中立
夜更け。
薫家の城は、昼のざわめきが嘘のように静まり返っていた。
だがその静けさの裏で、
確かに――人の気配が、動いていた。
廊下の向こう、灯を落とした小広間に、
数名の家臣が集まっている。
「……あの娘は、危険だ。」
低く、硬い声。
「志木原の血。
牟岐様の耳に入れば、薫家そのものが疑われる。」
「正式な客扱いなど、もってのほかだ。」
「明日には、城外へ――」
そのとき。
襖の影で、静かに足を止めていた男がいた。
薫黄雀。
灯の明かりが、彼の横顔を照らす。
穏やかな面差しの奥で、目だけが、深く沈んでいた。
「……失礼。」
黄雀は、襖を開けた。
声は、いつもと変わらず柔らかい。
「夜分に集まっておられるとは。
何か、急ぎの議題でも?」
空気が、一瞬凍る。
「黄雀殿……」
誰かが咳払いをした。
「我らは、薫家を案じているだけだ。
あの娘を置いておけば、いずれ牟岐様に――」
「でしょうな。」
黄雀は、穏やかに頷いた。
「私も、同じことを考えておりました。」
その言葉に、家臣たちの表情が緩む。
「ならば――」
「ですが。」
黄雀は、静かに続けた。
「“正式な客”として迎え入れた以上、
理由もなく追い出せば、それこそ疑いを招く。」
「しかし!」
「それに。」
黄雀は、目を伏せる。
「……桔梗は、薫家の娘です。」
その名が出た瞬間、誰も言葉を継げなくなった。
「彼女の子を、薫家が拒んだと知られれば、
それはそれで……よい噂にはなりますまい。」
家臣の一人が、苛立ったように言う。
「黄雀殿は、情で語っておられる。」
黄雀は、首を振った。
「いいえ。これは、計算です。」
ゆっくりと顔を上げる。
「今、彼女を追い出せば、
“薫は志木原の血を恐れている”そう受け取られかねません。」
「ならば、しばらく置く方がよい。」
淡々と。
「何も起きなかった。……そう見せかける方が。」
それは、表向きは慎重な判断。
だが――
誰よりも早く、誰よりも確実に、
春花を“守る”選択だった。
「……黄雀殿が、そう仰るなら。」
不承不承、家臣たちは頷く。
やがて足音が遠ざかる。
灯りの消えた廊下に、黄雀は一人、立ち尽くした。
その胸の内で、
静かに、何かが決まった。
――私は、もう中立ではいられない。
誰にも知られぬように。
だが、確実に。
黄雀は、袖の中で拳を握る。
「……桔梗。」
呟きは、闇に溶けた。




