(04)即興演劇の場になる飲食店街
木製のカウンター越しに体の大きな男性と向かい合う。
彼と私を隔てているのは、木製のカウンターと透明な魔法で出来た板だ。この透明板は優秀で、お互いの顔ははっきり見えるし声もしっかり聞こえる。でも、物理攻撃も魔法攻撃も防ぐことが出来るのだ。
無法者の攻撃を魔法板が防いでくれた、という先輩たちから聞いた話は一つや二つではない。私たち入国受付業務担当者を守る、誠の盾なのだ。
「ようこそ、コルディフへ。身分の証明できる物の提示をお願いします」
ここはオルダール国ベルムート領にある国境の街、コルディフにある入国管理局、入国審査室。 入国審査室の受付業務担当、通称〝受付嬢〟という仕事に就いて一年。長いようであっという間だった。
ここには産休・育休で一年間休職する職員の代わりで派遣された。明日からは復帰する正規の職員がここに座って仕事をすることになる。午前中のうちに彼女との引継ぎも済ませ、代理役はこなせたと思っている。
私がここで受付嬢をするのも今日が最後、一年間働いて仕事にも慣れて職場の人たちとも良好な関係が作れていたから、素直に寂しい。
ここに来る前は二年間、警備隊の食堂で食材の下拵えとか皿洗いなどの下働きをしていた。その次は一年間、商会の一室に籠って帳簿の整理をやっていた。どこの職場でも最後の日は寂しい気持ちになって、もう少しここで働きたいと思う。
けれど、私にとってバルフ商会からの命令は絶対で、逆らうなんて出来ないし意見することも難しい。悲しい立場だ。
せめて職場の人たちに「あの子はよくやってくれたよ」と言って貰えるよう、最後の仕事に集中する。
***
「ジリアン、お疲れ様~。別の職場に行っちゃうって聞いて驚いちゃった!」
一年間の〝受付嬢〟業務を無事に終え、いつも仕事帰りに立ち寄るコーヒースタンドに行く。ここで仕事終わりのコーヒーを注文するのもこれが最後だ。
顔馴染みの女性店員さんから、冷たいミルクコーヒーを受け取る。ここのコーヒーを味わうことも、何気なく交わす会話ももう出来ないかと思うとますます寂しさを感じる。
入国審査の仕事は気に入っていた。必死に勉強した外国語のスキルを活かすことが出来たし、一緒に働く人たちとの関係も良好で、いろんな国の人たちの利いた事のない話や珍しい文化などに触れるのは本当に楽しかったのだ。
「私も残念だよ」
「……次の仕事が落ち着いたら、またコーヒー飲みに来てよ?」
「通えるような距離だったらいいなぁ」
そう思うも、きっとそうはならない。なんたってバルフ商会は世界各国に支店がある大商会で、私は言われるがままどこへでも行って仕事を熟さなくてはいけない立場だなのだ。だって、ここベルムート領にだってそういう理由でやって来たのだから。
「もし無理なら手紙頂戴よ」
「うん。落ち着いたら手紙を書くね」
口を付けたミルクコーヒーは冷たくて、ミルクの風味が感じられる優しい味だ。どこか、前世で好んでいたコーヒーショップのアイスカフェオーレに味が似ているような気がする。
「いつ行っちゃうの?」
「明後日には、本社のあるネベット領へ向かうの。明日は最終的な荷造りと、借りていた部屋のお掃除ね」
「明後日!? すぐじゃない!」
「仕方がないよ、ネベット領はここから遠いんだもん」
バルフ商会の本社があるのは国の中央部にあるネベット領、ここから魔鉱列車(石炭の代わりに魔鉱石と呼ばれる石を燃やして動く列車だ)を乗り継いで二日ほどかかる。商会の人事派遣部から送られてきた手紙に書かれた日に間に合うように行く、となると明後日には出発しなければ間に合わない。
「ジリアン。明後日、何時の魔鉱列車に乗るの?」
「朝八時十五分発の王都行きだけど」
「お見送りに行くから~!」
私の後ろにコーヒーを買いに来たお客さんが並んだ為「分かった、ありがとう」と言って、その場を離れる。
ここで過ごした一年は、本当に穏やかで充実した日々を過ごせたと思う。
朝から夕方まで受け付け業務をし、狭いながらも自分の家を借りて生活していた。自分の生活の中に借金、という物が存在していることを忘れてしまいそうなほどだ。
次もこんな風に仕事をこなし穏やかに暮らせるといい、そんな風に思いながらミルクコーヒーを飲みつつ、今日の夕食をどうしようか? と飲食屋台や飲食店のある通りに向かった瞬間、大きな声が響く。
「ジリアン・エヴァンス!」
仕事を終えた人たちが大勢行き交う大通りで名前を呼ばれて振り返れば、そこには二人三脚でもしているのか? というくらい体を寄せ合う一組の男女が立っていた。
「はい?」
男性はコルディフの事務官服を着ているので、街の役場に勤める事務官。淡い金髪に緑の瞳を持つ、整った顔立ちをした下級貴族といった感じだ。その男性にオナモミかセンダングザのようにべったり貼り付いている女性は若く、金色の巻き毛を持つお人形のように愛らしい顔立ちで、桃色のふわふわとしたデイドレスを着ている。
「キミとの付き合いは今日ここまでとしたい!」
「はあ、そうですか」
私のコルディフでの勤務は先ほど終わったので、コルディフに所属している事務官との付き合いも今日までだ。そんなことは理解しているので、こんな人通りの多い場所で大声を出して言うことでもないだろう。なにを考えているのやら?
「キミは仕事も出来るし、頭もいいし、気も利く女性だ。だから次があるだろう」
「はあ、そうですね」
明後日、私はコルディフを出発してバルフ紹介本部に戻る。そこで次の仕事を選び、次の職場へと派遣されることになるのだ。
次の派遣先がどこで、業務内容がどんなものになるのかは分からないけれど、〝あの子が来てくれてよかった〟そう思って貰えるように努力するつもりでいる。
「……だから、そう悲観しないで欲しい。……というか、反応が薄いが大丈夫かい?」
「ビリー、突然のことだったからジリアンさんも驚いているのよ。驚き過ぎてどう反応していいのか分からないのだわ」
「あ、ああ、そうか。キミが受けるショックの度合いを考えていなかったよ、すまなかった」
「ごめんなさいね、ジリアンさん。ビリーはあなたよりも私が良いのですって、諦めがつかないとは思うわ? でも諦めてちょうだいね」
桃色ドレスのオナモミのごとき女性は勝ち誇ったような表情を浮かべて私を見る。
なにこれ? これは素人演者が披露する即興恋愛劇かなにか?
「ねえビリー、もう一度ジリアンさんにはっきりと教えてあげてちょうだい? はっきりと、よ」
「ああ、そうだね」
「?」
二人の会話内容が頭に入って来ない。この二人はなにを言っているのだろう?
「ジリアン・エヴァンス。キミとの付き合いは今日で終わり、お別れだ。僕は男爵家の者だ、やはり僕の相手には貴族の令嬢が相応しい。キミは賢いし、見た目も……まあ、地味だけれど悪くない。けれど、生まれというものは変えられないものなのだ。分かって欲しい」
まるで舞台俳優のように事務官の男性は身振り手振りを加えながら言う。
いつの間にか「何事だ?」と野次馬が周囲を取り囲むようにして集まっており、正しく見世物の恋愛劇となっていた。
お読みくださりありがとうございます。
イイネなどの応援をして下さった皆様、本当にありがとうございます! 感謝感激です。
後ほどもう1話UPいたしますので、よろしくお願いいたします。