第七話
桜side
「――くら…桜…」
だ…れ…?
私の名前を呼ぶのは…誰?
声の主を探そうと辺りを見回したけれど、何も見えない。
見えるのは、一面の…闇。
「桜」
「誰!?」
私が叫ぶと、目の前に一筋の光が見えた。
光は段々と辺りを照らしてゆく。
暖かい…。
その光は太陽みたいに暖かかった。
「桜…桜…」
その光は、人の形になっていく。
女性…?
顔もはっきりしてくる…。
とても…綺麗…。
その女性は、両手を私に差し伸べる。
まるで、「おいで」とでも言っているようだ。
私は躊躇ったが、右手をそっと差し出した。
光の手は、私の手を包み込むように掴み、優しく引きよせる。
「桜…やっと会えた…。聞いてほしいことがあるの。聞いてくれるかしら?」
聞いてほしいこと?
私は少し不思議に思ったけれど、頷いた。
「ありがとう。これから言うことは、只の夢でも嘘でもないの。信じられないかもしれないけれど、信じてほしい。…お願い」
何でそんなことを言うのかは分からないけれど、とても嘘を吐いたり騙そうとしたりしているようの目には見えない。
真っ直ぐな瞳…。
「わかりました。信じます」
私が言うと、女性は嬉しそうに頷いた。
「まず…私の名前。私は、星月。別名…桜鈴姫」
桜鈴姫?
お姫様なの?
「そして…私はあなた。あなたは、私の生まれ変わり…」
桜鈴姫の…生まれ変わり?
私が…?
「あなたは、私…桜鈴姫の生まれ変わり。つまりあなたは、桜鈴姫」
「私が、桜鈴姫…」
私が呟くと、星月様は頷いた。
「突然こんなこと言われても、簡単には受け入れられないと思う。第一、桜鈴姫が何なのか分からないでしょうから」
私は、頷いた。
「教えてくれますか?桜鈴姫のこと」
私がそう言うと、星月様は驚いた。
「信じて…くれるの?」
私はその質問に、首を傾げる。
「信じるって約束したじゃないですか」
「…ありがとう」
星月様はそう言って笑った。
「やっぱり、この子にして良かった」
星月様は、誰にも聞こえないような小さな声で、ボソッと呟いた。
「ん?…何か言いました?」
「ううん、何も。それより…桜鈴姫はね、ある力を持っているのよ」
「力…?」
一体何の…。
星月様は一瞬躊躇ったけど、話してくれた。
「傷ついた生き物を、触れるだけで治す力」
傷ついたものを治す…。
「でも、昏睡状態の人を治すことはできないわ。怪我をしたり、病を患ったりしているわけではないから。その証拠に、今まで何回も百合ちゃんに触れたことはあるけど、ちっとも目を覚まさないでしょう?」
昏睡状態の人を治すことはできない…かぁ…。
確かに百合はちっとも目を覚まさない。
これは確実な証拠だ。
「でもね、メリットだけではないの。ちゃんとデメリットもある」
「デメリット?」
私が聞き返すと、星月様が頷いた。
「治すとね…その生き物の思念が伝わってくるのよ」
思念…?
「思念は、恐ろしいわ。良い思念もあるけれど…当然のように、悪い思念もある。悪い思念は、あなたを傷つける。…酷い時は、殺しにかかってくる」
殺しに…。
「ごめんね。私がいけないのよ。私があなたを選んだ。この力は、あなたのような心優しい人にしか託せない。悪い人間に、悪用されないように。少しでも心に汚れがあれば、どうなるかわからないの。悪用されれば、…世界が滅びるかもしれない。ごめんなさい…」
星月様は、泣き崩れるように座り込んだ。
私は、星月様の肩に優しく手を置いた。
星月様は、驚いて私を見上げた。
私は星月様に微笑む。
「大丈夫です。話してくれてありがとう。私がむやみに生き物に触れて、傷ついたり死んだりしないように言ってくれたんですよね?星月様自身、辛いだろうに…。なるべく、触らないようにします」
「…そう…。ありがとう。あなたは本当に優しい。どうか、死なないで」
星月様はそう言って、私を送ってくれた。