聞き耳
太陽が上り、城の中が動き出す頃。
千秋が、客室の障子をそっと開けた。
「……ちょっと、外見てくる。」
声は軽い。いつもの調子だった。
冬彦が眉をひそめる。
「千秋、城内は――」
「だいじょぶだいじょぶ。」
千秋は、にっと笑う。
「こういう空気、あたし得意だから。」
そのまま、音もなく廊下へ溶ける。
城の裏手。
人の流れが途切れる場所。
千秋は、柱の影に身を潜め、
低く交わされる声に耳を澄ませていた。
「……あれが、牢に入れられた。」
「牟岐様の使者が、連れて行ったと?」
「いや、逃がした“体”だ。だが顔が顔だ……」
「……桔梗様に似すぎている。」
千秋の背筋が、ぞくりと冷える。
「志木原の姫の噂と、無関係とは思えぬ。」
「だからこそ、城に置くのは危険だと……」
足音が近づく。
千秋は、瞬時に身を引き、物影に身を沈めた。
(……牢?)
(捕まった……?)
胸が、どくん、と鳴る。
しばらくして、
何食わぬ顔で客室に戻ると、春花はすぐに気づいた。
「……千秋。」
その一言だけで、十分だった。
障子を閉め、声を落とす。
「……ねえ、姫。」
その呼び方に、春花の喉がきゅっと詰まる。
「夏輝、夜中に出てって、捕まったって。」
春花の指が、膝の上で、震えた。
「……どうして?」
千秋は、言葉を選ぶ。
「顔。」
短く。
「……お母さんに、似てるって。」
春花は、息を呑んだ。
点が、線になる。
旅人、噂、視線。
「……どこに、いるの?」
千秋は、じっと目をみつめる。
「たぶん牢。表向きは、なにもなかったことにされてる。」
冬彦が、低く唸る。
「……牟岐が、動きましたか。」
春花は、目を伏せる。
胸の奥が、痛いほど静かだった。
「……わたしのせい、だ。」
千秋が、すぐに首を振る。
「違う。」
「違う、けど――」
言葉を切る。
「でも、姫の噂がなきゃ、あの子は捕まってない。」
春花は、ゆっくりと顔を上げた。
「……助けたい。」
声は、震えていない。
「夏輝は、何もしていないのに。」
冬彦が、一歩前に出る。
「姫様、それは――」
「わかっています。」
春花は、はっきり言った。
「でも、知らないふりはできません。」
千秋は、春花を見つめ、小さく笑った。
「……そう言うと思った。」




