【リリエルとの会話】
その夜、眠れなくて、窓を開けた。
冷たい夜風が、頬を撫でる。
気持ちいい。
外を見ると――
泉の方角に、小さな光が見えた。
青白い光。
(リリエル...?)
僕は、そっと家を抜け出した。
父母が寝ている間に。
音を立てないように、玄関を開ける。
外は、静かだった。
虫の声だけが、響いている。
月明かりを頼りに、森へ向かった。
木々の間を抜けると――
泉が見えた。
水面が、月光を反射して輝いている。
そして、その畔に――
リリエルがいた。
本来の姿で。
銀髪。
尖った耳。
透き通るような白い肌。
「リリエル」
「あ、ルーゲル」
リリエルは、笑顔で振り返った。
「ねむれなかったの?」
「うん。リリエルも?」
「わたしは、もともと、あんまりねないの」
リリエルは、水面を見つめた。
「せいれいぞくは、すいみんじかんが、みじかいんだ」
僕は、リリエルの隣に座った。
草が、柔らかい。
「ね、リリエル」
「なに?」
「ほんとうに、いいの?がっこうに、くること」
リリエルは、少し考えて答えた。
「うん」
「でも、たいへんでしょ?にんげんのまちは、せいれいぞくには、きついって...」
「たいへんだよ」
リリエルは、正直に言った。
「にんげんのまちは、まりょくが、うすい。わたしたちには、いきぐるしい」
「それに、ずっと、へんしんしてなきゃいけない。それも、つかれる」
リリエルは、僕を見た。
「でも」
彼女は、微笑んだ。
「それでも、ルーゲルと、いっしょにいたい」
その言葉が、胸を締め付けた。
「どうして...?」
「だって、ルーゲルは、わたしの、はじめての、ともだちだから」
リリエルは、空を見上げた。
満天の星空。
「わたし、ずっと、ひとりだった」
「せいれいぞくの、なかでは、へんなやつって、いわれてた」
「ことばがすきだって、いっただけで、わらわれた」
リリエルの声が、少し寂しげになった。
「でも、ルーゲルと、であって」
彼女は、僕を見た。
「はじめて、わかってくれるひとが、できた」
リリエルは、僕の手を取った。
「だから、はなれたく、ないの」
僕は、リリエルの手を握り返した。
「ぼくも、おなじだよ」
「ルーゲル...」
「ぼくも、リリエルと、であって、はじめて、ほんとうの、ともだちができた」
前世では、友達なんていなかった。
いや、表面的な付き合いはあった。
でも、本当の意味で、心を開ける相手はいなかった。
「だから、いっしょに、いこう」
僕は、リリエルを見た。
「がっこうに」
「うん!」
リリエルは、満面の笑みで頷いた。
二人で、空を見上げた。
星が、キラキラと輝いている。
流れ星が、一つ、空を横切った。
「あ!」
リリエルが、指を差した。
「ながれぼし!」
「ねがいごと、した?」
「うん!」
リリエルは、目を閉じて、何かを願った。
僕も、目を閉じた。
(リリエルと、ずっと、ともだちでいられますように)
そう、願った。
目を開けると、リリエルも目を開けていた。
「なに、ねがったの?」
「ひみつ」
リリエルは、いたずらっぽく笑った。
「いったら、かなわなくなっちゃうから」
「そっか」
二人で、笑い合った。
風が、優しく吹いている。
木々が、サワサワと音を立てている。
泉の水面が、波紋を作っている。
すべてが、穏やかで、優しい夜だった。
「そろそろ、かえろうか」
「うん」
二人で立ち上がった。
「また、あした」
「うん。また、あした」
手を振って、別れた。
リリエルは森の奥へ。
僕は村へ。
家に戻ると、誰も気づいていなかった。
僕は、そっとベッドに潜り込んだ。
温かい布団。
柔らかい枕。
目を閉じると、すぐに眠りに落ちた。
夢を見た。
リリエルと一緒に、学校に通う夢。
楽しい夢。
でも、その夢の隅に――
白い光が、ちらついていた。
《沈黙の光》。
まるで、何かを警告するかのように。




