制札
玉座の間には、風が通らなかった。
重い障子が閉じられ、香の匂いがわずかに残る。
宗清は、卓の上に積まれた文書を一枚ずつ指で押さえ、目を通していた。
志木原――
その名が、何度も現れる。
作柄良好。巡礼増加。社の再建完了。市の復活。
「……俺が手を引いてから、か。」
その事実が、何度読んでも変わらない。
牟岐は、ゆっくりと命じた。
「“四季の神子”について、整理しろ。」
側近が控えめに頷く。
「信仰の中心地は、志木原の再建社。
だが、神子は常駐せず、巡回が基本。
各地の小社・氏子が自律して儀礼を回しています。」
「つまり。」
牟岐は、指を組む。
「頭がない。」
「……はい。」
「ならば、切るべきは“場”だな。」
「……“四季の神子”に関する事案を、政策として扱う。」
側近たちが、息を呑む。
「第一。」
牟岐は、指を一本立てる。
「巡回路の把握。神子が立ち寄る土地を事前に申告させ、
宿泊地と経路を指定する。」
「……安全のため。という名目で、でしょうか。」
「ああ。」
牟岐は、淡々と答えた。
「英雄が、子供を守らぬと思うか?」
牟岐は、淡々と答えた。
「英雄が、子供を守らぬと思うか?」
誰も言葉を挟めない。
「第二。」
指が、二本になる。
「季節儀礼の正規化。
祭礼の手順、言葉、配置。
それらを文書に起こし、“正しい形”として示せ。」
老臣が、わずかに眉を寄せる。
「神子のやり方とは、異なる恐れが……」
「異なってよい。」
牟岐は、即答した。
「形を与えれば、理は縛られる。」
その言葉は、戦場で幾度も聞かれたものだった。
「第三。」
指が、三本目を示す。
「逸脱の管理。」
部屋の空気が、張りつめる。
「神子の名を借りて、秩序を乱す者が現れぬとは限らぬ。
それを、誰が裁く?」
牟岐は、低く言った。
「私だ。--英雄が、裁く。」
その一言で、決まった。
「我々は、神子を害さぬ。支援も続ける。
だが、野放しにはしない。」
文書を閉じ、牟岐は窓の方を見る。
見えないはずの、志木原の方角。
「俺が救った土地が、俺の知らぬ理で息をしている――」
小さく、笑う。
「それを、確かめるだけだ。」




