《06》炸裂する(知人の)ひと目惚れ
昼の学食はとても混みあっていて、席をゲットするのもひと苦労だ。これだから三限の授業が終わったらすぐ学食に行きたかったのに、教授が自費出版したとかいう本を「次の授業からこの本をテキストとして使います」なんて言い出して買わせるから……出遅れてしまった。
案の定学食は学生で溢れ返っていて、とても食事ができそうにない。こうなれば学内のコンビニでサンドイッチでも買って、ベンチで食べようと外に出た。
学内のコンビニで買い物を済ませ、図書館横のあまり人の来ないベンチに座ってサンドイッチを食べる。
どうして、コンビニのサンドイッチに入っているレタスはこんなにシャキシャキしているのか? そんなことを考えながら食べていると「榎本」と声を掛けられた。
「……畑中くん」
「隣、いいか?」
「あ、うん。どうぞ」
ベンチに中央に座っていた私は横にずれて、もう一人座れるように場所を開けた。畑中くんはそこに座ると、コンビニ袋の中からおにぎりを取り出して食べ始める。
「悪いな。相談したいことがあるんだ、次の日本文化史で発表するレジュメについて悩んでるところがあって」
「いいよ、食べたら図書館に移動しようか? 大きな机もあるし、資料が欲しかったらすぐに持って来られるし」
「ああ、そうしよう。助かるよ」
畑中くんと私はベンチに並んで座り、当たり障りのない話をしながらコンビニで買った昼食を食べる。それを私はとても穏やかで、楽しい時間だと感じていて……ベンチの横にあるイチョウの木からハラハラと舞い落ちてくる黄色の葉っぱも、一層綺麗に見えていた。
昼食後、すぐ横にある図書館に移動してレジュメの内容についての話をし、資料を集めては検討を繰り返した。畑中くんも私も四限は授業がなかったから、二人で色々調べものをしているうちにあっという間に時間は過ぎてしまう。
五限の授業がある私と、バイトがあるという畑中くんは資料を持って図書館を出た。
「汐里~、こんな所にいたのかよ! 探してたんだぞ」
図書館から西館に向かう通路を歩いていると、正面から石川くんが走って来るのが見えた。
彼、石川秀人は保育園、小学校、中学校の同級生。高校は違っていたけれど、大学で再会した幼馴染という関係でもある友人だ。
「どうしたの、石川くん」
「……こないださぁ、食事会したんだよ」
「うん」
隣にいる畑中くんが「食事会って、合コンだろ?」と呟き、石川くんが「うるさいよ!」と軽い体当たりをした。二人はひとしきりじゃれてから、石川くんは私に向き直る。
「その食事会でさ、すっごい可愛い子に会ったんだよ。何ていうか、こう、ビビッと運命感じたんだよね。この子がいい、この子とずっと一緒にいたいって」
「それは、おめでとう」
「よかったな」
世に言うひとめぼれっていうやつかな? 石川くんが素敵な女の子と出会えたのは良いことだろう、それを私に報告する理由はさっぱり分からないけど。友達だから?
