隙間女と隙間大好き男
郊外のあるアパートの一室、家具が作る隙間が私の住処だ。
この部屋は私のもの。たびたび侵入者がやって来ては我が物顔で居座るが、そんなことは絶対に許さない。どんな手を使っても侵入者を排除してやる。
そしてまた、この家に何人目かの侵入者がやってきた。
「ここが新しい我が家か」
新しい侵入者は大学生風の男。小さくて古いこの部屋にやってくるのは主にこういった若い男たちだ。
男は辺りを見回しながらニコニコ笑う。
「いわくつき物件とかいうからどんなかと思ったけど、結構いい部屋じゃん! 家具もついてるし」
この家具は前に住んでいた侵入者どもの物である。侵入者どもの多くは気が狂ったり行方不明になるなどして荷物も引き取らずにこの部屋を出ていってしまったため、家具などが残されているのだ。
そんなことも知らずに、男は充実した家具類を満足そうに眺めている。本当に人間は馬鹿ばかりだ。
男はフラりと立ち上がると、おもむろに家具に手を掛ける。
模様替えでもするつもりなのか。
しかし男は家具を十センチほど動かしてすぐにその手を止める。そしてなんと、男は家具と壁の隙間にすっぽりと入り込んだ。
「なかなかいい隙間だ」
成人男性が入れるとは思えない隙間に男はギッチリとはまっている。胸が圧迫され、息も満足にできない状況だろうに、男は心底幸せそうだ。
こんな人間、初めて見た。私は思わず目を見開いて固まる。
「はー、落ち着く……ん?」
隙間に入った男と目が合う。私はハッと我に返って男を睨みつけた。
私が隙間から一睨みすると、多くの侵入者共は慌てふためき情けない声を出しながら逃げ惑う。侵入者の三分の一程度はこの時点で部屋から逃げていく。
だがこの男の私を見る目は今までの侵入者とは全く違っていた。男の目は情熱的で好戦的、そして好奇心と怒りに満ち満ちている。
男の思わぬ反応にぼうっとしていると、男はすごい勢いで隙間から飛び出し、私のいる隙間へと飛び込んできた。しかし私のいる隙間はあまりに狭すぎて、腕をねじ込むので精いっぱいのようであった。男は懸命に腕を伸ばし、怒鳴り声を上げる。
「なんでだ! どうしてそんな細い隙間に入れるんだ! 俺の入れない隙間に他の奴が入るなんて許さないぞ!」
男の声を聴いて、なぜだかドキリと胸が高鳴るのを感じた。こんな人は初めてだった。
私の住処を認めて、そして羨ましがってくれる人がいるなんて……
「くっそおおおお! 俺も入れろおおおおおぉぉ!!」
男は大きなタンスをものすごい勢いで引きずり、隙間を広げた。男はそこに身体をおしこめ、私との距離を詰める。
「へへへ、この隙間は俺のもんだぞ!」
男は少年のような笑顔を見せる。その笑顔が眩しくて、頭がクラクラした。
男の手はもうそこまで来ている。
私は自らを奮い立たせ、なんとか違う隙間に逃げ込んだ。
「どこ行った!!」
男は死に物狂いで私を探している。
なんだか呼吸がしにくく、体から熱いものが込み上げてくるのを感じた。
今まで私をこんなにも追いかけてくれた人がいただろうか。多くの男は私を見るや否や悲鳴を上げ、塩まで投げつけてきたのに。
男はまだ鼻息荒く消えた私を探している。
その時だった。
突然呼び鈴がなり、直後に乱暴なノックの音が部屋に響いた。
この音には聞き覚えがある。このアパートの大家だ。
「は、はーい」
男は慌てたように色々なものを蹴飛ばしながらドアへと走る。ドアの向こうには、鬼のような形相をした大家が仁王立ちしていた。
「あ、あのー? どうしました?」
「どうしたもこうしたもないよ!」
大家は男を怒鳴り付けると、せきを切ったように喋りだした。
「なんだい引っ越し早々一人でわーわー喚き散らして!ただでさえ変な噂のせいで入居者がいないのにこれ以上変なのに居座られたらたまんないよ!」
大家の口は休むことを知らず、男に暴言を吐き続ける。
私は大家のあまりの剣幕に狼狽えざるを得なかった。このままでは男はこの部屋を追い出されかねない。こうなってしまったのも元はと言えば私のせいだ。私のせいで、男が出ていってしまったら……
こうなったら、やるしかない。
私は意を決し、隙間から抜け出した。
「……ん? なんだい、一人で騒いでた訳じゃないのか」
「へ?」
今まで平謝りをしていた男が首を傾げながら振り返る。男の視線が私に向くのを感じた。
どうにも恥ずかしくて、長い髪でそっと顔を隠す。大家はうつむいている私を見てバツが悪くなったのか、男にこのような騒ぎを起こさないことを約束させると早々に部屋を後にした。
部屋には私と彼の二人きり。私は顔を少し上げ、男の顔に視線をやる。男も私をじっと見ていて、視線がバッチリと合った。
私たちはどのくらい見つめ合っていただろう。
突然、彼は私の顔を見ながら大きく口を開けた。
「お、お、お、お化けだあああああぁぁぁぁぁ!!!」
「えっ」
男はそう叫ぶと部屋から飛び出していった。
部屋に残ったのは私とたくさんの隙間たち。あまりにも寂しくて、でも私は男を追う事は出来なくて、仕方なしにテレビをつけて気を紛らわすことにした。
画面の中でたくさん女たちが何やら怒ったような口調で話をしている。テーマは趣味に熱中しすぎて周りが見えなくなる男達。
「ああ、こういうこと」
私はまた隙間に戻った。