土地
志木原に、再び人が集まり始めた。
春の催事。
焼け落ちていた社の跡地に、新しく組まれた仮殿。
土はまだ若く、柱には焦げの痕が残る。
それでも――
太鼓が鳴り、子どもが走り、
炊き出しの湯気が立ち上る。
「……草が、生えているな。」
宗清は、馬上からその光景を見下ろしていた。
かつて自らが「救った」はずの土地。
兵を入れ、逆らう者を鎮め、静けさだけが残ったはずの場所。
――その時は、草一本生えなかった。
「去年までは、何もなかったはずだ。」
側近が答える。
「は。四季の神子が巡り、祭を整え、民が戻り始めたのだと……」
宗清は、目を細める。
「“戻った”?」
その言葉が、気に障った。
宗清は命じた。
記録を書き換えよ、と。
志木原再興の由来。神社再建の経緯。祭の始まり。
すべてに、こう書かせた。
「志木原は、宗清公の鎮圧と加護により再興された地である」
「四季の神子は、その後に巡り来た祈り手に過ぎぬ」
「基を成したのは英雄の剣、神子はそれを飾ったのみ」
語り部に語らせた。寺社に写本を回させた。
武家や貴族の宴席で、その話が繰り返された。
理屈は、通っていた。
誰も、正面からは否定しない。
――だが。
志木原の市で、子どもたちが札を首から下げていた。
「それは何だ。」
問うと、年若い母が答えた。
「季の札でございます。」
「牟岐のものか?」
母は、少し首を振る。
「いいえ、神子様のものです。」
別の場所では、
神子が不在の土地で、祭が行われていた。
形式は簡素。神官も老いた一人だけ。
それでも、
水路は掃除され、井戸は譲り合われ、
余った米は集められている。
「神子は来ぬのか?」
と問うと、老人は笑った。
「来ぬとも。だが、季節は来る。」
牟岐は、言葉を失った。
城へ戻った夜。
書き換えた記録が、机に積まれている。
完璧な文。整った因果。
英雄譚として、非の打ちどころがない。
だが――
牟岐は、それを握り潰した。
「……おかしい。」
誰に言うでもなく、吐き捨てる。
「俺が救った土地だ。俺が血を流し、剣を振るった。
なのに……」
声が低くなる。
「なぜ、俺がいなくなってから、息をし始める。」
「……為春……。」
己の手で斬った友の名前を小さく呟き、
拳を握りしめる。
「……まだだ。」
声は、怒りよりも、焦りに近かった。
「まだ、俺は物語の中心にいる。」




