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補足(6)他人のせいで思うようにならない 05

 アーディー様に「私と結婚したい」って思って貰うために、私は積極的にアプローチするって決めて実行した。毎日彼に顔を見せに行き、会話を交わす。昼休みには一緒に食事をしようと誘い、時にはお菓子の(もちろん子爵家のシェフが作ってくれたもの)差し入れたりして交流を図った。


 けど、どうにも反応がよくない。なんで?


 なかなか昼休みのお誘いができなくて確認してみれば、昼休みには近所のお店が売ってるランチセットを買って、何もない裏庭に行って食べている。


 そこにはアーディー様と一緒に、見慣れない地味な女がいた。しばらく様子を見ていたけど、アーディー様が彼女に優しく接している様子はない。地味な女も彼に接触する様子はない。


 庶務課の友達に聞けばあの地味な女は庶務課に来てる派遣社員。就業時間中は半地下の書類保管室に籠って仕事をしていて表に出てくることはないし、他の誰かと仕事で関わることもない。


 お昼はいつも外で持ち込んだお弁当を一人で食べていて、誰かと連れ立ってレストランに行くとかもしない……「無害な女よ。気にすることないわ」という言葉に納得する。

 確かに男の人の目には留まりそうにないし、本人もそのつもりはないっぽい。


 まあ、それでも一応けん制しておこうかなって昼休みに声をかけた。


「探したんですよぉ、アーディー様」


「ホール事務官補佐? どうしてここに……?」


「一緒にお食事をって、約束していたじゃないですかぁ。私、ランチを持ってきたんですよ? 食堂のテーブルを借りて食べましょう?」


「いや、そんな約束は……そもそも、俺を愛称で呼ぶなんてことは……」


「やだ、アーディー様ったら、照れたりしてぇ」


 私とアーディー様との関係を見せつけるようにしたけれど、彼女は心底どうでもよさそうだ。これは、友人の言う〝無害な女〟は本当だったか、と少し安心した。


「……失礼します」


「あら、いたの。……どこの誰なのかは知らないけど、私のアーディー様に近付こうとしても無駄よ? 彼は私と婚約するのですもの! ね、アーディー様!」


「婚約なんてとんでもない! 待ってくれ、ジリアン。俺の話はまだ終わってない」


「アーディー様! そんな女と話すことなんてないはずだわ、うちのお父様から正式に婚約の話が入っていますよね?」


「離してくれ、ホール事務官補佐。ジリアン、キミは待って……」


 この女に優しい言葉なんてかけたこともないのに、アーディー様は焦った様子で派遣の子を呼び止める。なんで? 


 もしかしてあの子はアーディー様に興味はないけど、アーディー様はあるの? 


「私にお話しすることはございません。それから、どこのどなたかは存じませんが申し上げます。私はここに仕事をしに来ております、それ以上でもそれ以下でもございません。バージェス司法官との関係は〝無関係〟であり、今後その関係が変わることはございません」


 すごい、ここまではっきり私の欲しい言葉をくれるなんて。私は嬉しくなって、笑顔が自然に浮かんだ。


「分かったわ~、絡んでごめんなさいねぇ~」


「ジリアン!」


 派遣の子を追いかけようとするアーディー様の腕を引っ張る。


「私のことはエヴァンス、とお呼び下さい。名前で呼ばれるような関係ではございませんので。失礼します」


「ジリアン! 待ってくれ、アドルフ・クレマーは覚えているか!?」


「アーディー様ったらぁ」


 バタンッと大きな音を響かせて扉が閉じて、派遣の子の姿は見えなくなった。


「いい加減、離れろ! キミとの婚約は断っただろう、俺はキミと結婚するつもりはない!」


「そんな、アーディー様。照れなくて大丈夫ですよ? 今はふたりきりですしね。さあ、お昼にしましょう?」


 でも、私はまた気付いた……あの派遣の子を真正面から見た瞬間にわかった、あの子〝シオリ〟だ。前世でアツシの恋人だった女。


 だって顔の印象が似ているし、あの真面目で融通が利かなそうな雰囲気もそっくりだもん。それに、私の前世の記憶っていうか魂っていうかそういう、心の奥のほうにあるものがそうだっていってる。だから間違いないと思う。


