表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

冬の国でときめきを探して

作者: ちぇしゃ
掲載日:2025/12/20


 私のときめきは瞳の奥の黒い部分でいつも輝いている。目を閉じても色づいているあなたをずっと見ていたい。






 

「なに、ここ」


 真っ白な景色の中に1人追い出された私は、呆然としてあたりを見渡す。

 冷たい足元からは、濡れたような感覚さえ覚える。ふらつく足をなんとか奮い立たせて立ち上がると、空からは足元に積もっているものと同じような白いものが次々と降り注いでいた。


「さむっ」


 一体ここはどこなのだろう。私が先程までいた場所とは異なる場所に来てしまったようだ。半袖ワンピースではこの寒さに耐えられそうにはない。

 足元を見てみれば、私が座り込んだ跡が白い何かにくっきりと形取られていた。サンダルの足のまま一歩踏み出すと、白いそれはその足跡を記憶して遺こし始めた。この足跡が一体どれほど継続するのかは分からないが、すぐに消えるものではないようだ。辺りを見回しても足跡一つないことからしばらくはここには誰も通りかかっていないのだろう。何の音もしない静かな場所に1人落ちたことに不安を抱く。まるで誰もいない砂漠のようだ。


 寒く冷たいこの場所で私はどうすれば良いのだろうか。


「?」


 視線を足元から遠くの方へやると、橋があるのが分かった。そしてよく耳をすませば、近くから水の音も聞こえた為、どうやらここは河川敷のようだ。けれども私の知っている河川敷ではない。


 とりあえず、寒くない所に移動するべきだろうと、更に足を踏み出す。けれども足元に積もっている白いものは滑りやすいのか、将又、私の足が埋もって取れないのか、うまく身動きが取れない。諦めてその場に寝転がり助けが来るのを待つ。


「……助け、くるかな」


 もともと1人で住んでいた身としては、すぐに助けてくれそうな人は思い当たらない。私は魔術の実験にでも失敗したのだろうか。この前後の記憶もない事から『そういう』実験でもしていたのだろうか。同時に行使したのは気温を変える魔術か、それとも世界を渡る魔術か。将又、幻影か。感覚すら狂わせる幻影となれば相当な魔術使いだ。

 私がこれを行使したのならば勝算に値するところだが、魔術使用後特有の『私の魔術の匂い』がしない。残念ながらこれは私の魔術ではない。

 一体どこの誰がこのような愚かなことをしたのか。私は実験体か。


 開発途中の魔術を思い出して歯ぎしりをしそうになる。

 何より最も私を絶望させたのが、ここでは魔術を使えない事だ。どうにも精霊がいる気配がない。精霊がいれば暖くらいは取れるものを。


「……無理か」


 ここには魔導書も魔術陣も何もない。魔術を使うための条件が何も揃っていない。


 これを『詰み』というのだろう。


 ここはすごい。先程から手足の感覚もなくなってきた。この白いものに特殊な魔術でも組み込まれているのだろうか。けれどいくら見てもやはり魔術の気配は感じない。


「困ったなぁ」


 そう思い目を閉じて黒くなった世界で思考をまとめる。



 

 ザクザクと聞き覚えのない音がだんだんと早くなってくる。小さい音からだんだんと大きく。ゆっくりな音からだんだん早く。


 耳をすませばその音は私のすぐ近くまでやってきていることに気がつく。

 

「お前っ、何してんだ!」


 凛とした静かな声が耳に届く。まるでこの世界から切り取られたような、低く響きわたる声。

 ゆっくり目を開けると目の前には青年が驚いた表情で立っていた。白い中に黒い彼はまるで悪魔のようにも天使のようにも見えた。


 彼は怒っているのかそれとも驚いているのか。または心配しているのか。


 彼の表情からそれを読み取ることはできない。


「お前っ、死ぬ気か?!」


 差し出された彼の手を握るとそのまま手を引っ張られ起こされる。


「死ぬ気はなかったのよ。でも手足の感覚がなくて動けなかったの」


「見て」そう言いながら赤くなった手足を見せる。なるほど。冷たいものを長時間触ると手足はこうなるのか。新しい発見だ。


「当たり前だ。雪の中をそんな薄着でうろつくバカがいるか」


「薄着」。そう言われて自分と彼の服装を比べる。半袖のワンピース、サンダルである私に対して、彼は長袖の服を何枚も着込んでいるようだ。足も頑丈な長靴のようなものに覆われている。

 

「ほれ」


 彼が指を振った瞬間、私の周りの温度が一気に高くなった。


「な、なにっ?」


 ゆっくりと私の周りにある白いものが消えていく。やはりこの白いものは魔術で出来ていたのだろうか。

  

「今、何をしたの?魔術陣は?詠唱は?手から放たれたは何を媒介としたの?」


 研究者魂に火がつき、気になったことを次々と質問する。最近私の研究はマンネリ化していた。ここに来たのは全くの想定外だったが良い研究対象を見つけたかもしれない。

 

「魔術陣?んだよそれ。魔法にんなもんいらねえだろ」


 彼は面倒そうに聞きなれない言葉を呟く。

 

「ま、ほう?」


 聞いたことがない単語を繰り返すが、彼は不思議そうに「何に驚いてんだ」と握っていた私の手を離す。


「それは、すごくときめいたわっ!」


 彼の魔法というものについても気になったがもう一つ気になることがある。

  

「ところで、この空から降って積もってるものは何?」


 今私の周りにあるものの正体が気になる。魔術でないなのならば、もしかしてこれも魔法なのだろうか。魔術と魔法というものが全く別物で、これが魔法というのならば私が魔術の気配を読み取れなかったことも不思議ではない。

 やはり世の中は知らないことだらけだ。これだから研究者はやめられない。次の研究対象はこの「魔法」にしよう。


「雪のことか?」

「雪っていうのね?どういう魔法なの?」


「雪」とは可愛らしい響きだ。まるで伝説の雨のように空から降り地面に溜まっていく。あれと似たようなものなのだろうか。

 

