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宴がひと息ついたころ、

志木原(しきはら)家当主、為春(ためはる)は盃を置き、宗清(むき)宗清(むねきよ)のほうへ体を向けた。


「宗清殿、夜ももう遅い。もしよろしければ、

どうか今宵は志木原に泊まっていかれよ。

 城の者たちも、貴殿達を歓迎いたします。」


宗清は一瞬だけ驚いたように眉を上げたが、

すぐににこやかに笑った。


「おお、それは有難い。

 厚意に甘え、今夜は志木原で眠らせていただこう。」


「ええ、ぜひに!」


為春が嬉しそうに笑う。


千春も春政も、春道もその様子を見て微笑み、

宴は再び穏やかな空気に包まれた。


夜が更け、

客間の灯火が徐々に消えていく。


宗清は志木原家が用意した客室へと案内された。

客室に向かう回廊を進む彼の後ろを、その家臣達が静かに歩く。


「宗清様、お部屋はこちらでございます。」


案内役が襖を開ける。


宗清がゆっくりと部屋へ足を踏み入れると、

ふわりと桃の香りも入り込む。


「……良い香りだ。

 まるで、本当に神でも潜んでいるかのようだ。」


案内役が何か言いかけたが、

宗清は軽く手を挙げ、微笑みを返した。


「冗談だ。」


だがその横顔はどこか、

底の見えない影を落としていた。




同じ頃。


千春と春政、春道は御殿に戻り、宴の余韻を語り合っていた。


「宗清殿、楽しんでいらっしゃいましたね。」


千春が言うと、


「うむ。父上もあれほど信頼なさっているお方だ。

 やはり只者ではない。」


と春道が頷く。


春政は少し考えてから口を開いた。


「……でも、兄上。姉上。

 あの方、どこか……何かを計っているような、そんな感じがしませんでした?」


兄姉が目を向ける。


「春政、お前も感じたのか。」


春道が静かに呟いた。


「宗清殿は人当たりは柔らかい。だが……こちらを測っている目をしていた。」


千春は、さっと体が冷えるのを感じた。


「お父上は……気づいているのかしら。」


「気づいている。父上が気づかぬはずがない。」


春道はそう言い、優しく微笑んだ。


「だが、悪い予感というものは、案外外れてくれる……」


「みちにいさま、せんねえさま、まさにいさま、おかえりなさい。」


言いかけた言葉に被さるような小さな声に、三人はハッとしてそちらを見ると、末姫が目を擦りながら襖を開けている。


春花(はるか)、挨拶をしたら床に戻りますよ。」


後ろから四人の母である桔梗(ききょう)が顔を覗かせる。


その姿は、ほんの少し困ったようで、それでも愛しさが隠せない母の顔。


「だって……みんなの声が……」


「聞こえたのはわかりますけれど、

 今夜はお客様もいらしているのです。

 姉上や兄上のお邪魔をしてはいけませんよ?」


桔梗は穏やかに言いながら、三人に向けて軽く首を下げた。


「ごめんなさいね。お話してたのに騒がしくして……」


「母上、気にされずとも。」


春道がふんわり笑う。


「ちょうど良いころ合いですよ。

 僕たちもそろそろ休もうと思っていたところです。」


春政も微笑んだ


「はい。春花が来てくれてちょうど良かったです。」


千春は春花の頬を軽くつつき、優しく告げる。


「それじゃあ皆、母上と一緒にお部屋へ戻りましょうか?」


桔梗がそういって、床に通じる襖を開いた。




同じ部屋に敷かれた寝具へ皆が横になる。


春道は端のほうで背を向け、

春政は眠ってしまった春花のそばにゆっくり横になった。


()、春花を押しつぶさないでよね。」


千春が笑うと、


「潰すか!気をつけるよ。」


「ふふ……春政は昔から、眠るとよく転がってきたものね。」


桔梗も楽しげに言う。


「母上、今はそんな話をしなくても……!」


家族の笑い声が、小さな波のように部屋を満たす。


灯を弱くすると、桃の香りが柔らかく広がり、

遠くで虫の声がかすかに響く。


千春は母の隣に寄り添い、それに気が付いた桔梗は、目を細めて娘の髪をそっと撫でてやる。


「……なんだか、久しぶりですね。

 みんなでこうして眠るの。」


千春が静かに呟く。


春道は暗がりの中で目を閉じたまま言った。


「最近は忙しい日々が続いたからな。

 たまには……こうして寄り添うのも良い。」


桔梗は小さく息を吐く。


「今日は……良い日でしたか?」


「うん。」


春政が頷く。


「宴も賑やかで、客人も喜んでおられたし……」


春政の声は徐々に眠気に沈んでいく。


桔梗は薄闇の中で微笑み、

少し起き上がり、子どもたちの髪を順に撫でた。


「……おやすみなさい。私のかわいい子どもたち。」


その言葉とともに、

部屋は静かな呼吸音で満たされた。

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