなり高額になっていたが、アレキサンドライトの持ち合わせと足してやっと購入できた。
「本当にありがとうございます」
「気にするな。欲しい物が買えて良かった」
「茶葉だけではありませんわ。これも」
左手の小指にキラリと光る指輪。
雑貨屋でアレキサンドライトに買ってもらった小さな薔薇の細工が付いた指輪を、余程気に入ったのかルーベライトは愛おしそうに撫でた。
「アイオライトには内緒だぞ」
「どうしてですか?」
「言ったら面倒になるからな」
笑いながらアレキサンドライトは言う。
彼の事だ。妹にそんな物を買い与えてどういうつもりだと問い詰めて来るに違いない。
確かにそうかもとルーベライトも釣られてクスクスと笑う。
もうすぐ日が沈む。
帰城する前に、サンドリアの街を一望できる高台から、オレンジ色に染まる街を見せたいとアレキサンドライトの提案で向かっている所だった。
ルーベライトが歓声を上げて柵に駆け寄る。
目の前に広がるオレンジ色の街並み。
美しいその景色に目をきらきらと光らせる。
「綺麗ですね」
「この街は長い間サンドライト城と同じ時を過ごしてきた。度重なる戦にも墜ちる事なく、変わらぬ姿でここにある。サンドリアだけじゃない。皆が一人一人頑張ってこの素晴らしい国を築くことが出来た。私も、歴代の王も愛した国だ」
街を見渡せる位置にある険しい岩垣。
その上に堂々と君臨する大きな城。
自分たちが普段過ごしている城を外から見るのは何だか不思議な気分で、アレキサンドライトも一緒になってルーベライトと目の前に広がる景色を見渡す。
「皆さん、貴方が好きなんでしょうね」
不意に言われた言葉にアレキサンドライトは首を傾げた。
「お父様に言われた事があります。『国は王を写す』と。この街の皆さんは笑顔で楽しそうでした。貴方が誰からも好かれているから、皆さんが笑っていられるんでしょうね」
「そうか……それが本当なら、私も嬉しい」
「きっとそうですよ。貴方を大切に思うから、心配で後ろを付いてきたりしたんです」
セラフィナイトを含め、先程の近衛兵四人組の事を言っているのだろう。
「だから、お城に帰っても怒らないであげてくださいね」
あの一件からずっと気にしていたのだろう。
自分の大人気ない態度で気を使わせてしまった事にアレキサンドライトは申し訳ない気持ちになった。
「……すまない」
「私ではなくてあの方たちに言ってあげてください。走ってしまったせいで皆さん大慌てでしたでしょうし」
その時の事を思い出したのかルーベライトが笑い出す。
「アレクは足が早いんですね。私、あんなに早く走ったの、生まれて初めてです」
「驚かせて悪かった」
「いいえ。あんなに息が出来なくなるのも、心臓が苦しくなるのも、お城にいたら体験出来ない事でしたもの。ありがとうございます」
そんな事に礼を言われるとは思っていなかったアレキサンドライトは返答に困っていたら、その様子も笑われてしまった。
「でも、私に付いてこれるルーベも大したものだ。日頃訓練をしていないのなら尚更だ」
「まぁ!嬉しいです」
夕暮れに近付くに連れ、風が出て来た。
少し強くなった風に髪を抑えながら、ルーベライトは再び街に目を向ける。
「この国に来てから、色んな物が見れて、知れて、本当に幸せです。塔の窓の向こうに広がる景色がこんなに広かったなんて、思ってもいませんでした」
「他に見たい場所や行きたい場所はないか?あるなら行こう」
「本当ですか?」
「あぁ。直ぐには無理かもしれないが、君が見たい景色を見せたい」
少し間を空け、ルーベライトは答える。
「お花畑に行きたいです」
「花畑?」
「はい。一面に広がるお花畑です。誰の手も借りず、自然の中、自分の力で咲き誇る花が見たいんです」
「君らしいな」
「変ですか?」
「いや、きっと楽しいだろうなと思って」
「お菓子とお茶も持って行きましょう」
「ピクニックか。いつ以来だろう、私も久しく行っていないな」
「待ち遠しいです。楽しみにしてますね」
「あぁ。約束する」
そう言うと、彼女は心の底から喜んでくれた。
それが嬉しくて尋ねた。
「どうして花畑に行きたいんだ?」
聞いた途端、彼女は寂しそうな顔をした。
「約束していたんです、あの人と」
直ぐに亡くなった恋人の事だとわかった。
「いつか塔から連れ出して、城の外に広がるお花畑に連れて行ってくれると。それがとても嬉しくて……でも、結局叶いませんでした。一緒に行こうと約束していたのに、私一人で行くのも嫌で……だけど、もういいんです。彼は戻って来ないし、私も前に進まなくては」
いつまでも後ろを見ていたくない。
そう言う彼女の薔薇色の瞳が真っ直ぐで、アレキサンドライトは釘付けになる。
「その場所に行けたら、私、今度こそ一歩進める気がするんです。貴方に連れて行ってもらっていたら、結局何も変わらないかもしれませんが……」
「そんな事ない。君は強いよ」
少なくとも、己で掲げた信念に揺らいでいる自分より、彼女は偉いと思えた。
「アレクのおかげです。アレクがあの時、私を救ってくれたから、今の私がいるんです」
彼女との出会いを思い出した。
城の教会で出会い、色んな偶然が重なってロイヤルゲームを介して巡り合った。
今思えば、それは必然だったのかもしれない。
自分がここまでやってこれたのも、傍で彼女が支えてくれていたからだ。
アレキサンドライトの中で、一つの感情がこみ上げて来た。
風が吹いた。
赤い髪が赤い空に溶けるようになびく。
「ルーベ……」
『彼女を困らせたくない』そう思っていたのに。
「はい」
振り返った笑顔の彼女に、アレキサンドライトは告げる。
「私は、君に惹かれている……」
【ロイヤルゲームのルール:10】
『七国王の駒は、それぞれ罪の象徴により定められる』
『傲慢』、『嫉妬』、『憤怒』、『怠惰』、『強欲』、『暴食』、『色欲』の7種から成る