「魔法じゃねえよ。寒くなると降るんだ」

「へぇ!ここではそんな不思議な現象が起きるのね!」


 やはり伝説の雨とは別物のようだ。寒くなると自然に降るだなんて、まるで神からの贈り物だ。贈り物が、こんなに沢山当たり前のように落ちているなんて。この冷たい雪というものか我が国にあれば重宝されるだろう。是非ともこの現象を知り尽くしたい。

 

「お前の所には雪は降らねぇのか?」

「うん。私の所はね、1年中あったかいの。1年中こんな格好よ」

「はっ、冗談がすぎるな」

「冗談じゃ無いわよっ!」


 何故信じてくれないのだろう。


「みひゃっ!」


 頬を膨らませていると私の体は急に宙に浮く。一体何の魔術だろうかと体を強張らせるが、彼が抱き上げただけだった。それ自体に問題はあったのだが、それよりもこの雪というものから手足が離れたことに安心した。この雪という冷たいものにずっと触れているのは辛いものがある。 


「つーか、お前、こんな所で何やってんの?」


 まるで拾ってきた猫の顔を確かめるかのように、彼は私の脇を持ち私を正面から覗き込む。

 

「分かんない。気づいたらここにいたの」

「…………迷子か」


 彼の表情は呆れで満たされていた。

 

「失礼ねっ!迷子なんて年齢じゃないわよ!」

「ガキが何言ってんだ」

「ガキじゃないわ!もう15歳!立派なレディよ!」

「……うそだろ」


 確かにすこぉし童顔な自覚はある。けれども立派なレディを小さな子どもと間違えるなんて失礼なことだ。私はもう自分で働いて自分で稼いでいるというのに。けれど困ったことに私はその自分で稼いだお金というもの今持っていない。ようやく私はここで自分が一文無しである事に気がついた。


「……ねえ、この近くで野宿が出来そうな場所はある?」

「……つまりは死に場所を探してんのか」

「なんでそうなるのよ!寝床がないのよ!」


 魔術が使えるのならば暖を取り、ここに簡易的な住居を建てる事も出来たというのに。


「やっぱりお前はガキで馬鹿だな。こんな状況で野宿なんてしてみろ。凍死確定だな」

「とう、し?」


 聞き覚えのない言葉に首をかしげる。


「ガキには難しい単語だったか」


 先程からされている子ども扱いに不満を覚える。


「だぁかぁら、子どもじゃないって言ってんでしょ!」

「その身長で言われてもな」

「むっかぁー!」


 確かに私の身長は1mほどしかない。けれどもこの身長は私の本来の身長ではないのだ。とある魔術を使った時に副作用として成長が止まってしまったのだ。断じてもともと背が小さかったわけではない。


「とにかく!行くところがねぇんだな?」

「ない」


 彼は大きなため息をついて、私を腕に座らせる。依然として子ども扱いである事に変わりはないが、先程よりは良いだろう。

  

「なら、うちに来い」

「いいのっ?」

「ああ、拾った猫は最後まで責任を持てって言うだろ」

「猫じゃなくてニンゲンだもん!」


 言葉とは裏腹に彼はとても優しかった。


「ところでお前はなんつー名前だ?」

「私は、ミイナ。お兄さんは?」

「俺はトウキ」


 彼は一度私を雪の上に降ろし、1枚上着を脱いで私にかけてくれた。大きな彼の上着は私の国よりもとても暖かかった。





 

 彼の家に歩いて行く途中で、私は彼にたくさん質問した。私は彼が軍人である事、なかなかに偉い立場である事、24歳である事、家は公爵であるという事、家には数名だけ掃除担当の使用人がいる事を知った。


 彼はその間ずっと私を抱き上げてくれていた。私が彼の上着を奪ってしまっているから、彼はは寒くないだろうかと心配したが、「魔法で暖を取ってる。ガキが余計な心配をするな」と言われてしまった。また子ども扱いをするなと思ったが24歳の彼からすれば、私は十分に子どもなのかもしれない。そして彼は、おそらく私にも魔法をかけてくれていた。上着1枚の暖かさとは思えないほどの温もりが家に着くまでずっと私を包み込んでいた。これほど長時間魔術を行使しようと思えば、一体どれほど魔術陣が必要となってくるのだろうか。

 少なくとも私には無理だ。魔法とは一体何なのか。魔法がすごいのか、将又、彼がすごいのか。


「着いたぞ」


 気がつけば私はトウキとの話に夢中になり彼をずっと見つめていた。そのため目的地に到着していたことに全く気がついていなかった。


「ほ、ほへぇ?」

「んだよ、その気の抜けた感想は」


 気の抜けた感想が出てしまうのは仕方がないだろう。私が想像していた彼の家とは、ごく普通の一軒家だ。いや目の前の家も一軒家と言われれば確かにそうなのだけれど、でもそうじゃない。圧倒的に大きさというかスケールが違いすぎる。


「……えっと、トウキって一人暮らしよね?」

「まぁ、そうだな。掃除担当の使用人が数名通いでやって来るくらいだな」


 最初にそう聞いていたからてっきり小さな家に住んでいて、使用人が掃除をしてくれているのだと思っていた。けれど実際はどうだ。彼はきっとこの世界の王様なのではないだろうか。首を大きく振らないと端から端まで見渡すことができない。一体何百人で住んでいるのかと思うほど大きな家だ。入るだけならばその数倍は入れるだろう。


「大きすぎるね」

「まあそうだな。一応公爵という立場上この家が与えられている」


 なるほど。家の大きさは身分と比例しているのね。


 無言で玄関を開けズカズカと入っていく様子の彼に不思議と不安な気持ちが湧いてくる。


「家に鍵とかかけないの?」


 彼は鍵を取り出したり開けたりすることなく帰宅した。これほどまでに大きな家だと侵入者がいたとしてもすぐに気づけないのではないか。あまりにも不用心すぎる。


「問題ない。魔法でセキュリティを張っている」

「ほへぇー」


 魔法とは本当に未知なる存在だ。侵入を防ぐものまであるとは。奥が深い。 


「まずは風呂だな」


 彼はそう言い、屋敷の奥の方へと足を進める。屋敷全体に彼の魔法がかかっているのか、とても温かい。まるで、私の国のようだ。

 彼は私抱き上げたまま、長い廊下を歩き1つの部屋に入る。


「ここがトウキの部屋?」

「ああ」


 彼の部屋は黒髪黒目の彼らしいとしたシンプルな部屋だった。けれども圧迫感を感じない、過ごしやすそうな部屋だ。


 彼はそのまま足を進め、私を連れたまま部屋の奥の方の扉と入っていく。たどり着いたのはどうやら風呂場のようだ。猫足のバスタブが真ん中に置かれている。

 

