I
澄み渡る青空。
春の空は透き通った青で、遠くで一羽の鷹が羽を広げ悠々と飛んでいく。
花はまだ蕾のまま、まだ開く時期を迎えないでいる。
しかし、この荒廃した大地には春が訪れようとも、もはや意味がないのかもしれない。
響き渡る鋼の音。怒号と悲鳴。命が終わるその瞬間。
深緑と灰色の御旗が交錯する。
銀色の甲冑に身を包んだ兵士達が武器を交える戦場。
飛び散る血が草も生えぬ大地を赤く染めていく。
一人の兵士が斬りつけられ、呻きながら大地に倒れ込んだ。
宙を掻く手が力尽き、大地に落ちた頃。兵士の体は結晶に侵食され、やがて全身を石に変えた。
変わり果てた結晶。
その石の像を、後方から来た兵士たちが踏み越えていく。
斬られては姿を変えていく兵士たち。
たった今敵兵に斬られ、倒れた兵士を高々と飛び越える騎馬が一騎。
深緑に国家の象徴とされる獅子の文様が描かれた飾り布は、毛並みが良い栗毛に良く映えていた。
銀の甲冑、装飾が施された深緑のマントをたなびかせながら、甲冑の男は手綱を捌き激戦を繰り広げる兵士の合間を縫っていく。
騎馬は城を目指す。
途中敵兵に斬りかかられたが、携えていた剣・クレイモアで弾き、その腕を斬り落とした。
返り血すらかからぬ鮮やかな身のこなし。
覆われたヘルムから顔の表情は伺えなかったが、その太刀筋に迷いはない。
灰色の御旗がたなびく城壁から放たれた弓矢も切り捨て、味方の騎馬隊と共に城壁を抜ける。
襲撃を受け、混乱の渦中にある街並み。
逃げ惑う町人を避け、城一点だけを目指す。
騎馬隊が城へ向かう間にも斬り捨てられる敵兵は結晶となり、後方から来た味方の騎馬たちに無残にも踏み壊されていく。
甲冑の男は兵士たちに指示を出し、二手に分かれると馬から降り城内へ踏み込んでいく。
最上階を目指す途中、何度も伏兵に斬りかかられたが、無駄のない動きで斬り捨てた。
たどり着いた城の最上階。味方の兵士が合図を送り、閉ざされていた扉を蹴破った。
数人の敵兵が襲いかかる中、男が手を出す前に味方の兵士たちが斬り合う。
冷たい石の床が赤く染まる頃、伏兵たちは物言わぬ石になっていた。
部屋の隅に一人隠れている年老いた男を見つけるなり、兵士たちが引きずり出し、甲冑の男の前に差し出した。
「き、貴様!アレキサンドライト!?」
深緑のマント、他の兵士たちとは比べ物にならないほど細やかで見事な装飾が施された甲冑とヘルム。
何より、その堂々とした威厳ある姿に引きずり出された者は甲冑姿の男の名を叫んだ。
「ラブラドライト王、降伏しろ」
甲冑の男は凛とした声で静かに言った。
「貴殿の負けだ。これ以上の戦は一利も生まない」
「黙れ!貴様、よくも抜け抜けと!我ら同胞を葬った罪、末裔まで呪ってくれる!!」
ラブラドライト王が声を張り上げるなり、控えていた兵士たちが一斉に乱暴に押さえつける。
「無礼者!口の利き方に気をつけろ!!」
「ここは我らサンドライトの地!貴様らが容易く踏み入れて良い場所ではないわ!!」
取り押さえている兵士たちは口々に言い、ラブラドライト王を足蹴りにする。
首筋に刃が当てられる。床に伏せられ身動きのできないラブラドライト王はアレキサンドライトを見上げた。
しかし、頭が高いと兵士たちに頭を踏みつけられ、怒りに震えながら再度アレキサンドライトを睨み付ける。
「この屈辱、死んでも忘れぬ!覚えていろ!貴様らは永遠に『奇石の呪縛』から開放されぬ!!一生呪いに苦しむがいい!!」
「言いたい事はそれだけか」
アレキサンドライトは携えていたクレイモアを振り上げる。
「ま、待て!」
静かに振り下ろされた剣。
吹き上がる血飛沫。
切り離された王の頭部は瞬く間に結晶となり、歓喜した兵士たちによって無残に踏み砕かれた。
西の空に茜が刺す頃、城の最上部のバルコニーには、灰色と鳳凰の御旗から深緑と獅子の御旗が掲げられた。
少しばかり強くなった風に乗り、堂々とたなびくそれを見て、サンドライト兵は歓喜の声をあげる。
深緑の旗の下、甲冑姿の男が姿を見せると、その声はさらに喜びを増した。
銀色の甲冑が茜色に光る。
頭部を覆っていたヘルムを取り外すと、茜色に溶けそうな赤い髪が現れた。
血のような、赤い髪。
軽く頭を振り、背まで届くそれをなびかせる。
端正な顔立ちの深緑の瞳を見開くなり、クレイモアを高々と掲げてみせる。
祖国の勝利に。偉大なる王の活躍に。揺るぎない国家の繁栄に。
兵士たちの歓喜の声はさらに高く、大きく、延々とあがる。
「陛下、お見事でございました!」
「この勝利、また一つサンドライトの繁栄に繋がりましょう!」
「我らの勝利に!」
「祖国の勝利に!」
「国王の勝利に!」
近くにいた兵士たちが口々に褒め称える。
しかし、当のアレキサンドライトの表情は浮かなかった。
「勝利、か……」
戦場となった城下を見渡す。
鉄壁を誇っていた高い城壁は破壊され、戦の激しさを物語っている。
蹂躙された城下町にはあちこちから燻った煙が立ち上っている。
灰色と鳳凰の御旗は破かれ、無残に踏みつけられては燃やされていく。
所々、血の赤に染まった中に亡骸となった結晶が無残に砕け散っている。
二度と動くことはない結晶の欠片。
その数は無数で、敵味方関係なく茜色を反射していた。
「……血濡れの戦に、勝利などない」
アレキサンドライトの放った呟きは、喜びに浮かれる兵士たちには聞こえなかった。
主を失った城。
命乞いをする残党に容赦なく斬り捨てる兵士。
折り重なるように積まれる石の亡骸。
逃げ遅れたのか、親をなくしたのか、母を呼びながら泣き叫ぶ子供。
結晶となった敵兵に腰掛けて喜びを分かち合う兵士。
仲間が死んだのか、顔をしかめながら砕かれた破片をかき集める兵士。
それぞれの想いが交錯する中、戦いは幕を閉じた。