センス・オブ・ワンダー
駅を出て、行き交う人並みを横目に見ながらベンチに腰掛けた。さっき買ってきた新しい拡張現実パックの説明を読む。
〈グローブにあなたをお迎えします〉
*
昭彦は、手に持った一センチ角の小さな立方体から網膜に投射されるマニュアルをさらに読み進める。
だいたい分かったところで、キューブをこめかみに当てて脳内のナノマシンにインストールする。
周りの風景が変わり、イグアスの滝の上空と思しき空間にいた。見あげると深い青色をした空に、赤い文字で「ワンダーセンス」というメーカーロゴがひらめく。滝の轟音が徐々にミュートしていき、「グローブのインストールが終了しました」と女性の声がささやく。青と赤の鮮やかな翼の小鳥が何羽も現われ、羽ばたきながら周りを取り囲んで一瞬景色を遮断すると、そのまま空へと遠く飛び去ってゆく。
再び現われた風景は、いつもの駅前の街並みだった。
*
ベンチから立ち上がり、目の前の灯籠に手を置く。
灯籠の輪郭に沿って青い光が走った。
手に力を入れて灯籠の縁の石を握りしめると、くしゃりといって砕けた。指先には砕けた石の粉がついている。そのまま、灯籠を上から思い切り叩くと、灯籠全体が粉々に砕け散った。
まあ、破壊衝動を楽しむのにはいいかもしれないけどね。そう心に中でつぶやく。
「ログアウト」
そう言うと、女性の声で確認を求めてくる。承諾した。
「ログアウトしました」
女性の声はそう言うが、世界は何も変わらなかった。ログアウト用のエフェクトはないらしい。
ただ、灯籠は何事もなかったかのように、元の姿で、そこに鎮座していた。
拳で軽く叩く。痛い。擦りむいたみたいだ。