 けれどもそこに蛇口も何もない。魔術陣も見当たらない。どうやってお湯を入れるのだろうかと辺りを見回したが、やはりそれらしいものは何もない。

 そんな私に構うことなく彼は指を上下に動かした。そうすれば彼の指からみるみると温かいお湯が溢れ出した。


「ふぇっ、ほわぁ!ときめいたっ!」


 あまりにも不思議な光景に彼の指から飛び出すお湯を触ってみてしまった。その瞬間お湯は飛び散ってしまったが、自身にかかったお湯はとても温かく、楽しくなった。けれどその瞬間彼は腕を私が届かないように上の方にあげてしまったため再び触ることは叶わなかった。


「これはどういう魔術?ここには精霊は居ないようだけど、どうやってこれほどまでの現象を継続させ続けているの?この風呂に魔術陣でも組み込んでいるの?ときめいてしまったわ!原理を教えてちょうだいっ?」 

「やかましい。だから魔法だっていってるだろ?何だよ魔術って」


 バスタブにはあっという間にお湯が溜まった。彼は私を下ろすと私にかぶせていた上着を取っ払った。私もおとなしくそれに従い彼に上着を返すと、彼は上着をよそへ放り投げそのまま私のワンピースに手をかけた。


「ほへっ?」


 そうして彼はそのまま私の服を脱がせた。


「みやぁ!!!!」

「うるせー」


 勝手に服を脱がされるとは想像すらしていなかった。


「私、15歳っ!自分でできるもん!」

「あー、はあはい。15歳な。すごいすごい」


 彼はそう言いながらも裸になった私を抱き上げてお湯の中に漬け込んだ。きっと彼は私のことを15歳と信じていないのだろう。


「あっ、たかぁい」


 風呂の中に入ってしまえば冷え切っていた指先が温まるのを感じる。彼は私の事を子どもだと思っているのだから、もう気にしなくてもいいのではないか。

 そう思い温かいお湯の中で目を閉じて和んだ。


「顔起こせ」


 といに居なくなっていたと思っていた彼はまだ私の傍にいた。


「はぇっ?」


 すっかり油断していた頭は驚きと共に起き上がる。トウキは黒いシャツをまくって私の方に手を伸ばしていた。彼は私の背後に周り私の髪の毛を触ったかと思えば暖かいお湯が頭の上から垂れてくる感覚がした。


「な、なに?」

「頭を洗う。目に水を入れたくなかったらじっとしていろ」


 拒否権はないとでも言うように、彼は私の頭を固定した。髪の毛全体が塗れたのか彼は洗髪剤を取り出して私の髪の毛をわしゃわしゃと洗い始めた。

 

「トウキは私のこと、犬猫だと思ってる?」

「似たようなもんだろ」

「失礼ねっ!」

 

 本当に失礼極まりない。けれども、誰かに洗ってもらうというのは本当久しぶりで、とても心地良かった。

 

 洗えると「温まってろ」と言い、しばらく風呂場を出て行った。


 一人になったことで改めて考える。ここは一体どこだろうか。トウキの話を聞いてみると、どうにも私がいた国からは随分と離れているようだ。彼は私の話をほとんど信じる気はないようだし、私も彼の話は信じがたい。けれども現に、魔術に必要なものを一切必要とせず魔法という現象を起こしているのだから彼の話に信憑性はある。


 ぶくぶくと、口元まで浸かり目を閉じる。


 私は元の国に帰れるだろうか。彼にまた私の国のことを聞いてみよう。一体どういうわけでここに来たのかは分からないが、そう遠くはないはずだ。人を転移させるのにはものすごい量の魔術陣と精霊の力が必要となってくる。何を意図したのかは分からないが私をここまで飛ばすのにそれほどの労力をかけたとは思いがたい。


「温まったか?」

「うん」


 戻ってきた彼は肩にバスタオルをかけており、私をバスタブの中から抱き上げたかと思えばそのバスタオルを私にかぶせた。


「わぷっ」


 そのままゴシゴシと私の体全身を拭いていく。


「自分でできるよ」

「犬猫は黙ってろ」

「だからニンゲンだってば!」

「はいはい」


 トウキは彼の長袖のシャツを私に着せてくれた。彼の袖を何度も捲ってようやく私の手が現れた。半袖のシャツでも良かったのではないかと聞くと、そんなものはないと一瞥された。確かにこんなに寒い場所では半袖を持っていなくても仕方がない。


 それから彼は私に温かい食事を提供してくれた。暖かいスープと焼きたてのパン。驚くほど美味しかった。誰が作ったのかと聞くと、どうやら街で買ってきたもののようだった。彼は料理はできるがあまり好きではないらしい。面倒だそうだ。食事が終わった後は彼は私を彼のベッドに押し込んだ。どうやらこの部屋にしかベッドがないらしい。正確にはあるらしいが普段使用しないため掃除が行き届いていないらしい。


 暖かいベッドで眠れることを感謝しながら布団に潜り込むと私の意識はあっという間に黒い世界へと旅立った。


 月が真上に登った頃、黒い世界と旅立った私の意識はほんの少しだけ覚醒した。覚醒した理由はきっと身体全身に感じる重たさだ。トウキはどうやら私を抱きしめながら眠っているようだ。誰かと一緒に寝るという経験がほとんどないため驚きはしたが、不思議と暖かく不快感を感じない。

 私はそのまま目を閉じて再び黒い世界へと旅立つことにした。


  

  

  


