共犯
夜半、薫家の奥。
灯りは落とされ、
廊下には、足音すら残らない。
黄雀は、文机の前に座ったまま、
手にした紙片を、何度も折っては開いていた。
――牢は、薫との間の関所。
牟岐の使者が、まだ城内にいる。
表向きは、何も起きていないことになっている。
(……返せ、とは言えぬ。)
それは、黄雀自身が一番よく分かっていた。
その時、障子の向こうで、低い声がした。
「黄雀様。」
拒む派――薫家の重臣の一人。
「……あれの件ですが。」
黄雀は、顔を上げない。
「夏輝のことなら――」
「見捨てるべきです。」
即答だった。
「妾腹。しかも、顔が似ている。
火種を、わざわざ抱える理由はない。」
「……」
「牟岐様は英雄です。
疑う理由が、どこにありましょう。」
黄雀の指が、わずかに震える。
「……では、春花様たちは?」
「客としては、遇します。だが、それまで。」
言外に、はっきりと含まれていた。
――深入りするな。
足音が、遠ざかる。
黄雀は深く息を吐いた。
(……桔梗。)
姪の名を、心の中で呼ぶ。
(お前なら、どうした。)
答えは、最初から分かっていた。
黄雀は、立ち上がる。
夜の気配が、客間に沈んでいる。
春花、冬彦、千秋の三人が、静かに顔を上げた。
障子が、そっと開く。
「……お休みのところ、失礼します。」
黄雀だった。
その表情は、昼に会った時よりもずっと疲れて見えた。
「正式には、何もお話しできません。」
最初に、そう告げる。
「ですが……」
一拍、置く。
「夏輝は、生きています。」
春花の肩が、ふっと緩む。
「牢は、牟岐にある北の関所。薫との境です。」
冬彦が、息を呑む。
「……それを、なぜ我々に?」
黄雀は、視線を落とした。
「私が、動けば――薫家が割れます。」
拒む派。迎える派。
そして、牟岐の目。
「ですが……見捨てろ、と言われて、
はいそうですか、と言えるほど、私は強くありません。」
小さく、笑う。
「ですから……」
黄雀は、春花を見た。
その顔に、確かに重なる面影。
「これは、私の“見ないふり”です。」
懐から、小さな紙を出す。
牢への道。交代の刻。
使者の視線が切れる時間。
「城には、まだ牟岐の者がいます。ですから――」
声を、さらに落とす。
「夜明け前。裏の小門から、出てください。」
千秋が、目を細める。
「……黄雀さん。」
「はい。」
「これ、共犯だよ。」
黄雀は、少しだけ口角を上げた。
「……静かな、共犯です。」
春花は、紙を両手で受け取ると、
深く、頭を下げた。
黄雀は、首を振る。
「どうか、桔梗に叱られぬ選択をしたと、思わせてください。」
そして、立ち上がる。
「夜が明ける前に。誰にも、見つからずに。」
障子が閉まる。
残された三人は、しばらく何も言えなかった。
やがて、春花が口を開く。
「……行きましょう。」




