いただきます
ぐぬぬぬぬ…パキン!
ハサミに力を入れると、甲高い音が鳴った。そのままハサミの刃を進めて、1つ完了。またパキン!と音を鳴らした。その音を聞きつけたのか、ドタドタと賑やかな足音が近づいてきた。
「カニだー!今日もカニあるのー!?」
目を爛々と輝かせて台所に飛び込んできたのは、姉の次男坊だった。食べていいの?ねぇ、食べていいの?と答えを聞く前に手を伸ばしてきたものだから、こら、と私が声をあげると「おばちゃんのケチー!」と、頰を膨らませながらリビングに戻っていった。
「油断も隙もないんだから」
「すいませんねー、うちの子が」
隣で炒め物を作っている姉が、ケラケラと笑っている。
「あの歳でカニ好きって、舌肥えすぎでしょ」
「カニミソが好きでさー」
「めっちゃ飲兵衛になりそう」
カニの口にハサミの刃を入れて、ぐっと力を込める。かぱりと開いた甲羅の中には、たっぷりとカニミソが詰まっていた。
「昨日も1人でカニミソ食べてたよ。ほじくってほじくって」
「いやー、ホント誰に似たんだか」
「間違いなくあなたでしょうね」
姉妹の何気無い会話。実は昨日も食卓にはカニが並んだのだ。父がカニを買ってきたのだが、すでに解凍されたものと冷凍になっているものとバラバラだったため、昨日は解凍済のカニを食べたのだ。食べ比べしてみようという意図らしいが、それが果たして本当かどうかは謎だった。
と、少し油断したからか、カニのトゲがチクリと刺さった。思わず「イテッ」と声が出たが、条件反射で出ただけなので然程痛みはなかった。まじまじとカニを見つめている私に、姉は不思議そうに声をかける。
「どした?血、出た?」
「ううん…。あのさ」
ぽつりと私は呟いた。目の前のまな板の上には甲羅を割られたカニ。カニミソはどろっとしていて、結構見た目はグロテスクだ。
「よく、カニ食べようって思ったよね、昔の人は」
殻にトゲトゲがついていて、ぱっと見で食べられるなんて思いもつかない。それでも過去に生きた誰かが「食べてみよう」と勇気を出したのだ。カニからすれば、自分が人間に食べられるなんて思ってもいなかったかもしれない。
「納豆とかもさ、あの匂いと粘り気で、こう、腐ってるんじゃないかってなるじゃん」
「まぁた変なこと言ってる」
笑いながら姉はコンロの火を止めた。大皿に炒め物を移し替えて、食卓へ姉は皿を持っていった。その間も、私の頭の中は、「よく食べたよなぁ」「怖くなかったのかなぁ」なんて思考で埋め尽くされていた。
「過去の事考えたって、意味ないって」
台所へ戻ってきた姉は、茶碗に白米をよそいながらそう言った。
「あたし達が生きてるのは「今」なんだから。って言っても、あんたはどうせうだうだ考えちゃうもんね」
一度気になるとしばらく思考がそれにしか向かなくなる癖を、姉はよくわかっていた。
「うん、まぁそうなんだけど…」
見れば見るほど目の前のカニはグロテスクに見える。カニミソの部分に毒があるかもとか思わなかったんだろうか、見た目にやられて吐き戻してしまったりしなかったんだろうか、なんて自分でもバカなことを考えているとわかっているのだけれど、思考は全く止まってくれる気配はなかった。思考が止まれば手も止まる。思考にばかり気を取られていて、姉がため息をついたことに気がつかなかった。
「美味しく食べれればそれでいいじゃん」
うーんうーんと私が悩んでいるものだから、少し呆れて姉は言う。はっと我に返った私は、数度瞬きをしてから、「そっか」と胸のつかえが取れたように呟いた。
「ほら、あれ見てみ」
姉が視線で誘導した先には、「カニだ、カニだ」と姉の子供達が、カニはまだかまだかときちっと正座をしながら食卓を囲んでいた。
「美味けりゃいいのよ。感謝すればいいのよ」
姉の笑顔は眩しかった。大家族の母親の貫禄というのだろうか…姉がとても頼もしく見えた。
「「「いただきます」」」
今日は一段と賑やかな食卓だった。
カニをまじまじと見たら意外とグロテスクだなと思って書いてみました。




