男
門前の空気が、張りつめたまま動かない。
門番の一人が、苛立ちを隠そうともせず足を踏み鳴らした。
「……まだ立ち去らぬか。」
そのときだった。
「――あ、あの……」
場にそぐわない、少し裏返った声がした。
一同が振り向くと、
城内から続く石畳の先に、一人の男が立っていた。
年の頃は四十に届くかどうか。
上質ではあるが地味な衣、姿勢はどこか控えめで、
目元には常に人を気遣うような柔らかさがある。
「こ、ここで何か……?」
門番がはっとして姿勢を正す。
「黄雀様。」
その名に、夏輝の肩がわずかに揺れた。
黄雀は門番に近づきながら、ちらりと四人を見――
そこで、ぴたりと足を止めた。
「……?」
黄雀の視線が、春花に吸い寄せられる。
ほんの一瞬。
だが、確かに――息を呑んだ。
(……桔梗……?)
喉が、きゅっと鳴る。
もちろん、分かっている。桔梗はもうこの世にいない。
あの美しかった志木原で、命を終えたと聞いている。
それでも。
面差し。目の形。伏せたときの睫毛の影。
あまりにも、似すぎていた。
「……失礼ですが。」
黄雀は、恐る恐る春花に声をかける。
「お名前を……お聞きしても?」
春花は一瞬迷い、
だが、柔らかく首を振った。
「……まだ。」
その答えに、黄雀は驚くでも怒るでもなく、
むしろ――安心したように、小さく息を吐いた。
「……そう、ですか。」
そして、視線をずらし、夏輝を見る。
「……夏輝。」
名を呼ばれ、夏輝はきょっと顔を上げる。
「叔父上……?」
黄雀は、すぐに周囲を気にするように門番を見て、
それから小さく、申し訳なさそうに微笑んだ。
「すまないね。ここでは……いろいろ、やりにくいだろう。」
門番が口を挟む。
「黄雀様、この者は――」
「わかっている、わかっているよ。」
黄雀は慌てたように手を振る。
「規則も、立場も……全部。」
その声は弱々しい。
だが、目だけは、はっきりと夏輝を見ていた。
「……それでも。」
黄雀は一歩、門番の前に出る。
「この子が、ここに来たということ自体が、
無関係ではないと思うんだ。」
門番が言いよどむ。
「しかし……」
「責任は、私が持つ。」
一瞬の沈黙。
黄雀は、少し震える声で続けた。
「……それに。」
再び、春花を見る。
「その方を、無下に追い返す気には……
どうしても、なれなくてね。」
春花と、視線が合う。
黄雀は、はっとしたように目を伏せる。
「……昔、よく知っている人に、とても似ている。」
春花は、静かに一礼した。
「……ありがとうございます。」
名は、まだ告げない。
けれど、その所作だけで、十分だった。
黄雀は、胸に手を当て、深く息を整える。
(……桔梗。
もし、君が遺したものがあるとしたら――
きっと、この子なのだろう)
「……中へ。」
黄雀は、小さく、しかし確かに言った。
「正式な話は、私が聞こう。
……それくらいは、叔父として、許されるだろう。」
門が、再び低く音を立てて開き始める。
夏輝は、信じられないという顔で黄雀を見る。
「……どうして……?」
黄雀は、困ったように笑った。
「さあ……。」
そして、ぽつりと。
「助けられなかった分くらいは、
気にかけさせておくれ。」
門が開き、光が四人を包んだ。




