波紋
黄雀がそれを知ったのは、朝の鐘が鳴る少し前だった。
控えめな足音と共に、側仕えが顔色を変えて報告に来る。
「……若君が、戻られておりません。」
黄雀の手が、ふと止まった。
「……何?」
「夜明け前、城門の見張りが……
牟岐様の使者らしき者と揉める声を聞いた、と。」
黄雀の胸が、嫌な音を立てて軋んだ。
「その後は?」
「行方は……」
言葉を濁す仕草が、すべてを物語っていた。
黄雀は、深く息を吸い、吐いた。
(動いたか……。)
牟岐。
英雄の顔を被った、あの男が。
――いや。
動かせてしまったのは、自分たちだ。
桔梗に似た顔。
城下で囁かれ始めた話。
四季の神子の噂。
それらが、一本の線で繋がった瞬間だった。
(遅かった……)
拳を握りしめる。
助けられなかった。
守ると決めていながら、一歩を踏み出すのが、いつも遅い。
黄雀は低く唸った。
その頃。
客間で、春花は窓の外を見ていた。
朝の光は穏やかなのに、胸の奥が、ひどくざわつく。
(嫌な感じがする。)
昨夜。
城の気配が、どこか変だった。
遠くで鳴った足音。
閉じる門の音。
風に混じる、緊張。
「……冬彦。」
「はい。」
「この城、何か……」
言葉を探す。
「……何かを、隠している気がします。」
薫家の中では、
すでに、静かな波紋が広がり始めていた。
「……桔梗様に、似すぎだ。」
「だからこそ、危うい。」
「牟岐様に目を付けられたら、どうする。」
「そもそも、なぜ妾腹を城に置いた。」
「黄雀様が甘すぎるのだ。」
声は、小さく。
けれど、確かに、毒を含んでいる。
迎え入れる派と、拒む派。
そして――
拒む派の中には、
夏輝を「切り捨てるべき存在」と見る者もいた。
黄雀は、廊下を歩きながら、遠くの空を見上げた。
(……桔梗。)
あの子に、よく似た姫が、今この城にいる。
そして――“似た顔”を持つ少年は、牢にいる。
偶然では、済まない。
黄雀は、足を止めた。




