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可能性  作者: Y.S.
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一日

 重たい瞼を押し上げ、夜とは違った静寂に気付いて重たい身体を起こす。頭に掛かる重力の大きさにより布団へ落ち込みそうになるのを堪え、周囲へ注意を向けてみた。どうやら外では水が落ちているようだ、何やら騒ついている。

 嗚呼、酷い雨だな。

 そう、他人事の様に思いながら僕はパソコンを起動させた。……中々起動しない。容量が少なくなっているのか、将又起動を拒んでいるのか。恐らく、否、ほぼ確実に後者だろう。

 相も変わらず眠れぬ日々が続いている。それによる精神的負荷が大きいのか、将又、幼少期から続く精神的病が悪化しているのか。何方が原因であるにせよ、日を追う毎に睡眠時間は削られていく。

 然しそれに反するかの様に、気分は好調とも言えよう気持を維持している。あらゆる物事に対してのやる気は無い、然し、手を付けさえすれば僕は何でもやってのける。そんな、傲慢とも自惚れとも取れる気持は、当人である僕からしても異常だと思う。

 漸く起動し始めたパソコンと共にシャワーを浴びながら、次々と浮かぶ文字を打ち込んでいく。身近な物を使用し、且つ証拠が残らない様にする方法(詳細は割愛させて頂く)。嘘を貫く仮面の在り方、刑務所での生活、優越感、妄想、憐憫、妄想、妄想、全て妄想。何れも下らない、何の変哲も他愛もない戯言ばかり。

 そして、ふと疑問と言う結論を打ち込む。何故狂っていると認識する事が異常なのか、狂っているのだから狂っていると認識する事の何がいけないのか。当たり前を当たり前と言う事が異常なら、根っからの嘘吐きである僕は正直者と言えそうだ。

 嗚呼、下らない、下らない。

 打ち込み途中の紙を捨て、バックアップされた記録も消却する。そして、再び白紙を用意して打ち込む。また捨てては用意する。僕は毎日これを繰り返している、そうしなきゃ死も同然である。

 シャワーの後、普段は摂らない朝食を軽く摂り、僕は傘を持って家を出た。普段、持たない傘を持って。

 この雨降りなら昼前、早くて数時間で止むだろう。確信は無い、然し直感がそう訴えるから僕はその直感を信じてみた。止むと(確信は無いが)判っていて何故、傘を持ち出したのか。理由なんて無い、ただ気が向いたから持ち出しただけの事。

 結果、やはり晴れた。嗚呼、傘と言う物は何て邪魔なんだ!捨ててしまおうか!

 これは秋の晴れ間、否、夏に近付いた春の陽気のようだ。酷く元気なあいつは、駅の端で電車を待つ僕の黒い服に居たダニを殺し、その死骸は独特の臭いを放った。これはよく“太陽の匂い“と称される臭いである。光のみで匂いはしない。あ、電車が来た。

 まだ僕が小さく物心付いた頃――臭いの原因を知らなかった頃――の幼い時、この臭いが嫌いだった。新品の電化製品と同じくらい嫌いだった。でも、これが所謂死臭であると知った時、少しだけその臭いが好きになった。然し、依然として嫌いな事には変わり無い。

 雨は止み、すっかり晴れてしまい殊更やる気を失った僕は帰る事にした。待ち侘びた電車を無視し、僕は反対側の電車に乗り込む。流石に学生は少ない……当たり前か、僕は所謂さぼりと言う行為を実行しているわけだから。

 雨が降っている間は頭痛が酷いながらも、気温が低く涼しいので比較的過ごし易いから良い。然し、こうも晴れてしまっては、僕の体力が一桁を示すのもそう遅くはないだろう。灰になってしまう。

 帰路、普段は手製の小説を読んでいるところだが、今日は傘を持っているので小説が読めない。それも伴ってか、親しい友人から戴いた音楽再生機械が普段よりも活躍しているように感じた。

 その機械は出掛けから今まで、ずっと同じ曲を繰り返している。僕が今聴いている局は、ネットでは洗脳曲として有名らしい。一般に洗脳と言うと、特定の主義・思想を持つように仕向ける事やその方法を指す。然しこの場合の洗脳は、一度聴いただけで耳に残り、思考回路の中で繰り返される音源を指すようだ。確かに、僕のパソコン上にはこの音が溢れ返っている。

 嗚呼、乗換駅だ……前方を歩く学生を見ると、酷く邪魔なこの傘で殴り殺したくなる。どんな音を出すのか気になるから。珍しい音色を奏でるなら面白いし、陳腐な音だったらつまらない。きっと、この人はつまらない音が出る。だから、殺さない。それに至るまでの思考は至って単純明快ではあるが、他者曰く、僕の思考は理解し難いらしい。

 音は見た目に少なからず比例すると言うのが持論である。小さく可愛い子は可愛い音色を奏でてくれたし、弱く老いた子は弱い音を出したから。前方を歩く学生は――言っては失礼だが内の音など聞こえないので言ってしまう――何処にでも居そうでありきたりな格好をしているし、特にこれと言った特徴も見当たらない。酷く陳腐な存在だ。

 話を戻そう。僕はこの曲を聴いていると、より、自身が悦ぶようで気分が良かった。防虫剤、消臭剤として知られる物質名が幾度となく繰り返されるこの曲は、曲調は勿論、歌手の音が非常に心地良い。音が良いからこそ、合唱となるとその悦びは殊更大きくなる。飽くまでも、個人的意見である。

 おや、もうすぐ最寄駅のようだ。そろそろ曲を切り替えるか……と思ったがやめた。前方に見えた、座っている男性が僕を凝視していたから。不愉快に愉快だ……僕の何が珍しいと言うのだろうか、僕は人間の容姿をしているのに。

 そういえば、ふと思い出す。蜥蜴や守宮を捕まえる理由を訊かれた時、黒焼きにして食べる為と答えて、七輪を用意しようかと答えてくれる友人は少ない。友人枠に囚われず、大抵の人は驚愕やら悪寒やら何やら負の感情を露にする。冗談に聞こえないのか、冗談ですら嫌なのか。何方にせよ、つまらない。でも、案外そういう子の方が面白い音を出したりして……若干気になる。

 そして、僕は帰宅した。パソコンの充電がもう残り少ない、充電しなくては……。あれ、おやおや……床に玩具が転がっている。どうやら箱から落ちたらしい。可愛い音の出る玩具……ちゃんと片付けておこう、無くなっちゃうからね。


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