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為春(ためはる)春道(はるみち)と別れた春政(はるまさ)は、

父の命を胸に刻みながら石段を駆け下りた。


夜風は熱を帯び、

遠くから焦げた匂いが流れ込んでくる。


「……まさか……街まで……!」


石段の下――

志木原の城下町が見えた瞬間、春政は息を呑んだ。


街は、既に炎の中だった。


黒煙が天へと渦を巻き、

家々の屋根は朱に染まって崩れ落ち、

人々が四方へ散りながら叫んでいた。


「火だぁ! こっちに来るぞ!」

「井戸はどこだ!早く、子どもたちを外へ!」

「母ちゃぁぁぁん!!」


泣き叫ぶ声、怒号、瓦の落ちる音。

春政は拳を強く握り締めた。


「……ひどい……こんな……!」


ためらっている暇はなかった。


春政は城から連れてきた兵たちを振り返り、

声を張り上げる。


「二手に分かれろ!北側の民家は火の手が早い、

老人と子どもを最優先に避難させるんだ!」


「はっ!」


「私は南へ回り、逃げ遅れた者を集める!

 水桶を持てる者は持ってついて来い!」


兵たちが音を立てて走り出す。


春政もまた、燃え盛る路地へ踏み込む。


家屋の柱が燃え、

瓦が頭上に降り落ちるたび、

胸の鼓動が速くなる。


「誰か!……助けて……!」


かすれた声が炎の奥から聞こえた。


春政が迷わず駆け寄ると、倒れた梁の下、

幼い男の子が泣きながら母の手を握っていた。


母は足を木材に挟まれ、身動きが取れない。


春政は力いっぱい梁を持ち上げる。


「う、ぐっ……!誰か!こちらに!」


兵が数名駆けつけ、梁を引き抜く。


母は息を荒げながらも、深々と頭を下げた。


「ありがとう……ございます……!」


「この道を西へ! 川辺まで行けば安全だ。走れ!」


母子が逃れていく背中に、

春政は再び炎へと向き直った。


だが――

城の方から、新たな轟音が響いた。


振り返ると、

夜空を赤く染め上げる城の炎が

さらに大きく膨れ上がっていく。


「兄上……父上……!」


春政は喉が焼けるような苦しさを覚えながら、

その場に踏みとどまった。


「今は民だ……志木原の者を、必ず……!」


春政は再び、炎の闇へと飛び込んだ。




避難を終えた民の一団が、

街の外に続く細い道へ走り抜けていくのを見届けたとき


春政は胸を撫で下ろす間もなく、

背後から不吉な足音が迫るのを感じた。


――ガチャリ。


鉄のぶつかる、低い音。


春政が振り返ると、

路地の炎が揺らめくその向こうから、

黒い影がじわりと滲み出るように現れた。


松明に照らされて不気味に光る鎧。

そこに刻まれた牟岐(むき)家の家紋。


「……牟岐の、兵……!」


先頭の武士が薄く笑い、刀を抜いた。


「志木原の小僧か。ずいぶん熱心に民など助けているようだな。」


先の宴で見知った顔が、今はずいぶん違って見える。


春政は構えを取りながら一歩後ずさる。

後ろは逃げていく民。

ここで退くわけにはいかなかった。


「民を襲うなど、武士の道ではない!」


春政の声は震えていた。


だが敵兵は鼻で笑う。


「道だと?

 我らが道は――宗清(むねきよ)様の望みに従い、この地を奪うことよ。」


刀が炎を映して光った。


春政は奥歯を噛みしめ、刀を抜く。


「……ここは通さない。」


炎の渦巻く街路で、熱と煙が視界をひどく歪ませた。

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