「起きろ、朝飯だ」

「んむぅ、ごはん?」


 黒い世界で黒猫が私の頭に乗ったところでトウキに起こされた。朝食も彼が街で買ってきたと言うスープとパンだった。けれども昨日とは違う味だったので全く飽きは来なかった。この家でお世話になっても良いのならば、彼のために料理ぐらいはしても良いかもしれない。自分で言うのもなんだが料理は割と得意な方である。人に振る舞うということが無かったというのが唯一の難点だが。

 

 朝食を食べ終えた彼は、いかにも軍人というようなかっこいい服に着替えて荷物を持った。 

 

「俺は今から仕事に行くが、お前は……」

「お留守番してる」


 彼がお仕事というならば私がついていくのはむしろ邪魔だろう。何よりこの暖かい家から出ることが億劫だ。 


「……」

「大丈夫だよ。なんてったって私は15歳だからね」

  

 それに何と言っても私は今、彼のシャツ1枚で過ごしているのだ。こんな格好で外に出れるわけがない。


「……この屋敷では自由に過ごしていい」

「はぁい。じゃあ探検してるね」

「好きにしろ。行ってくる」

「いってらっしゃーい」


 手を振ると彼は名残惜しそうに家から出て行った。


 探検するとは言ったもの人様の家を自由に歩き回るなどという無作法をすることは出来ない。おとなしく彼の部屋でゴロゴロと過ごすことにする。

 けれどもずっとゴロゴロするのも暇なわけで。彼の部屋に置いてある本を数冊拝借する。それをベッドに持って行き1冊目を開く。


「んぇ、んんー?」


 読めるようで読めない。これが感想だった。いや読めないようで読めるが正しいかもしれない。知っている文字は複数あるが、大多数が私の知っている文字と少し違う。似ていて読めないことはないけれど、直ぐには読めない。


「ふっふっふっー!」


 しかしながら、なんと言っても私は研究者だ。文字なんて、法則が分かればなんてこと無い。


「よめるよぉーだ!」


 やはり国が違えば文字が違うのか。けれども似ていて読めるということは、私の国とここは近いのだろう。


「ふむふむ。なになにー?」


 どうやら動物の生態の図鑑のようだ。道理で生き物の絵が載っているはずだ。見たことがない生き物もいるが、国が違えばそういう事もあるだろう。それよりも、暖かい国の動物たちは載っていないのだろうか。

 そう思い、ページを捲っていくが、見つけられなかった。

 

 残り数冊も似たような本だった。トウキは動物が好きなのだろうか。


「……」


 もしかして、私を拾ったのは、本当に犬猫が好きで、私を犬猫だと思っているからだろうか。残念ながら、この推測はあながち間違いでは無い気がした。







 


「ふわぁ、よく寝たぁ」


 布団で寝転んで本を読むのは良くない。そのまま寝落ちしてしまうのは必然だろう。窓の外を見ればあたりはすっかり夕方だ。トウキはいつ帰ってくるのだろうか。そういえば帰る時間を聞いていなかった。


「……」 


 世話になっているわけだし、夕食ぐらいは用意してもいいだろうか。料理は好きなのだ。

 けれども、そもそもキッチンがどこかわからない。彼は探検しても良いと言っていたので、キッチンを探しがてら探検でもしようと思う。








  

「ルンルン」


 部屋を出たところで聞き覚えのある高い声が聞こえた。


「どこっ?あなたの声知ってるわっ!あなた妖精ね!」


 私が叫んだことで、手のひらほどの小さなの妖精が現れた。


「ルンルン」


 上機嫌に宙をくるくると回っている。この国にも妖精がいたことに安堵する。これで多少の魔術は使えるだろう。


「あなたはこの屋敷に住み着いている妖精なのね」


 見知った声ではあるものの、私が見たことのない高価なドレスを着ている。きっとこの屋敷はそれだけ大切にされているのだ。妖精はものに住み着く。住み付いた物が大切にされていればされているだけ、妖精の姿に現れる。これほどまでに大切にされている姿をしている妖精に出会ったことがない。そうなれば彼が優しい人であることは間違いないだろう。


「今は魔術書や魔術陣がないけれど力を貸してくれるかしら?私の魔力を少し分けてあげるわ。キッチンの場所を教えて欲しいの」


 魔術を使う時は魔術書又は魔術陣がいる。それを元に妖精に現象を起こすように命令するのだ。

 けれども妖精の同意を得てお願い事を聞いてもらう時は少しの魔力を分け与えるだけで良い。

 今回の場合はその後者だ。紙とペンさえあれば魔術陣を書けないことはないのだが、いささか面倒だ。


 幸い妖精は快く引き受けてくれたようで「ルンルン」と言いながら私の数歩前上を飛び回る。恐らく付いてこいと言っているのだろう。


 これでまっすぐキッチンまでたどり着ける。幸い彼の部屋からキッチンはそれほど離れていなかった。あれほどまでに広い家だったのだ。屋敷の端から端まで離れていたらどうしようかと思った。


 キッチンに到着すると妖精にお礼を言い魔力を渡す。すると妖精はご機嫌そうに「ルンルン」と言いながら飛び去って行った。

 キッチンは長年使い込んでいないとでも言うようにとても綺麗だった。けれど冷蔵庫を見れば調味料や食材は揃っていたことから、彼が全く料理をしないわけではないのだろう。おそらく昨日はたまたま買ってきていただけで、嫌い=しないというわけではないのだろう。立派なことだ。私は料理は好きでも、機会がなくてしなかったというのに。

 まあ、料理は研究と同じようなものだ。たまに作るがまずかったことはないから大丈夫だろう。


 さて何を作ろうか。やはりこの国は寒いから暖かいスープが良いだろう。彼が好きなスープは何の味だろう。分からないが昨日も今朝も食べたのはコンソメ味のスープだった。少なくともコンソメスープを作っていれば嫌いであることはないだろう。

 

 冷蔵庫にある人参やベーコン、玉ねぎ、キャベツを切って次々に鍋へと入れていく。スープを煮込んでいる間に米を研いでカマに入れておく。米を炊くカマに見覚えのないスイッチが付いていたが、「炊飯」というボタンがあったので押してみた。おそらくこれも魔法の類だろうが、見たことのない魔法具を躊躇いもなく使う自分が怖い。追加で見つけた鳥の肉も焼いて、スープにコンソメを入れて夕食は完成だ。あとはトウキの帰宅とご飯が炊けるのを待つだけだ。