 アツシの魂と記憶を持ってるアーディー様が執着しているのも、それが理由だろう。それに対して、態度や物言いからあの子の方は前世の記憶がないのか、認識できないだけなのかはわからないけど、とにかくアーディー様を前世の恋人だとは認識していない様子。


 これはチャンスだ。今しかない。


 私はそれから猛アピールを始めた。今まで以上に声をかけたし、アピールもした。


 派遣の子が〝シオリ〟としてアーディー様の中にある〝アツシ〟を認識する前に、アーディー様と私の関係をはっきりと確実なものにする。


 前世の人生で掴めなかった分も含めて、今世で私は幸せになるんだから! シオリからの邪魔なんてさせない。



 ***



「……どうして? どうして、こんなことに?」


 涙が零れて、床に落ちた。ポタポタという音だけが部屋に響く。


 私はホール子爵令嬢じゃなくなったの? アーディー様との結婚はどうなったの? 


 どうしていつもうまくいかないの? どうしてシオリはいつも私の邪魔をするの? シオリさえいなければ全てうまくいくはずなのに。


 どうして?


 扉が開いて、警備隊員や司法代理人が入ってきて私にいろいろ言ってきたけど……ほとんど理解できなかったし、私の言っていることは通じなかった。


 なにを言ってるの? どうしてわかってくれないの?


 考えてもわからない。聞いても誰も教えてくれない。




 その後、何週間かして私は裁判に出た。


 裁判でも一生懸命訴えたのに、誰も私のことをわかってくれなかったし、私の疑問に答えてもくれなかった。


「セレスト・ブラウンさん。あなたに判決を言い渡します」


 いつの間にか私の苗字は〝ブラウン〟とかいうものに変わっていて、戸籍も新しくなっていた。お父様が私を除籍したって、本当だったんだ……今になって実感する。


 もう私はセレスト・ホール子爵令嬢じゃないから、そうは呼ばれない。

 私は平民のセレスト・ブラウン。


「あなたはなんの落ち度もない女性に対して、酷い言葉を投げつけた挙句に水筒で彼女を殴り、馬乗りになって傷つけました。それは許されることではありません。性別も年齢も身分も関係なく、周囲にいる人間に暴力を振るうことはあってはならないことなのです」


 平民になってしまった私は、アーディー様と結婚できない。


 また、私は幸せになれない。前世でも今世でも……不幸なまま人生を送っていくことになる。


 これも全部全部、派遣の子のせい。シオリのせい。


「……あなたは実際の年齢ほど、心や情緒が育っていない。我々はそう判断しました。そして、まだあなたが年若い年齢であることも考慮して、〝女子更生施設〟への入所していただきます。期間は設定しません」


「え……」


 普通は一年とか、半年とか、期間が決まってるんじゃないの?


「あなたが成長し、今回のことを全て本当の意味で反省したと、第三者の目から見て判断されたとき……あなたは施設から出ることができます。施設でしっかり学び、自分を見つめ直し、反省してください。まだあなたは若い、やり直すことができるものと信じての判決です」


 意味がわからない。


 私が本当の意味で反省するってなに? 何度も言ってるのに、私はなにも悪くないって。


 悪いのはシオリであって、あの派遣の子……ジリアン・エヴァンスだって。全部あの子が悪いんだって言ってるのに、どうしてわかってくれないの?


 私が反省することなんてなにもないのに!


 私はいつも幸せを奪われる、前世でも、今世でも。


 私はいつも、他人のせいで思うようにならない……いつも、いつも。

お読み下さりありがとうございます。

イイネ、ブックマーク、評価などの応援をして下さった皆様、ありがとうございます!

お花畑さんによる一方的なお話はこれにて終了です、お付き合いいただきありがとうございました。

次回、最終回になります。

どうぞよろしくお願い致します!!

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