雨
薫の領地を抜け、朧という国に入る。
そこからさらに二日ほど歩いた先に、小さな村があった。
土はひび割れ、畑は色を失い、家々の軒先には干からびた草束が吊るされている。
村に入った瞬間、千秋が小さく息を呑んだ。
「……水、三日は降ってないね。」
「もっとです。」
応えたのは、出てきていた村の老人だった。
「この辺りは、もう半月。川も細り、種も蒔けん。」
冬彦は空を仰ぐ。雲は薄く、風は南から。
だが――
「……夜半、変わります。」
老人が眉をひそめる。
「雨が、来ると?」
冬彦は慎重に言葉を選んだ。
「“来るかもしれません”。」
それだけだった。
それ以上、何も約束しなかった。
春花は、夜になると村の外れへと歩み出た。
千秋と夏輝が止める間もなく、焚き火の残り香が漂う広場で、春花は静かに膝をつく。
「……祈るの?」
千秋が小声で聞く。
春花は小さく頷いた。
目を閉じ、風を受け、土の匂いを吸い込み、
指を胸の前で組む。
冬彦はそれを見て、あえて何も言わなかった。
夜半。
最初は、ほんの一滴だった。
乾いた地面に、ぽつりと落ちる音。
次いで、二滴、三滴。
やがて――
「……降ってる?」
誰かの声が上がる。
雨は激しくもなく、優しく、だが確かに降り始めた。
土が息を吹き返す音がする。
村人たちは次々に外へ飛び出し、天を仰いだ。
「雨だ……!」
「本当に、雨が……!」
誰かが、春花の方を見る。
広場の中央、雨に濡れながら立ち上がる小さな影。
「……あの子だ。」
「さっき、空に……」
言葉が、勝手に繋がっていく。
翌朝。
春花たちが村を出ようとすると、老人が布包みを抱えて現れた。
「粗末なものですが。」
中には、丁寧に繕われた小袖が四着。
「この辺りは寒暖が激しい。
……神子様、と呼ばれるのは好かんでしょうが。」
冬彦は小さく頷いた。
「お気持ちとして、頂きましょう。」
千秋が苦笑する。
村を離れる頃、背後から声が聞こえた。
「四季の神子様――」
振り返らなかった。
振り返らなくても、その言葉は風に乗ってついてきた。
数日後
別の村で、こう囁かれる。
「雨を呼んだ子がいるらしい。」
「祈ると、たちまち豊かになるとか。」
「服も、施しも、強要しないそうだ。」
雨は、まだ降り続いていた。
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