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裏切り

燃え広がる炎が、廊下を赤い河のように染めていた。

春道は袖で口元を覆いながら、春政を背に守るように先を走る。


「兄上、父上は……!」


「大広間の方角に居るはずだ!」


ふたりが角を曲がるたび、炎の熱気と、

剣戟の金属音が襲いかかる。


階段を駆け降り、

まだ炎に呑まれていない中庭へ出た瞬間――


「おおい! 若様だ!!」


志木原家の兵が十数名、懸命に敵を押し返していた。


「春道様! この先、大広間はまだ持っていますが……

 敵勢、多勢! 出入口を塞がれつつあります!」


「よく踏ん張った! 道を開けよ!」


春道は一喝し、燃える柱の下を抜けて大広間へと突入した。


そこでは為春(ためはる)が大太刀を振るい、

部下の兵を背に守りながら

次々と押し寄せる黒い影を薙ぎ払っていた。


その姿は、老いの気配など一切無い。

志木原を束ねる“当主”そのものの強さだった。


「父上!!!」


為春が振り向き、目を見開いた。


「春道……そして春政まで……!」


春政は背筋を伸ばし、

まっすぐに父を見た。


「父上、援軍に参りました!

 兄上と共に、この城を守ります!」


為春は一瞬だけ苦しげに目を伏せ――

そして、首を横に振った。


「いや……お前の役目は別にある。」


春道も気づく。


「父上……何を……?」


為春は血の付いた大太刀を払ってから、

春政の肩を掴んだ。


「春政。お前が兵を率いよ。」


春政の目が大きく揺れる。


「え……? わ、私が……?」


「街が火に呑まれれば民が死ぬ。志木原の城主の子として――

 “民を逃がす”のがお前の務めだ。」


春政は唇を噛み、迷いの色を浮かべた。


「兄上ではなく……私が……?」


「春道がこの城の“守り刀”ならば、

お前はこの城の“走り矢”だ。」


春政の肩に置かれた手に力が入る。


「城が落ちようとも、志木原の民さえ生きていれば、志木原は再び立つ。行け……春政!」


春政は震える拳を握りしめ、深く深く頭を下げた。


「……承知っ……いたしました!!」


春道は弟の背中に労わるように手を置いた。


「春政。お前ならできる。必ず逃がせ。」


「兄上も……父上も……どうかご無事で!」


春政は部隊と合流するため、外へと駆けていく。


火の粉が舞う中、少年の小さな背中は闇夜に溶けていった。




春政が去るのを見届けると、

春道は刀を引き抜いた。


炎の明かりが刃に赤々と映り込む。


「父上。城内の炎……もはや抑えきれませぬ。」


「わかっておる。

 だが、少しでも時間を稼ぐ。」


為春が大広間の中央に立ち、

燃え落ちる梁の下を見上げた。


その時――


ザ……ッ と

ゆっくりとした足音が、

炎に包まれた廊下の向こうから響いた。


焼ける木の匂いの中に、

ひとつだけ異質な「香」が混ざる。


白檀。


春道が眉をひそめた瞬間、

赤い闇の奥から誰かの影が現れた。


ゆっくり、ゆっくりと。


炎を背に、まるで舞台へ歩み出る役者のように。


「……宗清(むねきよ)、殿……?」


為春の口から自らの名が出たのを聞き、宗清は軽く手を上げた。


「いやはや……このような夜分に。

 志木原殿こそ、なぜここに?」


その声音はまるで宴の延長のようで、

炎で焼かれる城に似つかわしくなかった。


だが――


為春は宗清を見た瞬間、

胸の奥から止めようのない叫びがこみ上げた。


「……なぜ……ここにおられるのです!?


 宗清殿……はやく逃げなされ!!」


春道が驚いて父を見る。


父は、敵に向ける顔ではなかった。

どこまでも優しく、人を信じ続けてきた男の顔だった。


為春は一歩踏み出し、牟岐(むき)の袖を掴まんばかりに手を伸ばす。


「城はもう持ちませぬ!宗清殿、貴殿まで巻き込んでは……!

 どうか、この場を離れ――!」


その声は本気だった。


本気で牟岐を“客”として案じ、

守ろうとしていた。


炎の爆ぜる音が二人の間を裂く。


宗清は、微かに目を伏せ――

そして、ため息をつくように笑った。


「為春殿。……やはり、優しすぎる。」


炎の明滅が彼の笑みを赤く照らした。


「だからこそ、貴殿は天下から遅れをとるのだ。」


春道は刀を強く握り直した。


宗清は首をかしげ、炎の海をゆったり眺めながら言った。


「“逃げろ”と仰るのは心外ですな。

 私はこの城を……手に入れに来たのです。」


為春の胸が裂けるように痛んだ。


「……宗清……殿……!」


宗清は静かに、しかし残酷な声で告げる。


「では、改めて――

 志木原の“福”を引き渡していただきましょうか。」


炎が轟音を立て、

その背後から黒装束の兵が次々に姿を現す。


春道は父の前で刀を構えた。


為春は、宗清を見つめたまま

ほんの一瞬だけ、目を伏せた。


その瞳には裏切りを嘆く色ではなく――

“騙されてもなお、人を憎めぬ優しさ”が宿っていた。

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