宝石精霊国物語 番外編 【王太子の逆鱗】
お義兄ちゃんの反撃です。
王宮にある王太子専用の部屋に、一人の下級貴族が謁見に現れた。
その部屋には奥の玉座に王太子であるハルが座り、出入口の扉の両脇に屈強な二人の騎士が立っている。
基本的に王宮に呼ばれ、入ることが許されるのは上級貴族と一部の中級貴族だけ。
下級貴族は夜会などに特別に呼ばれることがあるが、滅多には無い。
ましてや王太子殿下に一対一で謁見するなど有り得ないことだった。
下級貴族は顔色を悪くしながらおずおずと跪いた。
「突然呼び出してすまない。遠路はるばる王宮までご苦労だったな。」
「はっ、勿体ないお言葉にございます。こちらこそ王太子殿下に拝謁叶いましたこと恐悦至極にございます。…して、その、私めにお話とは一体何でございましょう?」
部屋は何故かシャンデリアの明かりが落とされ薄暗く、ハルの後ろから日が差して逆光になっていた。
その為、ハルの表情は伺い知れない。
下級貴族は何故か冷や汗が止まらなかった。
「先日の国王陛下の御生誕をお祝いするパーティーのときの話だ。…身に覚えは?」
「はっ…」
下級貴族には何を問われているのか身に覚えがあった。はっきりと。
「先日のパーティーには私はもちろん、かわいい義妹のロアも参加していた。国王陛下の御生誕祭ということで下級貴族たちも数人呼ばれていたな。お前はその内の一人。」
ハルがスラスラと話すのを下級貴族は黙って聞くことしか出来ない。
身動き一つすら取れず、流れる冷や汗は顔から滴っている。
「複数のメイドから証言があった。お前がロアにグラスに入ったシャンパンをかけた上、暴言を吐いていた、と。」
下級貴族は一瞬で血の気が引いて真っ青になった。
震えが止まらない。
「ロアになんて暴言を吐いたんだ?言ってごらん?」
「はっ、あ…いやっ、その…」
「言ってみろ。」
全身にとてつもない重力が掛かっているように動けず、顔を上げることも出来ない。
ロアになんて言ったか?もちろん覚えている。
それを素直に話したらどうなってしまうのか。
しかし嘘を話すことは出来ない。
メイドの証言がある。
言い逃れなんて出来る筈も無い。
下級貴族は震える声で話し始めた。
「カ、カラスの子…と。」
「ほう。それだけでは無いのだろう?」
「…側妃の…不義の子である、から、精霊様の加護を授からなかったのだ、と…」
「…確かにメイドたちの証言と合致する。お前は嘘をついていない。正直に話してくれてありがとう。」
ルルーニア王国では、カラスは"魔物が姿を変えて人々を呪いに来ている"と言われ、不吉の象徴とされている。
下級貴族はロアの黒髪をこのカラスに例えて侮辱したのだ。
「正直に話してくれたが内容に誤りがあるな。ロアは確かに側室の妃の子ではあるが、紛れもなく国王陛下の血を引いている。国王陛下は正室の母上も側室の義母上も平等に愛しておられたし、愛されておられた。それに国王が子を作る際には、多くの家臣たちの目がある。不義の子、というのは間違いだな。」
「は、はい…。申し訳ありませんでした。どうか、どうかお許しくださ…」
「聞きたいことはそれだけだ。もうよい、下がれ。」
「はっ…」
下級貴族は顔を上げ凍り付いた。
ハルの目だけが冷ややかに、妖しく光り、下級貴族を突き刺した。
お前にこれ以上の発言権は無い、というように。
気が付くと両脇に騎士が立ち、抱えられて下級貴族は退室した。
ほとんど死人のような顔だった。
それからその下級貴族の名は聞かなくなり、住んでいた筈の屋敷は空き家になっていた。
――下級貴族の安否は今も不明のままである。
読んで頂いてありがとうございます。
どうしても書きたかった話で、書いてて楽しかったです。