儀式
火打ち石のカチカチという音が響く。
昼間に比べて夜気はひんやりしているが、夏の名残がまだ肌に残っていた。
「……いっぱい歩いたね。」
千秋が地面にどさっと腰を下ろし、足を投げ出す。
「足、棒なんだけど。」
「千秋は、ずっと前を歩いていたもの。」
春花はそう言いながら、火をおこしている冬彦のそばに座る。
指先で、もらったばかりの小袖の袖口をそっと撫でた。
淡い色合い。
仕立てもほとんど同じで、四人が並ぶと、どこか儀式めいて見える。
千秋がそれに気づいて、にやりと笑った。
「ねえさ。」
春花を見る。
「この格好してる間さ。
神官みたいな喋り方にしてみない?」
「……神官、ですか?」
「そ。“姫様”でもないし、“旅の子”でもないやつ。」
夏輝が自分の袖を引っ張りながら、首を傾げる。
「巫女、みたいな?」
「それそれ。」
千秋はぱん、と手を打つ。
「“四季の神子”なんでしょ?
どうせなら、喋り方から寄せちゃおうよ。」
春花は少し考え、焚き火を見る。
「……落ち着いた話し方、ということ?」
「そうそう。丁寧だけど、かたすぎないやつ。」
そこで、冬彦が小さく咳払いをした。
「……それでしたら。」
三人の視線が集まる。
冬彦は大きく息を吸いこみ、それから静かに言った。
「この装いを纏う間、
私たちは――ただの旅人ではありません。」
少し言葉を区切り、続ける。
「四季を名乗り、祈りを預かる者。
“四季の神子”です。」
千秋が、小さく喉を鳴らす。
「……春は?」
春花は、静かに頷く。
「では、私が、春を。」
焚き火の音が、間に落ちる。
夏輝は一瞬迷ってから、口を開いた。
「……俺は。」
視線を落とし、しかし逃げずに言う。
「いや!私が、夏を」
千秋はわざと背筋を伸ばし、澄ました声を作る。
「私が、秋を」
冬彦が一歩、声を低くする。
「では私が、冬を預かりましょう。」
春花の口元が、少しだけ緩む。
「……よいでしょう。」
そして、春花は言った。
「では、この場より。この小袖を纏う間は――」
言葉を選び、静かに告げる。
「互いを、名ではなく、役で呼びましょう。」
千秋が、わざとらしく咳払いをする。
「わかりました、春の神子殿。」
春花は優しく微笑む。
「祈りは、まだ小さくとも。
偽りの名に、真を重ねていきましょう。」
夏輝が、少しだけ笑う。
「なんか……それっぽい。」
春花も、微かに息を吐く。
四人の影が、火を囲んで揃った。
朝霧が、低く地を這っていく。
鳥の声がぽつぽつと戻り、焚き火の名残からは白い煙が立ち上っていた。
春花は目を覚まし、静かに身を起こす。
「……朝ですね。」
その声に応じるように、布の擦れる音。
千秋がむくりと起き上がり、眠たげな目のまま、すっと背筋を伸ばした。
「おはようございます、春の神子殿。」
一瞬、空気が止まる。
春花は、ぱちりと瞬きをした。
「……千秋?」
「秋の神子です。」
即答だった。
しかもやけに澄んだ声。
冬彦は、火を起こす手を止め、
一拍遅れて、真面目に応じてしまう。
「……おはようございます、秋の神子殿。」
春花が小さく息を吸う。
「冬彦……」
夏輝は、二人を交互に見て、慌てて姿勢を正した。
「え、えっと……おはよう、ございます?
秋の……神子、さま?」
千秋が満足そうに頷く。
「よし、完璧。」
「完璧ではありません……!」
春花は思わず声を上げ、慌てて口を押さえる。
「……その、もう朝になったのだし。
普通に話しても――」
「だめ。」
千秋はきっぱり言った。
「昨日決めたでしょ。“小袖を纏う間は”って。」
自分の袖をひらひらさせる。
「まだ着てる。」
春花は、小袖に目を落とす。
確かに、まだそのままだ。
冬彦が、困ったように視線を逸らしつつ言う。
「……規約上は、秋の神子殿の言が正しいかと。」
「冬彦まで……」
夏輝が、おずおずと口を開く。
「じゃ、じゃあ……朝餉の準備を、いたします……?」
言った直後、自分で照れて俯いた。
千秋が吹き出す。
「ちょっと夏、かわいいじゃん。」
「い、今は夏じゃなくて夏輝だよ……!
ん?いや、夏ではあるのか?」
春花は、思わず笑ってしまい、
それから、こほんと咳払いをした。
「……では。」
すこしだけ、声を整える。
「本日も、道は長いでしょう。
支度を、いたしましょうか。」
千秋は、にっと笑う。
「はい、春の神子殿。」
焚き火のそばは、朝の光に照らされていた。




