補足(2)他人のせいで思うようにならない 01
「もうおまえなど、娘ではない。ホール子爵家の名を名乗ることは二度と許さない、家族に会うことも、親類縁者に会うこともだ」
数日ぶりに会うというのに、お父様は顔を見るなりそう言い捨てた。私を見つめるお父様の冷たい目と、信じられない言葉に言葉を失う。
なぜ、そんなことをおっしゃるの? なぜ、いつものように優しく笑って「大丈夫だ、セレスト。あとのことはお父様に任せなさい」といって下さらないの!?
「お父様!?」
「私のことを父と呼ぶな、おまえはもう私の娘ではない」
「なぜそのようなことをおっしゃるの! どうしてそんな酷いことするの!」
警備隊庁舎にある簡素な部屋、事務用の机と椅子があるだけの小さな部屋に私の声が響いた。けれど、お父様には全く響いていないみたいで……背中に冷たい汗が流れる。
あの女を勢いに任せて怒鳴りつけて、気が付いたらあの女の水筒を使って殴りかかっていた。意識してやったんじゃないの、カッとなって……勢いに任せてやってしまった、それだけなのに。それを『傷害』だといわれて、私は逮捕されてしまった。
警備隊庁舎に連れて行かれて、地下にある牢屋(暗いし狭いし最悪)へと放り込まれて数日。やっと会えたというのに、お父様はとても冷たい。信じられない。
「おまえは自分がなにをしたのか、わからないのか? 傷害事件を起こしたんだぞ!」
「傷害事件って、相手はただの平民よ! それにちょっと叩いちゃっただけじゃないの。私は貴族なんだもの、お父様の力であの平民を黙らせてくれたらいいことでしょう!? どうしてそうして下さらないの!」
私は子爵家の令嬢だけれど、あの女は平民。元々の生まれは男爵家だっていうけれど、平民以下の生活をしていた没落貴族、そもそも爵位は家よりも下。
黙らせることなんて簡単なはずなのに、どうして!
「あの娘の後見人は大物なんだ」
「こう、けんにん……?」
「親代わりになっている人物のことだ。それがなくとも、おまえ、自分がどんな時間にどの場所で事件を起こしたのかわかっているのか!?」
「え?」
私があの子を叩いちゃったときの、時間と場所? 時間は確かお昼休みに入ってすぐくらいの時間で、場所は法務庁舎が建っている緑地公園に面した大通りの近くで……
「昼休憩に入ったばかりの時間は、昼食を買いに職場から外へ出てくる者が多い。貴族、平民に関係なく、おまえが一人の平民に対して狂ったように理不尽な言葉を投げつけ、挙句の果てに水筒を奪って殴りつけた現場を大勢の人間が目撃したんだ」
「あ、そういわれたらそうだけど……で、でも、お父様、目撃した人にお金を渡して見なかったことにして貰えばいいでしょう? 平民なんですもの、お金でなんとか……」
「馬鹿なことを。あの場に何人の人間がいたと思っている? おまえの凶行を見てあの場から逃げた者も、警備隊の詰所に駆け込んだ者もいる。とても全員に口止めができるような状況ではないし、その口から事実が広がることを止める術もない」
「そんな……そんな……。じゃあ、私は……どう、なるの?」
フンッとお父様は鼻を鳴らし、くるりと私に背を向けた。
「傷害を起こした犯罪者として裁判で裁かれる。そして、その決められた刑の受けるのだな。他に道はない」
「お父様!」
「我がホール子爵家から犯罪者を出すわけにはいかない、すでにおまえの除籍届は提出し受理されている。平民籍を取得し、好きな苗字を名乗るがいい」
「お父様! 待って、ごめんなさい! 私、そんなつもりじゃなくて……ただ、アーディー様と結婚したかっただけなの! それをあの子が邪魔するから! あの子、アーディー様に興味なんかないっていってたのに嘘をつくから……それでカッとなっただけなの。こんなことになるなんて……全然思っていなかったの!」
「……」
「だから、ごめんなさい! 許して! お父様!」
「……」
私の必死の謝罪を無視して、お父様は扉を開けて部屋から出て行ってしまった。
私に、なにもいわずに。
私は一人、小さな部屋に取り残された。慌てて扉を開けようとしたけど、内側からは全然開かない。声を出しても誰も来てくれない。
私は扉の前に座り込んだ……涙が止まらない。
どうして私がこんな目にあわなくちゃいけないんだろう? どうして?