「うん、それでさ……その女の子、出身高校が湊西高校だっていったんだ。汐里、その子と一緒だったってことだ。だから、その、悪いんだけど……間を取り持って貰えないかなって」
「……え」
「ちょっと待てよ。合コンで知り合ったんなら、一次会でも二次会でも連絡先の交換をしたらよかっただろ。なんで榎本に仲介を頼むんだよ?」
それは私も不思議に思った。食事会でも合コンでもなんでもいいけれど、要するに出会いの場としてセッティングされた会で知り合ったのなら、その場で電話番号とかリネアのID番号とか交換したらよかったのに。
「いや、そうしたかったのは山々なんだけどさ……その子が〝次にまた会えたらね〟とか言って、教えてくれなかったんだよぉ!」
「それって……お断りされたんじゃないのか?」
畑中くんは言い難いひと言をズバッと言った。
「いやいやいやいや、次に会えたらって言ったから! 初めて会って、ちょっと一緒に飯食っただけの男に連絡先教えてって言われて、今はまだ無理って思うのも……そうかなーと思ったんだよ。だから、次に会えるようにしようって言ってくれたと思うんだ。だからさ、汐里!」
石川くんは私を拝むように両手を合わせ、深く頭を下げた。
「ほんっとに悪いんだけど、申し訳ないんだけど、間に入ってくれ! お願いだ、頼むよ!」
「…………仲介できるかは分からないけど、その女の子の名前聞いてもいい? 本当にその子が湊西高の出身なら名前くらいは知ってると思うし」
「そうだな、聞かされた出身高校が本当かなんて分からないよな。お断りしたい相手なら、高校だって適当に躱すために嘘言うだろ」
「えええ~、そんなこと言うなよぉ。ちゃんと正直に話してくれたと、俺は信じるぜ! ……その子の名前は菜穂子ちゃんだ、牧田菜穂子ちゃん。汐里、知ってる……よな?」
すがるように言われた名前に私は覚えがある。そう、同学年にいた女の子だ。二年のときに同じクラスで、三年のときに進学別のクラス分けになって別のクラスになった。牧田さんとは顔を合わせれば話くらいするくらいの間柄で、高校の同級生だった人という括りになる。
「知ってる、私の知ってる牧田さんと石川くんの言う牧田菜穂子さんが同一人物なら」
「彼女、花山女子大の学生だって言ってた」
「あ~、なら同じ人かも。確か、花女に受かった人の中に名前があった気がする」
そう言えば、石川くんは飛び上がって喜んだ。子どもみたいにぴょんぴょん飛んで、ガッツポーツをする。
「やった! 頼むよ、汐里。菜穂子ちゃんと俺の中を取り持ってくれぇええ!」
再び両手を合わせて私を拝み、何度も頭を下げる石川くん。人通りがそんなに多くない西側の通路だけれど、ある程度人は通るし建物の窓から私たちの姿は丸見えだ。周囲の人たちの視線が痛い。
「……直接は無理なんだけど、まあ友達に聞いてみるよ。期待しないで待ってて」
私は、畑中くんの「いいのか?」という心配そうな言葉に「大丈夫」と返事をして、興奮して叫んでいる石川くんから逃げるように畑中くんと二人急ぎ足で西館に向かった。
「なんかひと目惚れってすげぇな。あんな風に興奮できちゃうもんなのか……」
「あはは、人それぞれだと思うけどね」
西館の入り口前で畑中くんと別れ、私は建物の中に入り教室へ向かう。
座席が階段状になっている大教室の窓側にある席に座り、テキストや文具を用意していると外で奇声をあげて騒いでいる人がいた、と噂話が耳に入って来た。
私の知る石川くんは落ち着きのあるタイプではない、元気で明るいお調子者系だ。でも、周囲を気にせず騒いだりはしない人だった、空気は人一倍読んでいたから。それなのに、あんな風になりふり構わず行動させちゃうのだから、恋って凄いものだ。
そうなると、私の胸にある畑中くんと一緒にいるときの感情は……恋と呼べるものなのかな?
人目を気にせずはしゃぐような気持ではないし、小説やコミックにあるような胸が苦しくて~とか顔から火が出そうなほど暑くなるとかそういうこともない。
これは、恋ではなく……友情の延長? 恋へ恋する憧れ的な?
…………自分の気持ちなのに、わからない。
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オルダール王国歴1129年 3月19日
□20日13時21分、ネベット領リディング・リディング中央駅到着予定
◆18日オールドリッチ靴店に代金を払いに行くも、支払い済だといわれた。あの青年は靴の手入れを頼み、一組の革靴を購入したけれど支払いは自身でしたとのこと。
オールドリッチ氏には「上客を紹介してくれてありがとう」と感謝された。
思っていたのとは違ったけれど、お財布は傷まなかった。けど、これで良かったのだろうか?
★前世の記憶を思い出す。時間軸的には前回見た記憶よりも昔、学生だった頃のようだった。
シオリとアツシはダイガクで知り合い、良い関係を築いているように見えた。幼馴染で友達だという軽い感じの男性はどこか浮世離れしているような、現実が見えていないような感じがして、不安な気持ちを掻き立てられた。巻き込まれると碌なことになりそうにない感じだ。
シオリの友人:イシカワ・ヒデト
シオリの同級生:マキタ・ナホコ ハナヤマジョシダイガクに在学
シオリの卒業したコウコウ:ミナトニシコウコウ
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