表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/60

儀式

火打ち石のカチカチという音が響く。

昼間に比べて夜気はひんやりしているが、夏の名残がまだ肌に残っていた。


「……いっぱい歩いたね。」


千秋(ちあき)が地面にどさっと腰を下ろし、足を投げ出す。


「足、棒なんだけど。」


「千秋は、ずっと前を歩いていたもの。」


春花(はるか)はそう言いながら、火をおこしている冬彦(ふゆひこ)のそばに座る。

指先で、もらったばかりの小袖の袖口をそっと撫でた。


淡い色合い。

仕立てもほとんど同じで、四人が並ぶと、どこか儀式めいて見える。


千秋がそれに気づいて、にやりと笑った。


「ねえさ。」


春花を見る。


「この格好してる間さ。

 神官みたいな喋り方にしてみない?」


「……神官、ですか?」


「そ。“姫様”でもないし、“旅の子”でもないやつ。」


夏輝(なつき)が自分の袖を引っ張りながら、首を傾げる。


「巫女、みたいな?」


「それそれ。」


千秋はぱん、と手を打つ。


「“四季の神子”なんでしょ?

 どうせなら、喋り方から寄せちゃおうよ。」


春花は少し考え、焚き火を見る。


「……落ち着いた話し方、ということ?」


「そうそう。丁寧だけど、かたすぎないやつ。」


そこで、冬彦が小さく咳払いをした。


「……それでしたら。」


三人の視線が集まる。


冬彦は大きく息を吸いこみ、それから静かに言った。


「この装いを纏う間、

 私たちは――ただの旅人ではありません。」


少し言葉を区切り、続ける。


「四季を名乗り、祈りを預かる者。

 “四季の神子”です。」


千秋が、小さく喉を鳴らす。


「……春は?」


春花は、静かに頷く。


「では、(わたくし)が、春を。」


焚き火の音が、間に落ちる。


夏輝は一瞬迷ってから、口を開いた。


「……俺は。」


視線を落とし、しかし逃げずに言う。


「いや!私が、夏を」


千秋はわざと背筋を伸ばし、澄ました声を作る。


「私が、秋を」


冬彦が一歩、声を低くする。


「では私が、冬を預かりましょう。」


春花の口元が、少しだけ緩む。


「……よいでしょう。」


そして、春花は言った。


「では、この場より。この小袖を纏う間は――」


言葉を選び、静かに告げる。


「互いを、名ではなく、役で呼びましょう。」


千秋が、わざとらしく咳払いをする。


「わかりました、春の神子殿。」


春花は優しく微笑む。


「祈りは、まだ小さくとも。

 偽りの名に、真を重ねていきましょう。」


夏輝が、少しだけ笑う。


「なんか……それっぽい。」


春花も、微かに息を吐く。


四人の影が、火を囲んで揃った。






朝霧が、低く地を這っていく。


鳥の声がぽつぽつと戻り、焚き火の名残からは白い煙が立ち上っていた。


春花(はるか)は目を覚まし、静かに身を起こす。


「……朝ですね。」


その声に応じるように、布の擦れる音。


千秋(ちあき)がむくりと起き上がり、眠たげな目のまま、すっと背筋を伸ばした。


「おはようございます、春の神子殿。」


一瞬、空気が止まる。


春花は、ぱちりと瞬きをした。


「……千秋?」


「秋の神子です。」


即答だった。


しかもやけに澄んだ声。


冬彦は、火を起こす手を止め、

一拍遅れて、真面目に応じてしまう。


「……おはようございます、秋の神子殿。」


春花が小さく息を吸う。


「冬彦……」


夏輝は、二人を交互に見て、慌てて姿勢を正した。


「え、えっと……おはよう、ございます?

 秋の……神子、さま?」


千秋が満足そうに頷く。


「よし、完璧。」


「完璧ではありません……!」


春花は思わず声を上げ、慌てて口を押さえる。


「……その、もう朝になったのだし。

 普通に話しても――」


「だめ。」


千秋はきっぱり言った。


「昨日決めたでしょ。“小袖を纏う間は”って。」


自分の袖をひらひらさせる。


「まだ着てる。」


春花は、小袖に目を落とす。

確かに、まだそのままだ。


冬彦が、困ったように視線を逸らしつつ言う。


「……規約上は、秋の神子殿の言が正しいかと。」


「冬彦まで……」


夏輝が、おずおずと口を開く。


「じゃ、じゃあ……朝餉の準備を、いたします……?」


言った直後、自分で照れて俯いた。


千秋が吹き出す。


「ちょっと夏、かわいいじゃん。」


「い、今は夏じゃなくて夏輝だよ……!

 ん?いや、夏ではあるのか?」


春花は、思わず笑ってしまい、

それから、こほんと咳払いをした。


「……では。」


すこしだけ、声を整える。


「本日も、道は長いでしょう。

 支度を、いたしましょうか。」


千秋は、にっと笑う。


「はい、春の神子殿。」


焚き火のそばは、朝の光に照らされていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