私の人生で邪魔が入るときって、いつもあの子が関係してた……前世でも、今世でも。
***
私が前世の記憶を思い出したのは、私が九歳か十歳くらいのとき。
二番目のお姉様が主催で開いた音楽会だったか、詩歌を楽しむ会だったか、よく覚えてないけどとにかく我が家で開催された催事会場でのこと。
私は淡いペパーミント色のふんわりした春ドレスを着て、美味しいお菓子をたくさん食べて、庭に整えられた花や動物の形になった植木などを見て楽しんでいた。
当時の姉は十二か十三歳で、招待されていた令息令嬢も同世代で爵位も同じか少し下だった。お姉様と私の友人作りと婚約者候補探しといった面もあったのかもしれない。
招待された令嬢の中に爵位は男爵と低かったけれど、凄く可愛い子がいた。年は私より一つか二つ上くらい、黒くてまっすぐな髪が印象的で、ラベンダー色のドレスがとても似合っていた。その黒髪を飾るアメジストと真珠の髪飾りもとても可愛かった。
私はその髪飾りがとても気になって、近くで見たくなった。今思えば、前世のデザインで似ている物を愛用していたから気になったんだと思うけど、そのときはとにかくその髪飾りを手に取ってよく見たいと思うばかりで……つい手を伸ばしてしまった。
私の指が髪飾りに触れるか触れないか、そのとき物凄く強い力で突き飛ばされた。
「それは姉様の物だ! おまえが触っていい物じゃないんだぞッ」
そんな叫び声を聞きながら、私はすぐ横にあった噴水に落ちた。
ドボーン、ゴボゴボという水音しか聞こえなくなり、すぐに体が動かせなくなる。生地をたっぷり使ったドレスは水を吸って重くなり、泳いだことなんてない私は体の使い方もわからずに水の中に沈んでいった。
すぐに家の使用人が助けてくれたけど、私は体調を崩した。
春とはいってもまだ気温は低くて、更に冷たくて清潔とはいえない水をたっぷり飲んでしまった私は高熱を出して三日間生死をさまよって、その後も二週間くらいベッドから起き上がることもできなくて辛い思いをした。二度としたくない。
けど眠っている間に私は前世での記憶、細野星羅として日本で生きた全てを思い出したのだ。
生まれて、生きて、色々あって、そして死んじゃう……そんな記憶。
私が寝込んでいる間に事件は一応の解決を迎えていて、私はそれをベッドの上でイチゴにたっぷりの甘いミルクをかけたものを食べながらお父様から聞かされた。
私を噴水に突き落とした男爵家の令息は「姉の髪飾りが見たかっただけの子爵令嬢に声掛けするでもなく突然暴言を吐きながら突き飛ばし、噴水に沈めた」と幼いのに暴力的な者と世間で認知されたらしい。その結果、男爵家からは廃嫡されて領地の隅っこに送られたとか。
姉である黒髪の男爵令嬢は決まりかけていた婚約がダメになって、周囲からも「突然乱暴をふるうような者を兄弟に持っている」とか「子どもの躾も出来ない男爵家のご令嬢」といわれて貴族社会から遠巻きにされているらしい。
男爵家からは私に慰謝料とお見舞金が支払われて、その支払いの結果あの家は大きく傾いている……とか没落したとか。
正直にいって、ざまぁみろって感じだ。
だって、髪飾りが見たかっただけでほしかったわけじゃないのに……なにも悪くない私に酷いことしたんだから、あの姉弟の処分は当然だと思う。
むしろ甘いって思ったけど、家族がみんな私を心配して大事にして甘やかしてくれたから、よしにしてあげようって決めた。私ってば、優しい。
因みに、私を噴水に突き飛ばしてくれた彼には前世の記憶があって、前世で姉妹が子爵令嬢に虐められていたから今世でも姉が私に虐められるものだと思い込んでの行動だったとか。
馬鹿みたい。本当に馬鹿みたいだ。
お読み下さりありがとうございます。
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これより、脳内がピンク色でお花が咲きまくった人の自分勝手な考えが垂れ流されるお話が数話続きます……最後までお付き合いいただけますと、本当に嬉しいです。
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