客
黄雀の部屋から出た瞬間、
春花は、はっきりと「重さ」を感じた。
視線だ。
城下を歩く時とは違う。
露骨に顔を背けられることも、囁き合う声もない。
ただ――
通り過ぎる家臣たちの目が、
一瞬だけ春花に留まり、すぐに逸れる。
それが、何度も、何度も。
「……見られてるね。」
千秋が、小声で言う。
「はい。」
冬彦も、頷いた。
「噂が、城の中まで入っている証でしょう。」
黄雀は、少しだけ歩調を早めた。
「気にせず、前を。」
そう言いながらも、
彼自身もまた、周囲の気配に神経を張り詰めているのが分かる。
城門をくぐった瞬間、空気が変わった。
冷たい。
季節のせいではない。
人の意志が、はっきりとそこにあった。
案内されたのは、客用の離れだった。
格式はある。掃除も行き届いている。
だが――
「……最低限、ですね。」
冬彦が、ぽつりと言う。
部屋には床几と卓、湯呑みが三つ。
花も、香も、ない。
「正式な客、って聞いてたんだけどなぁ。」
千秋が、わざとらしく肩をすくめる。
そこへ、襖が音もなく開いた。
「失礼いたします。」
入ってきたのは、年配の女中だった。
深く頭を下げるが、目は春花を見ない。
「本日はお疲れでしょう。
湯と、簡単な食事をご用意いたしました。」
「簡単な、ね。」
千秋が小さく呟く。
女中は聞こえなかったふりをして続ける。
「城主様はご多忙のため、
ご挨拶は後日となります。」
――後日。
それが、拒絶なのか、様子見なのか。
判断のつかない言葉だった。
春花は、女中に向かって静かに頭を下げた。
「……ありがとうございます。」
女中は一瞬、戸惑ったように目を上げ、
しかしすぐに表情を消して下がっていく。
襖が閉まる音が、やけに大きく響いた。
千秋が、鼻で笑う。
「歓迎されてる感じ、しないね。」
冬彦は、低く言った。
「薫家の中でも、割れているのでしょう。」
「黄雀殿が前に出たことで、反発している者も少なくない。」
春花は、湯飲みに手を伸ばし、両手で包んだ。
少し、冷めている。
「……それでも。」
ぽつり、と言う。
「城下より、ずっと静かです。」
千秋が、春花を見る。
「怖くない?」
春花は、少し考えてから首を振った。
「私は怖い、というより……見定められている感じがします。」
冬彦は、静かに息を吐いた。
「それが、一番厄介でございます。」
そのとき、外から足音がした。
近くで、声を潜めた会話。
「……あれが、例の……?」
「似ているな。確かに……」
「だが、黄雀殿が……」
声は、すぐに遠ざかる。
千秋は、布団にごろりと転がった。
「はー……気が抜けない。」
春花は、障子越しの庭を見つめる。
風に揺れる木々の影が、畳に落ちていた。




