信仰
翌朝。
霧の名残がまだ畑に漂う中、
四人は東の里へと足を運んだ。
小さな社の前には、すでに氏子たちが集まっている。
昨夜春花達を尋ねた男も含めた老若男女、数は多くない。
だが、皆、どこか緊張した面持ちで、四人を見つめていた。
春花が、一歩前へ出る。
「本日は、夏の祓いを執り行うとのこと。
この場をお借りしても、よろしいでしょうか。」
言葉を選び、柔らかく続ける。
「――行わせていただきたいと、願っております。」
氏子たちの間に、さざめきが走る。
社を守る老神官が、深く頭を下げた。
「ぜひ……お願いいたします。
我らの社では、もう長く、夏祓いを形だけで済ませておりました。」
千秋が、静かに言葉を継ぐ。
「祓いは、形ではなく、巡りです。
村の内と外、境と源。人の暮らしと、季の流れを結ぶもの。」
冬彦が空を見上げ、微かに頷く。
「本日は、風も穏やか。
夏の神に、道は開かれております。」
夏輝は、一瞬胸に手を当て――
それから、村人たちに向き直った。
「……では。夏の祓いを、始めます。」
最初に向かったのは、水源だった。
冷たい湧き水の前で、四人は円を描くように立つ。
夏輝が、声を張る。
「陽の光、風の道、夏の神よ護り給え。
病なく生き、稲苗も育ち行かんことを。」
春花は、両手を重ね、静かに祈る。
「この水が、命を巡らせますよう。」
千秋は、村境へと歩を進める。
「内と外を分かつものが、争いではなく、守りでありますよう。」
冬彦は、風の流れを読み、祈詞を添える。
「熱は命を育み、過ぎれば災いとなる。
その理を、忘れぬよう。」
四人は、畑、村境、社へも巡り、
それぞれの場所で、短く、しかし確かな祈りを捧げた。
儀が終わる。
子供たちは、自然と井戸の周りに集まり、
年寄りたちは、空を見上げていた。
老神官が、震える声で言う。
「……この祓いは。……空気が、澄んでおりますな……。」
春花は、静かに告げる。
「今年限りのものではありません。」
「来年からは――
この社の神官が、同じ形で執り行ってください。」
氏子たちが息を呑む。
千秋が、続ける。
「春には、芽吹きを。
秋には、実りを。
冬には、静かな守りを。」
冬彦が、懐から小さな包みを取り出す。
「こちらは、季を記した御札です。」
四枚。
春、夏、秋、冬。
それを丁寧に広げる。
「季節が巡るごとに、
善き行いを、ひとつ積み重ねてください。」
春花が、柔らかく続けた。
「春には――始まる者を、独りにしないこと。」
夏輝が、少しだけ息を整え、言葉を受け取る。
「夏には――水も、力も、言葉も。滞らせず、巡らせること。」
千秋は、視線を村人たちに向けたまま告げる。
「秋には――実りを、抱え込みすぎぬこと。」
最後に、冬彦が静かに締めくくる。
「冬には――守れるものを、先に守ること。
減ることを、責めぬこと。」
一拍、間を置いて。
春花が、ゆっくりと首を振った。
「これらは、祈りではありません。」
言葉は穏やかだが、芯がある。
「日々の、仕草です。」
さらに続ける。
「出来ぬ日が、あっても構いません。季節は、人を責めません。」
村人たちの表情が、少し緩む。
「ただ――」
春花は、御札にそっと手を添えた。
「次の季節へ、手渡せる形で暮らしてほしい。
それを、ここでは“善行”と呼びます。」
沈黙が、祈りのように落ちる。
そして、千秋が、ほんの少しだけ微笑んで言った。
「覚えなくて、構いません。」
夏輝が、うなずく。
「季節が来れば――自然と、思い出します。」
御札は、里の人の手へ渡された。
人々はそれを丁寧に受け取ると、聞いた言葉を胸に、帰路へと戻って行った。
数日後。
噂は、また広がった。
「夏祓いを、四季の神子が行った」
「季を巡らせる信仰だ」
やがて――
隣村の氏子が訪ねてくる。
「……うちでも、お願いできないでしょうか。」
また、別の社からも。
「我々も、志は同じです。」
四季の神子は、選ばない。
ただ、整え、渡し、託す。
そうして、
彼ら自身がいなくとも巡る信仰が、
少しずつ、確かに、根を張り始めていた。