 作り終わった頃には夜も近づいてきており、あたりは薄暗くなっていた。再び出会った妖精に玄関まで案内してもらう。本来ならば風が冷え込むそこは、トウキのおかげで常に暖かい。立っておくのも疲れるため広い玄関にうずくまり、今日のことに思いをはせる。すると、遠くの方から小さな足音が聞こえたかと思えば、だんだんと大きくなってきた。


「おかえりなさいっ!」


 扉が開いたと同時に飛び出し、驚かせるつもりで彼に飛びつく。


 さすがは軍人と言ったように彼は驚きながらも危なげなく私を支えた。


「玄関で何してたんだ?」

「トウキを待ってたの!」


 正確には待っていたと言えるほど長時間玄関にいたわけじゃない。むしろ玄関にいたことすら自分で気がつかないほど暖かかった。


「トウキ、冷たいっ」


 けれども先程まで外にいたというトウキは別だ。彼の体は十分に冷えていて、まるで氷のようだ。


「そうか?今日はまだ暖かい方だぞ」

「ひえっ!まだ寒くなるの?」

「まぁそうだな」


 トウキは抱きついた私をそのまま抱き上げ廊下を歩いていく。


「なんか匂いがするな」

「あっ、晩御飯作ったの!」


 トウキは3度見でもするように私と廊下を何度も見返した。

 

「……お前が?」

「うん!」

「お前が夕食を作ったのか?」

「そうだよ!」

「……お前が?」

「そうだってば!」


 信じられないようで、何度も問いかけてくるトウキについ声を荒げてしまう。

 

「キッチンに来たらわかるよ!」


 トウキの腕の中で、キッチンの方向へと指さす。


「つーかお前、キッチンの方向知ってるのか?」

「わかるよ。だって妖精さんが教えてくれたもん」

「あー、はいはい」


 トウキは呆れたようにため息をつきあさっての方向を見ながら言葉を返す。


「信じてないわねっ?」

「信じてる信じてる。あー、すごい」

「むっかぁ」


 トウキの腕の中で腕を組み、頬を膨らませる。


「きっとトウキはびっくりしすぎてひっくり返っちゃうわ!」

「そうだな。驚きすぎてお前を落とすことになるかもしれないな」

「その時は華麗に着地して見せるわ!」

 






 キッチンに着いたトウキは面白いほど綺麗に固まってくれた。私を落とすことはどうやら叶わなかったようだが。


「お前本当にその身長でよく作れたな。食材も切れているということは本当に料理の経験があったのか。いやこいつ以外が作ったという可能性も……。いや、ないな。そもそも許可していないやつはこの建物には入れない。キッチンまでたどり着けたのはたまたまだとしてもさすがに料理がたまたまできたというのは考えにくい。やはり本当に料理の経験があったのか」 


 トウキは考え込んでしまうと言葉が漏れてしまうみたい。まるで研究中の私のようだ。親近感を抱きつつもトウキの頬を引っ張って思考を止めさせる。


「お腹空いてない?もし空いてないならいいけど……」


 もし仮にトウキが空腹でないのならば人様の食材を勝手に食材を使ってしまったことを申し訳なく思う。


「いや、食う」


 けれどもそれはどうやら杞憂だったようだ。

 スープを温め直して、ご飯をよそい、鶏肉を盛り付けトウキの前に持ってくる。 


「……本当にちゃんとした飯だ」

「失礼よ!」


 彼の正面に座り、彼が食べ物を口に運ぶのを眺める。


「……おいし?」

「ああ」


 彼は乱暴に私の頭を撫でる。頭がグラグラとするその感覚もなぜだか嬉しかった。


「お前は食わねえのか?」

「……食べるわよっ!」


 自分の分を用意するのすっかり忘れていた。食べてもらうという経験は今までなかったため、自分でも気づかないほど緊張していたのか。


 誰かと共に食べるご飯は美味しかった。たくさん食べていないはずなのに不思議とすぐにお腹がいっぱいになった。


 そして彼はまた彼のベッドで私を抱きしめて眠った。






 


 次の日。私は彼にお弁当を作ることにした。どうやら忙しくて昼食を食べる時間はほぼないそうだ。だから彼が食べやすいように一口サイズのおにぎりを用意した。あと気持ち程度の卵焼き。量を多く用意しても普段食べない彼からすれば負担になるかもしれない。とりあえず今日食べてもらって今日の量でいいのかそれとももう少し多くてもいいのかを聞こう。

 

 トウキにお弁当を渡した時に、これは本当に驚いたようで私とお弁当箱に何度も目線を巡らせた。


「やっぱりいらなかった?」

「……いや、もらう。ありがとう」

「どういたしましてっ!」


 私は嬉しくなって彼に飛びついた。彼はやはり危なげなく私を抱き上げた。そしてそのまま外に行こうとするので慌てて止めた。


「待って待ってっ!さすがにこの格好じゃあ、外に出れないわ!」


 そこで彼はようやく私の服装が彼のシャツ1枚ということに気がついた。


「……そういえばそうだったな」

 

 そうして彼を見送りまたお昼寝をして夕食を作って彼を待った。昨日と比べると彼の帰りは遅かったがちゃんと帰ってきてくれた。

 帰ってきた彼と一緒に食事を取りそして彼と一緒に風呂に入った。抵抗したけれど彼の力には敵わず、一緒に浴槽にも浸かった。そして彼と一緒に布団に入って眠った。

 彼が持って帰ってきた弁当箱は空っぽで、「うまかった」そう一言言ってくれた。「明日も作っていい?」そう聞くとまた一言「頼む」と言った。


 





 

 

 次の日。弁当を作った私は、トウキの職場に付いていくことにした。さすがにトウキのシャツ1枚で外出などできそうにもないと思っていたが、意外な事に、トウキは昨日の帰宅途中で服屋によって私の服を購入してくれていた。彼の帰りが遅かった理由を理解してしまった。彼にとっては思わぬ拾い者であったのに、そんな私に対して、彼は優しさを分け与えてくれた。


