《03》深夜の再会はコンビニで
(00)→今世 《00》→前世
カッコの形にて舞台が切り替わります目印としております。
時刻は十七時をまわり、パソコン画面から視線を外して目頭を指で摘まんで揉んだ。最近はドライアイが酷くて、市販の目薬が手放せない。
「先ぱぁい、あたし今からどうしても外せない用事があるんですよぉ。でもぉ、このデータの入力って今日中って言われててぇ、間に合わないんですぅ」
「はぁ? それはあなたの仕事でしょう。自分で責任もってやりなさい」
「ええぇ? あたしは出来ないんでぇ、このまま未入力になっちゃう方が責任ないって感じじゃないですかぁ?」
「ちょっと、富野さん、あなたねぇ!」
彼女は今トレンドの鞄に最新型のスマホを入れると「じゃあ、時間なんで後はよろしくお願いしますぅ! お先に失礼しまぁ~す」と席を立ち、短めのスカートをヒラヒラさせながら事務所から出て行ってしまった。
「……先輩、私やりますよ」
そう申し出れば、部署の先輩社員は肩を落として資料の半分を渡して来た。
「ごめんね、半分やってくれると助かるわ」
「大丈夫です、すぐにやります」
パソコンの入力画面を呼び出し、渡された書類のデータを入力していく。キーボードを叩くカタカタという音が事務所に響いた。
同じ部署にいるさっきの新人は縁故採用。会社会長の曾孫で現社長の孫だというあの子は、仕事らしい仕事をしたことがない。でも、若くて可愛らしくて、体のラインがはっきり出る服装をしていることで男性社員の受けはとても良い。
ミスを注意するとか、お願いした仕事が終わってないことを尋ねでもしたら最後、周囲の男性社員を味方に付けて「酷いですぅ」とか「あたしぃ、まだ新人でわからないことがおおくてぇ」とか聞き取りにくいベチャベチャ系口調と泣きマネでこっちを悪役にして終わり。この一年で何度も見た光景で、悪役にされた先輩や同期の女性社員が三人ほど辞職したり部署移動したりしていってしまった。
創業者一族って、そんなに凄いのかな? あの子、そんなに可愛いかな? あんな頭悪そうな子と一緒にいたいかな? と思いながら、彼女のやるはずだったデータ入力を片付けた。
時刻が二十二時をまわる少し前、私は会社の入っているビルから出た。
外はもう真っ暗で黄色っぽい街灯がポツポツと道路を照らしていて、時々走り抜ける車の赤いテールランプがはっきり輝いている。
結局、手渡された以外にもまだ終わっていない仕事(担当は当然富野さんだ)が見つかって、先輩と一緒に必死になって終わらせた結果……この時間になってしまった。
「……疲れた…………もうなにかする気力ないよ」
とぼとぼという音が聞こえそうな足取りで駅に向かい、ふらふらと電車に乗って一人暮らしをしているアパートのある最寄り駅で降りる。本当ならスーパーに寄って食材を買って帰宅して、自分で夕食を調理しなくちゃいけないけれど……そんな気力はない。
ついでにスーパーはすでに営業を終了している。
「……コンビニかな」
暮らしているアパートへの帰宅途中には、緑色の看板が目印の二十四時間営業のコンビニがある。
そこで冷凍パスタとコンビニスイーツでも買って帰ろう、ハッシュドポテトやミニコロッケといったホットスナックも買おうかな。シャワーを浴びて録画していたドラマでも見ながらそれを食べて寝よう、そうしよう。
私はそう決めてコンビニの中へと入り、予定通り冷凍パスタと生クリームのたっぷり乗ったプリン、レジ横にあるホットスナックケースをガン見してからひと口サイズのから揚げとフライドポテトを買った。
二十二時過ぎに買って食べるものじゃない、確実にギルティだ。でも、ジャンクで味が濃い物を食べたい気分だったのだ。そうでもしなくちゃ、今週の残りを頑張り抜けない。
鞄の中に入れている小さなエコバッグに買った品を入れて、出口に向かう。すると、コンビニの自動ドアが開いて人が入って来た。
「きゃっ」
入退店の時に鳴るピンポンピンポンという電子音が響く中、私と入店して来た人と衝突しそうになるのをギリギリで回避する。
「おっわ……あ、ああ、すみません」
「いえ、こちらこそごめんなさい」
ぶつかりそうになった相手に頭を下げて謝罪すると、その横をすり抜ける。
「あれ……榎本? 榎本汐里?」
突然名前を呼ばれて顔を上げれば、そこには同じ大学の同級生だった人が驚いた顔をしていた。
「そうだよな。信湊大学で一緒だった畑中篤志だ、覚えて……る、よな?」
彼とは学部が違っていたけれど、一年のときは履修している講座が一緒であることが多かった。グループディスカッションで同じ班になったこともあり、友人といっても問題がないくらいには関係があった。そして、私が一方的に想いを寄せていた人。
「畑中くん。もちろん覚えてる……けど、分からなかった。髪型違うし、眼鏡かけるようになったんだね?」
「ああ、大学出た辺りから視力が悪くなってさ。……って、ごめん、夜遅いのに引き留めた」
畑中くんはスーツの内ポケットから名刺ケースを出すと、名刺を差し出した。そこには誰もが知ってる大企業の名前が印刷されている。
「裏にさ、プライベートな番号とリネアID書いてあるから……連絡くれよ」
「え?」
「せっかく再会したんだぞ? 仕事とは関係ない相手とメシ食うって俺には必要な時間だから、よかったら付き合ってくれよ」
「ああ……、うん」
そう返事をしたとき、コンビニに腕を組んでべったりくっ付いて歩く若いカップルが入店してきて、畑中くんと私は「じゃあ」と言って別れた。畑中くんはコンビニの中へ、私は外へ。
家に向かって歩きながら、貰った名刺の裏を確認する。そこには電話番号とリネア(主流になっているスマホの通信アプリ)のID番号と〝絶対連絡くれ、絶対だぞ!〟と少し乱れた文字が書かれていた。
「絶対って二回も書いてる」
そんなに私からの連絡が欲しいのだろうか? まさか、でも? 期待と不安が入り乱れる。
私は一人で暮らすアパートに帰り、シャワーを浴びてとても遅いデザート付きのジャンクな夕食を取りながら、畑中くんの電話番号を登録して、リネアに連絡を入れた。文字を入力して数秒で返事があって、驚いたけれど……少し嬉しかった。
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オルダール王国歴1129年 3月16日
◎ベルムート領コルディフ入国管理局での仕事は17日で任期満了
■後任の方への引継ぎ、各所への挨拶は完了済
□18日 寮の部屋の掃除と荷物纏め 寮の管理人、コーヒーショップコウルのスタッフに挨拶
□19日 8時25分発 ネベット領リディング行き魔鉱列車乗車:チケット有
★久しぶりに前世の記憶を思い出した。前世の私はシオリという名前で、社会に出て働いていた。必死に働く、というところは前世も今世も変わらない。きっと私という魂はずっと働き続ける魂なのだろうと思う。
シオリは学生時代の同級生だという男性と再会していた。
前世の私はあの男性とどういう関係で、あの後どうなったのだろう?
自分の名前:シオリ・エノモト 男性の名前:アツシ・イケハタ
通っていた学校の名前:シンミナトダイガク
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