目
城下町に入ると、小さな違和感を覚えた。
道は整い、家々の屋根は手入れが行き届いている。
行き交う人々の顔にも、怯えや飢えはない。
一見すれば、よく治められた、穏やかな町だった。
――けれど。
春花は、胸の奥がひどく静かになるのを感じた。
「……?」
理由は、すぐには分からなかった。
千秋も、きょろきょろと周囲を見回してから、小さく眉をひそめる。
「ねえ……なんかさ。見られてない?」
冬彦は答えず、ただ一歩、春花の前に出た。
視線。露骨ではない。
噂話のようなひそひそでもない。
――値踏みするような、測る目。
その視線は、千秋や冬彦に向けられるよりも、
夏輝、そして春花にも向けられることが多かった。
道の端で野菜を売る老人が、夏輝を見るなり、視線を逸らす。
井戸端で話していた女たちが、彼の姿に気づき、声を落とす。
子どもが指をさしかけ、親に慌てて手を引かれる。
千秋が、ぼそっと言った。
「……あんた、有名人?」
夏輝は、乾いた笑みを浮かべた。
「悪い意味で、ね。」
春花は歩調を落とし、夏輝の横に並ぶ。
「……薫家の方々、ですか。」
「薫家に”属する”人たち。」
言い直しが、妙に正確だった。
「城の中じゃ、俺は名前を呼ばれない。
呼ばれるとしたら……“あれ”とか、“そっちの”とか。」
千秋が顔をしかめる。
「最低。」
「慣れてるよ。」
そう言いながら、夏輝はどこか、慣れていない顔をしていた。
冬彦が低く問う。
「……妾腹、というだけで?」
夏輝は一瞬、答えを迷い、それから肩をすくめた。
「それと――母親が、城下の生まれだから。」
春花の足が、止まった。
「……それは、罪ではありません。」
「薫家では、そうじゃない。」
夏輝は淡々と告げる。
「“血の濁り”は、城の外から来る。そう教えられてる。」
春花の胸の奥で、何かが、はっきりと形を持った。
この町は、平穏だ。
だが、それは――選別された平穏だ。
守られているのは、
「正しい血」と「正しい家」だけ。
春花は、そっと夏輝の袖を掴んだ。
驚いたように彼が振り返る。
「……一人で歩かなくていいです。」
小さな声だったが、確かだった。
「今日は、私たちが一緒です。」
城下の雑踏の中で、
その一言だけが、はっきりと音を持った。
夏輝は、しばらく何も言えず、
やがて、ほんの少しだけ笑った。
「……じゃあ、
城までは、付き合ってもらおうかな。」
「ねえ!あたしも!」
千秋がじゃれるように冬彦と夏輝の2人と手を繋ぐ。
視線はまだ、消えない。
けれど春花は、もう目を逸らさなかった。
この違和感こそが、
母・桔梗が生まれ育った場所の――
もう一つの顔なのだと、知ってしまったから。




