表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/60

中立

夜更け。


(かおる)家の城は、昼のざわめきが嘘のように静まり返っていた。


だがその静けさの裏で、

確かに――人の気配が、動いていた。


廊下の向こう、灯を落とした小広間に、

数名の家臣が集まっている。


「……あの娘は、危険だ。」


低く、硬い声。


志木原(しきはら)の血。

 牟岐(むき)様の耳に入れば、薫家そのものが疑われる。」


「正式な客扱いなど、もってのほかだ。」


「明日には、城外へ――」


そのとき。


襖の影で、静かに足を止めていた男がいた。


(かおる)黄雀(こうじゃく)


灯の明かりが、彼の横顔を照らす。

穏やかな面差しの奥で、目だけが、深く沈んでいた。


「……失礼。」


黄雀は、襖を開けた。


声は、いつもと変わらず柔らかい。


「夜分に集まっておられるとは。

何か、急ぎの議題でも?」


空気が、一瞬凍る。


「黄雀殿……」


誰かが咳払いをした。


「我らは、薫家を案じているだけだ。

 あの娘を置いておけば、いずれ牟岐様に――」


「でしょうな。」


黄雀は、穏やかに頷いた。


「私も、同じことを考えておりました。」


その言葉に、家臣たちの表情が緩む。


「ならば――」


「ですが。」


黄雀は、静かに続けた。


「“正式な客”として迎え入れた以上、

 理由もなく追い出せば、それこそ疑いを招く。」


「しかし!」


「それに。」


黄雀は、目を伏せる。


「……桔梗(ききょう)は、薫家の娘です。」


その名が出た瞬間、誰も言葉を継げなくなった。


「彼女の子を、薫家が拒んだと知られれば、

 それはそれで……よい噂にはなりますまい。」


家臣の一人が、苛立ったように言う。


「黄雀殿は、情で語っておられる。」


黄雀は、首を振った。


「いいえ。これは、計算です。」


ゆっくりと顔を上げる。


「今、彼女を追い出せば、

 “薫は志木原の血を恐れている”そう受け取られかねません。」


「ならば、しばらく置く方がよい。」


淡々と。


「何も起きなかった。……そう見せかける方が。」


それは、表向きは慎重な判断。

だが――


誰よりも早く、誰よりも確実に、

春花(はるか)を“守る”選択だった。


「……黄雀殿が、そう仰るなら。」


不承不承、家臣たちは頷く。


やがて足音が遠ざかる。


灯りの消えた廊下に、黄雀は一人、立ち尽くした。


その胸の内で、

静かに、何かが決まった。


――私は、もう中立ではいられない。


誰にも知られぬように。

だが、確実に。


黄雀は、袖の中で拳を握る。


「……桔梗。」


呟きは、闇に溶けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