異変
牟岐の城は、相変わらず整っていた。
石畳は磨かれ、
庭は刈り込まれ、
兵は規律正しく立っている。
「英雄の城」に、乱れはない。
それでも――
牟岐は、机に置かれた報告書から、しばらく目を離せずにいた。
「……もう一度、言え。」
低い声だった。
使者は、背筋を伸ばしたまま答える。
「志木原に、人が戻り始めております。
社が再建され、季節の祭が行われているとのことです。」
「……志木原、だと?」
牟岐の指が、脇息を叩く。音は、思ったよりも軽かった。
「馬鹿な。あの地は……不毛の地に、なったはずだ。」
牟岐は、誰よりも志木原を知っている。
焼けた土地。水の巡らぬ畑。人の戻らぬ家々。
かつての美しかった志木原は、もう無くなった。
牟岐の問いに、使者は喉を鳴らす。
「祭のたびに、人が集まり……
子供の声が戻り、畑が耕され始めたと。」
「作物は。」
「……少しずつですが、育っております。」
「俺が、何年かけても――戻らなかったものが?」
声が、わずかに掠れる。
「神子どもが、来ただけで?」
牟岐は、立ち上がった。
「……おかしい。」
誰に言うでもなく、呟く。
「俺が守っていた時は、祟りだ、呪いだと皆が言った。」
歩きながら、続ける。
「賊を討ち、秩序を敷き、土地を“静か”にした。」
その“静かさ”が、今になって、胸に刺さる。
「なのに――」
牟岐は、振り返った。
「俺が去り、神子が来た途端、人が戻り、草が生えた?」
使者は、恐る恐る言う。
「……“英雄様が祟りを鎮めたからこそ、
今、季節が巡っている”と……そう言う者も、おりますが。」
牟岐は、笑わなかった。
むしろ、その言葉が、一番、腹の底を冷やした。
「……それでは、私は。」
ゆっくりと言う。
「“何も育たぬ地”を、育つ前に見捨てた男になる。」
牟岐は、拳をきつく握りしめる。
「……調べろ。」
静かな命令。
「志木原で、何が起きているのか。
誰が集まり、誰が動き、誰が利益を得ているのか。」
そして、低く、付け足す。
「“英雄の時代”よりも、今のほうが豊かだなどと――
誰にも、言わせるな。」




