狸
三人は、言葉少なに歩いていく。
焼けた村を背に、山へ続く細い道を進む。
足元の土はまだ温かく、ところどころに焦げた木の匂いが残っていた。
千秋は先を歩きながら、時おり振り返る。
「この辺、あんまり人来ないよ。
来たとしても、もう“持ってくもん”残ってないし。」
「……助かります。」
冬彦は短く答え、周囲に目を配り続ける。
春花は二人の少し後ろを歩き、草を踏む音に耳を澄ませていた。
空が橙に染まり、山の影が伸び始める。
「夜になりますね。」
春花の声に、冬彦が立ち止まる。
「……この先に、使われていない山小屋があるはずです。
志島の者が、昔手入れをしていた場所で。」
千秋が目を丸くする。
「わぁい!屋根あるの!」
三人は言われた方へと進む。
やがて木々の間に、ひっそりとした小屋が見えてきた。
板張りの壁はところどころ傷んでいるが、
屋根はまだ形を保っている。
扉は軋みながらも、開いた。
「……誰も、いないみたい。」
千秋が中を覗き込み、鼻を鳴らす。
「雨風しのげるし、今日はここでいこ。」
冬彦は頷き、薪になりそうな枝を集め始める。
「火は……小さくします。煙が出ないように。」
「ありがとう。」
春花は小屋の中に入り、
隅に積まれた古い藁の上にそっと腰を下ろした。
外では風が木々を揺らし、
夜の気配が静かに降りてくる。
小さな火が灯り、三人の影が、山小屋の壁にゆらりと揺れた。
夜は、思ったよりも早く深くなった。
山小屋の火は、ほとんど熾き火だけになり、
外では虫の声が、途切れることなく響いている。
千秋は壁にもたれたまま、
やがて静かな寝息を立て始めた。
「……眠った、ようですね。」
冬彦が声を落として言う。
春花は小さく頷き、
千秋のほうを一度だけ見た。
「ええ……。」
少し、間が空く。
「……春花様。」
冬彦が、ためらいがちに名を呼ぶ。
「先ほどの村でのことですが……
あの子に、何か言われましたか。」
春花は、驚いたような顔をしてから、首を横に振った。
「いいえ。何も。」
そして、熾き火を見つめたまま、静かに言う。
「……ただ。」
声が、ほんの少し揺れる。
「千秋は、志木原のことを、良い所だった、と。」
冬彦は、言葉を挟めなかった。
「城が焼けて、街も消えて、
それでも……恨む言葉を、ひとつも口にしなかった。」
春花は、小さな手を膝の上で握りしめる。
「まだ、あんなに小さいのに。」
ぽつり、と。
「……私のことを、恨んでいないと、いいのですが。」
冬彦が息を吸う。
「春花様、それは――」
「わかっています。」
春花は、静かに遮った。
「千秋が悪いわけではないし、私が悪いわけでもないことも。」
けれど、と続ける。
「それでも……志木原の名を背負って生きている以上、
あの子の失ったものと、無関係ではいられません。」
熾き火が、ぱち、と小さくはぜた。
「……それに。」
春花は、千秋の方をちらりと見て、声を落とす。
「もし、私が“姫”だと知ったら。
今のように、笑ってくれるかどうか……。」
その言葉に、千秋の胸が、ほんのわずかに上下した。
冬彦は、まっすぐに春花の目を見る。
「……春花様。あの子はきっと、強い子です。」
春花は、驚いたように顔を上げる
「強い……?」
「はい。」
冬彦は、確信を込めて言った。
「恨みを口にしない強さも、人を選んで信じる強さも。」
春花は、少しだけ考え、それから小さく息を吐いた。
「……そうであれば、いいですね。」
沈黙。
虫の声だけが、夜を満たす。
千秋は、相変わらず眠っているふりをしていた。
(恨む、ねえ。)
心の中で、そっと笑う。
(そんな余裕、なかっただけだよ。)
でも。
(この子が気にしてくれるなら……まあ、悪くないか。)
千秋は寝返りを打つふりをして、
ほんの少し、春花の方へ体を寄せた。