 職場まではどう行くのだろうと思っていれば、彼は私を抱き上げたまま、魔法で自身の体を浮かせ、空を飛んだ。


「なにこれ、なにこれ、なにこれーっ!」

 

 驚きから、トウキの腕の中で暴れてしまう。


「おい、暴れるな」

「すごいっ!まるで鳥にでもなったようだわっ!ときめきものねっ!」


 これは魔術でするとしたらどうだろうか。まず地面に重力無力化の魔術陣を置いて、さらに風魔術を付与して、それからそれから。

 考え出せば限りがない。私もこの魔術を思いつかなかったわけではないのだ。けれども体を浮かせること以上ができなかった。自由に移動することも飛び回ることもできなかった。


「おい、動くなガキ」

「ガキじゃなくて15歳のレディだって言ってるでしょっ!」

「はいはい。ならレディらしく大人しくしておいてくれ」


 雪に埋もれた木も草も花も。どれもがあっという間に過ぎていく。あたりを見渡せば見えてくる景色は白ばかり。彼が買ってくれていたコートを着ているがそれでもやはり少し寒い。けれどトウキの腕の中にいると暖かく感じる。


「…………ねえ」

「なんだ」

「どうしてトウキは私を拾ってくれたの?」


 自分で言うのもなんだが怪しさはマックスだったように思う。よく知らない人を家に連れて帰って世話をしようと思ったものだ。無害な犬猫を拾うならまだしも、私はニンゲンだ。彼はしばらく考えた後ゆっくりと口を開いた。


「……綺麗だと思った」


 どういう表情で言っているのだろうかと彼の顔を覗き込む。彼は恥ずかし気もなくあの時に思いを馳せているようだった。


「何が?」


 雪か、それとも。


「白い雪の中に、白髪をなびかせて寝転んでいるお前を綺麗だと思った」


 そのようなこと言われたのは初めてだった。魔女のような真っ白な髪。これを綺麗と表現したのは彼が初めてだ。


「そ、っか……」


 嬉しいと思った。真っ白なこの髪を好きになれそうな気がした。

 

 





 砦のような建物の門前までやって来た。

 

「ねー、トウキ」

「何だ」

「今更だけど部外者の私が職場に入っても大丈夫なの?」

「……大丈夫だ」


 不安が残る大丈夫だ。今の私にはお金はおろか身分証も出生届も何もない。私が私であることを証明できるものは何もないというのに彼との関係性を示すものなど何もあるはずがない。


「大丈夫だ」


 私の不安を晴らすためか、先程よりもはっきりとした返事をもらえた。

 

「それよりも門の前に誰も立っていないなんて不用心じゃない?敵に入られたらおしまいよ?」

「心配ない」


 私達が門に近寄ると、門は淡く青に光った。

 

「これはどういう魔法なの?」

「害意を持っていると赤く、無害なものには青く光る。門は常に結界に守られていて、害のないもののみ通ることができる」

「すごいっ!これはときめきものよ!早く入りましょう!」

「お前は自由だな。さっきまで不安がってたくせに」

「私は私がときめくことをしてるだけよ。どこに行こうが、何をしようが、私がときめくままに過ごすの」


 どういった魔法を使えばそれが可能になるのだろうか。やはり魔法と魔術は全く違うのだ。嘘を感知する術式と、結果によって光の色を分ける術式。特定のもののみを通す術式に、特定のもの以外を通さない術式。さらにどんな術式が使われているのか。考えれば考えるほど奥が深い。


「これは一体何人かかりの魔法なの?」


 少なくとも人が通れる大きさに加えて、5以上の術式が使われているのだからまず一人では無理だ。魔力が足りない。代償を伴えば別だが。設置しておいた状態で維持し続けているのならば尚更だ。

 是非ともこの魔法を見出した人と相間見えてみたいものだ。


「魔法士長のものだ」

「後は?」

「彼一人の一人によるものだ」

「ほへぇっ!」


 この国の魔法にはときめきしかないのか。私の国の魔女と呼ばれる最高峰の魔術師よりもずっとずっとレベルが高い人たちがこの国にはたくさんいる。その信じられない事実に息を飲み込む。


 もしこの国と戦争にでもなっていたら私の国はすぐに滅びてしまっただろう。


 疑っていたわけではないが、砦の中を自由に闊歩する彼を見て、ああ、やはり彼はこの建物で仕事をしている軍人なのだなと実感する。

  

「あれー、隊長、その子どうしたんすか?誘拐はダメっすよ?」 


 背後から気配もなくトウキの肩を叩き話しかけてきた男の人がいた。私と目が合うと、驚きを顔に写し首をかしげた。

 

「隊長の子っすか?」

「ああ。俺が産んだ」

「ぶはっ!」

 

 トウキの冗談に男の人は吹き出した。正直私も彼がここで冗談を言うとは思っていなかった。





 私のトウキの執務室での過ごし方は、ただひたすらお昼寝していただけだった。何の為に連れて来られたのか。それはきっと、正体不明の私を家の中に1人にしておくのが不安だったからだろう。



 


 家に帰ってからキッチンでご飯を作り一緒に食べる。一緒にお風呂に入り、一緒に眠る。

 そうして私とトウキの毎日は過ぎていく。



  


 トウキは毎日私を職場に連れて行くわけではない。こればかりはもう彼の気分としか言いようがないだろう。

 とある日は彼に弁当を預けて見送った。そうして帰ってきた彼に呆れた顔で呼び止められた。

 

「おい、ミイ!」

「なぁに?」


 彼は私のことを「ミイ」と呼ぶようになった。短くて言いやすい方がいいのだろう。私は名前を呼んでくれることが嬉しくて呼び方などどうでも良かった。私の名前を呼んでくれる人がそばにいる。それで良かった。

 

