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可能性  作者: Y.S.
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消えた息子

 外ではまだしんしんと雪が降っている。滅多に降らない雪に──否、滅多に降らないからこそなのだが──年甲斐も無くはしゃいだのがいけなかったのだ。

 昼間、私は娘と雪だるまを作った。私は娘が指示する通りに雪で固め、マフラーや帽子をつけた。私より背の低い娘からしたら、この雪だるまはさぞ大きく見えたのだろう。「長持ちしそうね」と私に言う姿がとても愛らしい。

 私は小さな頃に一度だけ、雪だるまを作った事がある。足を滑らせ、雪だるまの体となる部分へ身を投げ出した事が原因で数日間高熱に浮かされた。結局、回復した頃には製作途中の雪だるますらも全て溶けていた。それ以来、雪が降り積もった日は雪だるまを作る事が細やかな夢だった。とはいえ、中々夢の降らない地域だった為、そう容易い事では無かった。

 大きな雪だるまに喜ぶ娘の笑顔が見られた上、夢まで叶った今日の私は言うまでもなく幸せだ。ただ、今は少し後悔している。雪だるまが完成した、その時にやめておけば良かったのだと、今思えばそう思う。でも愚かな事に、私は雪に夢中で娘に気を向ける暇も無かったのだ。

 娘は雪に遊び疲れたのか、それとも私に呆れたのか、気付いた頃には家の中へ戻っていた。日が暮れかかっていた為私も戻ろうとしたのだが、ふと目についた柊の葉に気を奪われてしまった。柊の葉というのはギザギザしていてどう触っても痛い。然し、雪兎の耳に使うと中々可愛く見える物だ。

 娘に雪兎を見せてやろう。そう思ったのがいけないとまでは思わないが、実行を翌日にすれば良かったと思う。完成するまでの数分間で、私はまた高熱を出したのだった。どうも私は雪に弱い、冬生まれなのに。

 雪が降る日は必ずと言って良いほど体調を崩し寝込んでいた。でもそれは私が子供だからこそであり、大人になっても雪に弱いなどとは思ってもみなかったのだ。私が社会人になってから約六年間、雹や霙が振る事はあっても何故か雪は降らなかった。何かの陰謀だろうか。……下らないな、考えない事にしよう。頭が痛い。

「薬は飲みましたか、水分はしっかり摂って下さいね」

 嗚呼、娘が私を気遣ってベッドの傍にきてくれた。……表情が何だか呆れている様だが、私の気のせいだろう。

「大丈夫さ、心配しなくても。明日には治っているだろうから」

「そう。じゃあ、早く寝なきゃね」

 そうだね、と私は微笑み返したが……正直に言えば私は少し寂しかった。少なからず私は期待していた。娘が「本当に?何か欲しいものはない?」とでも言ってくれたら私はどんなに嬉しかった事か……。まあ、娘の性格からしてそれは言わないだろうがもしかしたらという事もある。愛らしい私の娘なのだから。

「それじゃ、お休み」

 嗚呼、なんて私を悩ませる娘なんだ。娘は私の思いを知ってか知らずか、早々に寝室を出て行ってしまった。まあ、そんな素っ気ないところも好きなのだが……。小さな溜め息を吐き、不意に片手を枕の横へ置けば何やら熱を発する物体に当たった。何かと思いそれを見てみれば、先日子供用にと──決して安かったからではない──買い溜めた小さなカイロだった。娘の仕業だろうが、何時の間に置いたのだろう。

 暖房の効いた部屋で、薄い布団と厚い布団を肩まで掛けた私は氷枕が無ければ熱いくらいなのだが、娘なりの気遣いだ、そんな事はどうでも良く思えてしまう。嗚呼、暖かいねと言いながら微笑む娘の顔が浮かぶようだ。娘の気遣いのお陰か、それとも薬が効いてきたのか、段々と眠くなってきた。眠る事にしよう。そうすれば明日には治っているだろうし、とても可愛くて愛らしい娘とまた遊べるのだから。

 翌朝、私は娘にまた驚かされた。何時の間に布団へ潜り込んだのだろうか、私へすがる様に娘が横で眠っていたのだ。触れ合う手の温度が何とも心地好い。私が眠りに落ちる迄待っていたのだろうか。ベッドの中では三本の足が微かに触れ合っている。何だか落ち着かない、嗚呼、愛おしい。

 娘がこんな近くに居て、然も同じ布団で眠っているなんて聞いたら世の父親はどんなに羨むだろうか。可愛い寝顔がこんな間近で見られる至福の時は、きっと私しか体験した事が無いだろう。

 この時を満喫したいとは思うのだが、やはりこのままではいけないと思う。否何、別に後ろめたいわけではない。寧ろ羨まれる事だろうとは思うのだが、何かが私を押さえつけるのだ。

 取り敢えず私は、娘を起こさぬ様にそっと布団を出た。非常に名残惜しいが、仕方無いと思うしかないだろう。枕元に置かれた時計の針は五時半を示している。何時もなら娘が朝食の用意をしているはずなの時間だが……気持ち良さそうに眠っている娘を起こすわけにはいくまい。久々に私が朝食を作るのも良いだろう。そして娘を驚かせよう、どんな朝食なら良いだろうか。嗚呼、娘がどんなに喜んでくれるのか今から楽しみだ。

 意気込んで台所へ来たは良いが……まあ何だ、あまり大した物は作れそうにない。冷蔵庫には牛乳と卵、長芋にめんつゆにレタス……それから昨日使い切れなかった肉の塊。まだ娘達が起きてくるには早い。ゆっくり考えるとするか。

 私は角の丸い八角形をしたマグカップへ牛乳と自家製のタバスコを入れ、電子レンジで数分温めた。甘い匂いが仄かに香り漂っている。淡く桃色に染まったその液体を口にすれば、娘にも飲ませてやりたかったと少し残念に思う。

 ゆっくりと近くの椅子に腰を下ろし背を持たれれば、静寂と安らぎとが私を包み込む。電気を付けていない上、まだ日が昇り切っていないため室内には明かりがない。この薄暗い室内は、とても落ち着く空間だ。この空間にいる時、私は幸せだなあと改めて実感するのである。理由は色々あるのだが、それはまた別の機会にでも。

 ホットミルクが私を芯から暖めてくれる。それだけで、もう朝食は作らなくて良いかな、という気持ちになってくる。

 ……いけないな、娘が空腹になってしまう。そうだ、朝食は卵焼きにしよう。あの肉を混ぜたらさぞ美味しい事だろう。よし、朝食はホットミルクと卵焼き、それからバタートーストに決まりだ。……ところで、卵焼きとはどうやって作っているのだろうか。


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