門
城門は、思っていたよりも低い音で開いた。
重厚な木が擦れ合うその音に、
春花は背筋を伸ばす。
門の内側には、二人の門番。
揃った装束、揃った視線。
その目が、四人を上から下までなぞる。
「用件は。」
短く、感情のない声。
夏輝が一歩前に出た。
「……薫家に、用がある。」
門番の片方が、わずかに眉を動かす。
「名は。」
「夏輝。」
それだけで、空気が変わった。
もう一人の門番が、鼻で小さく息を吐く。
「……ああ。」
納得とも、見下しともつかぬ声。
「その名で、何の用だ。」
「妾の件なら、今さらだ。城は関与しない。」
「俺は――」
「戻れ。」
遮るように、ぴしゃり。
「城に入る理由がない。」
夏輝の拳が、きつく握られる。
春花は、その横顔を見ていた。
――怒りでも、悲しみでもない。
ただ、“慣れてしまった顔”。
胸の奥で、何かが静かに、強く鳴った。
春花は一歩、前に出かけて――止まる。
(……言えば、通れる)
母の名。
桔梗。
それを出せば、門は開くだろう。
門番の態度も、言葉も、変わる。
でも。
それは、夏輝の背中を踏み越えることでもあった。
「……」
春花の指先が、袖の中で強く絡まる。
冬彦が、かすかに息を吸う。
「姫様……」
小さな声。止めるでも、促すでもない。
春花は、門番を見つめたまま、静かに言った。
「少しだけ、お時間をください。」
門番が怪訝そうに眉を寄せる。
「……何者だ。」
春花は答えない。ただ、夏輝を見る。
「夏輝。」
名を呼ばれ、彼は驚いたように振り向く。
「あなたは、ここに来たかったのよね。」
「……ああ。」
「それは、“許しを乞うため”?」
夏輝は、首を振る。
「違う。」
「なら――」
春花は、はっきりと告げた。
「あなたが先に立って。」
夏輝の目が、揺れる。
「……俺が?」
「ええ。」
春花は、まだ名を明かさない。
「あなたの用件で、あなたの言葉で、この城に向き合って。」
門番が苛立ったように言う。
「茶番は終わりだ。用がないなら――」
その瞬間。
春花は、一歩だけ前に出た。
まだ名は出さない。だが、逃げない位置に。
「用は、あります。」
静かな声だった。
「ただ――
それを、誰の名で告げるべきかを、考えているだけです。」