「弁当はありがたい。だが、ハートはやめろ!」

「えー?ハートの卵焼き可愛いのに。ときめかない?」

「何の嫌がらせだよ!」

「強いて言うなら、昨日魔法を見せてくれなかった腹いせかな」

「だから、悪かったっつてんだろ?急遽仕事が入ったんだから仕方ねえだろ」


 ハートの弁当を作り怒られたこともあった。けれども弁当を作ることを拒否されたことはなかった。

 彼は私に魔法を見せてくれるようになった。私が魔術の類を研究していたことを話したからだ。毎日何かしらの魔法を見せてくれた。彼の気分がいい時はその魔法の解説もしてくれた。けれども魔術と違いすぎて原理がめちゃくちゃだった。そういうところも楽しかった。



 


 トウキの仕事場について行った帰りに、市場で買い物をすることも増えた。 

 

「そんなに買うのか?」

「だって、トウキ、たくさん食べれるでしょ?今まで食べなかっただけで本当はもっとたくさん食べられるよね?」

「……まあ」


 彼が案外を大食いあることを知った。今まで食べるのが面倒で食べてなかっただけで、彼が私の料理を残すことは一度もなかった。むしろ物足りなさそうに調理場の方を見るものだから、きっと私が作った量が少なかったのだろう。品数を増やしてもいいかもしれない。



 


 トウキは私専用の部屋も作ってくれた。白を基調としたシンプルな部屋だけどとてもセンスが良い。私は一目で気に入った。けれども部屋にベッドは置いていない。夜はトウキと一緒に寝ている。寒い冬の中で誰かと一緒に寝るのはとても暖かい。今更やめられることではない。


「トウキ、また無駄遣いしたでしょっ!」


 部屋を作ってくれるまでは良かったのだが、トウキは職場から帰る途中に服屋により、私の服を買い漁るようになってしまった。日々私の服は増えていっている。センスはいい為、私の好みを把握して買ってきている彼に最後は「ありがとう」を返す。だって自分のことを思って選んでくれているということを喜ばないわけがない。そういう日は決まって豪華な晩御飯にする。だって私にはそれしかできない。

 


 

 

「この国は寒いわね。流石に寒さにはときめけないわ…………」


 震える手で窓を閉める。もう一月ほどこの国で過ごし、トウキにお世話になっているが、この寒さに慣れることはないだろう。


「本当にミイは寒さに弱いな」

「仕方ないわよ。暖かい国から来たんだもの」

「…………」


 トウキは私が元の国のことを口にした時にいつも黙る。きっと信じていない。私が冗談を言っていると思っている。


 けれども今日は少し違った。


「なあミイ。お前の国のこと教えてくれ」

「……え?」


 彼が私を知ろうとしてくれたことに嬉しくなる。私の顔には満面の笑みが浮かんでいるだろう。 

  

「私はね『夏の国』から来たの!どこにあるか知らない?」

「『夏の国』って、1000年ほど前に滅びたあの国か?さすがに冗談が過ぎるぜ」

「……またまたぁ」

「……は?」 


 結局彼は信じてくれないのか。そう思ったけれど、彼の顔は私の言葉に、「また本当のことを言ってくれないのか」そういう表情していた。けれども私は冗談言ったつもりは一切ない。

  

「1000年前に滅びたってどういうこと?」

「……いや、どういうことも何も。夏の国って言ったら、この国の1000年前の名前だろう。この国がまだ温暖だった時の。さすがにそんなところから来たって言ったって信じられねえよ」


 私も信じられない。まさか、誰が時代を渡ってこの世界に来たと考えつくだろうか。


「だ、だって、だって私はあそこにいたのよ?あそこに住んでいたの。確かに一人ぼっちだったけど、街まで行けばたくさん人はいたし、幻なんかじゃなくて」


 滅んだりなんかしてなくて――――


「……お前、もしかして『真夏の魔女』か?」


 彼はようやく合点がいったとでもいうように私の正体を口にした。

 

「……どうして、知ってるの?」

「夏の国の生き残りの真夏の魔女は有名だ。まさかまだ生きてるだなんて思っていた奴はいないだろうかな。しかもこんなガキだったとは文献には書かれていなかった」


 彼はベッドに座り、私を手招きする。行くと私は彼に抱き上げられ膝に乗せられた。

 

「この国が寒いように、夏の国は灼熱だ。お前の故郷はお前の口ぶりからまあまあ温暖な国だと感じていたが、まさか夏の国のことだったとはな」


 私は国を守るために魔女になった。魔女は魔術に長けた者に与えられる称号だ。私は国を豊かにしたかった。人々が生きやすい世界にしたかった。


「まぁ、この国じゃ聞き慣れない魔術を使っているんだから、そういうこともあるか」


 トウキゆっくり私の頭を撫でる。頭の撫で方も随分と優しくなったものだ。

 

「…………私15歳にしては小さいでしょ」

「ああ。ガキだからな」

「これね。ある魔術を使った代償なの」 

「…………もしかして、あれか。国中の気温低下」

「そう」


 やはり彼は知っていた。先程文献と言っていたから、私の事が載っている書物でもあるのだろうか。自分について乗っている書物があるだなんて信じられない。有名になったものだ。


「耐えられなかったの。暑くて、暑くて、干からびて。人がどんどん死んでいくの。昨日元気だった人も、さっきまで元気だった人も。皆いなくなっちゃうの」

「……だから魔術を使ったのか」

「そう」

 

 魔術を使ったあの時を思い返す。住んでいた山に生えた木はすでに刈り取られていた。それを良いことに大きな魔術陣を描いた。妖精の力も借りた。けれど国中の気温を下げるには、魔力が足りなかった。だから私は、自分自身を対価として差し出した。 

 今回取られたのは「私が生きた寿命」だ。小さくはなってしまったが、運がよかったとしか言いようがない。きっと次に大規模な魔術を使えばこんなものでは済まない。最悪の場合「これからの寿命」を取られるのだから。


 だが気温が下がったと言っても大幅に下がったわけではない。それをするだけの魔力も足りなかった。辛うじて「生きられないほど暑い」から「暑いけれどまあ生きれる」になった。だが、それも長くは続かない。1年も経てば、あの暑さは再び蘇る。


「私のした事、無駄だったの。魔力与え続けても、涼しくはならないし」

「…………そうか」

「私、逃げたの。皆苦しいけど、1年経っても魔力がほぼ戻らなかったの。ずっと魔術の研究は続けてきたけど、もう手がなかったの」 

「…………」

「……だから私多分逃げたんだと思う」

「多分?」 


 その時の記憶はない。この国にいつ来たかの記憶もないのだから。きっと私は逃げて眠りについてこの時代まで来たのだろう。残りカスのような魔力できっと眠り続けることを選んだのだろう。

 

「お前は、よく無事だったな」

「私、魔力高かったの。特に熱への親和性が高くてね。体内でちょちょ―っとコントロールしちゃえばへっちゃらなのよ」 

「……さらっと言うけどすげえな」


 窓の外の降り続ける雪を見る。


「……今やってねえのか?そのコントロールってやつ」

「やってないよ」

「なら、その魔術陣ってやつに魔力の供給は?」

「触れてないとできないし、時代が違うなら無理だと思うよ」

「なるほどな」


 トウキは合点がいったとでも言うように、私を膝から下ろした。


「最近、重くなってきたと思ったんだ」

「……!失礼ねっ!」 


 乙女になんてことを言うのだ。デリカシーがなさすぎる。拳を握りしめてトウキへと打ち込む。言うまでもなく、簡単に止められた。もう片方の手で打ち込もうと拳を握る。


「じゃなくて、身長、伸びてるぞ」

「えっ?」

「気づいて無かったのか」


 握りしめた拳を開き、改めて自身を見つめる。


「……わんかんなぁい」

「魔術陣に大量の魔力を与えていた事で、成長に必要な魔力が溜まっていなかったんだろう」

「どういう事?」

「魔力は成長に必要な栄養素みたいなもんだからな」

「そうなの?!」


 この事実は魔術界を揺るがす新事実だ。レポートとして纏めなければ。


「まあ、とにかく。お前が今この世界にいるのが現状だ」

「うん」


 私は、逃げてはしまったが、自分に出来ることをしたのだ。後悔はない。今の現状を受け入れよう。


「住処は引き続きここに住めばいい」

「そうするわ」

「……少しは遠慮してみせろよ」

「だって、トウキは私と一緒にいてくれるでしょう?私はトウキといたいもの。何より、私は私がときめくままに生きるの。トウキと一緒にいるのが私にとって一番いいの」

「暴論だな」


 何だっていい。


「私はトウキといたいの!」

「……まあ、俺もお前といるのは楽しい。飯もうまいし」

「!」


 薄らと笑うトウキを不覚にも可愛いと思った。


「やっぱりトウキの笑顔は可愛いわっ!ときめきものねっ!」

「黙れ」


 いつものトウキに戻ってしまった。



 


 

「にしても、暑いのも困るけど、寒いのも困るわね」

「それがこの国だからな」


 二人してベランダに出る。寒いことに変わりはないが、このツンとくる寒さが妙に愛おしい。

   

「…………ダイヤモンドダストって聞いたことあるか?」

「聞いたことあるけど、そんなの私にとっては伝説よっ!」

 

 暑い国にいた私がそんな物を見たことがあるはずもない。手すりに置いていた顎を持ち上げ、トウキにもたれる。彼は「暖かい」。暑いでもなく、寒いでもなく、丁度いい。彼の暖かさに触れて、離したくなくなってしまった。


「ミイ」

「なあに?」

「前」


 トウキが指さした方を眺める。

 

「!」

 

 世界が、光っていた。

 

「何これっ?お空っ?が光ってるっ!」


 興奮からトウキにもたれかかることをやめ、冷たい手すりに手をつく。手が冷えるが、今はそんな事気にならなかった。


「なによ、これっ」


 ニンゲンは、感動で泣けるのだと、初めて知った。


 思い返せば、私は人々に感謝の意を示されていた。けれども、私が理想とする涼しさに近づける事が出来ず、段々と暑くなる現状に耐えられなくて、人々の幻滅を想像して、逃げた。

 でも、街の人は「ありがとう」そう言って涙を流していたのだ。


「こんなの、知らないっ」


 真っ白な雪の上で、様々な色の光が踊っている。妖精もきらきらと踊っている。


「はぁっ!」


 吐く息が白い。視界が悪い。


 世界が光っている。


「涙、凍るぞ」


 後ろから私の両頬をトウキの手が覆う。


「ふふっ、トウキの手も冷たいわっ!」


 涙は止まらない。


 綺麗な景色を前に感動しているのだ。きっと、そうだ。


「ダイヤモンドダストだ」

「これがダイヤモンドダストっ?!」

「ああ」

 

 私にとっては、伝説のもの。寒い所でしか見られないもの。

 

「とってもきらきらっ!ときめいたわっ!」


 景色に感動しながらトウキの腕の中に戻る。

 

「俺には、お前が眩しく映るよ」

「トウキもそんな事言うのね?意外だわっ!」

「そうか?」

「ええ!だって、最初のトウキのイメージはぶっきらぼうで無愛想でもとっても優しい人」 


 一緒に暮らしてみてものすごく優しい人だってわかった。


「んだよ、それ」


 トウキは呆れた様に少し笑う。気を抜いたその顔に、なぜだか胸元が痛くなった。

 

「お前は…………、元の世界に戻りたいと思うか?」

「ええ、思うわ」


 自分でも驚くほどあっさりその言葉が出た。少し前までそこにいたのだ。戻れないとわかっていても望んでしまうのは仕方がないだろう。

 

「でも、この世界にいたいとも思うのよ。魔法も魔術も。ダイアモンドダストも星空も、雪も空も。トウキも。この世界はどれもときめきで溢れているもの!」


それに、この一ヶ月で私には新たな目標ができた。

 

「今は魔法とトウキの事を研究するために、この国にいたいわ!」

「……そうか。……いや、俺と魔法が同等かよっ!」

「そんなつもりはないわ。どっちも大好きだもの」


 魔術と魔法。その関係性を論文にでも出したら有名になれるのではないかしら。きっと、『どちらが』優れているかなんて、昔から決まっていない。


「私は、やりたい事をやるわっ!ときめくままにねっ!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