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補足(1)〝はい〟か〝喜んで〟のみ可

 7月に入り夏真っ盛りという季節だけれど、北部地域はそんなに暑くない。中央地域や南部ならばすでに汗だくになるだろうけれど、北部では薄い上着を羽織って丁度いいくらい。


 1131年の夏、私は変わらずアレッシ領メルーナの入国管理局で働いている。


 4月に入ってすぐ「派遣社員ではなく、正式にメルーナ入国管理局の職員にならないか?」そんなお話もでるくらい、私はこの街と職場に馴染んでいた。


 私はバルフ商会に恩がある。 


 もっと正確にいうのなら、今は義母となったマリ部長に恩があった……貴族学校を中退し、お金もなくコネもない元成金男爵家の生まれの私を拾って、人材派遣部の人材としてくれた。そのおかげで私は寝る場所も食べる物も、仕事先も手に入れることができたのだ。


 その恩あるバルフ商会の人材派遣部を退職して、メルーナの入国管理局へ就職することは……お話としてはありがたいのだけれど、すぐに「はい」とは返事ができない。


「……」


 私の派遣社員としての契約は1年契約で、今年の契約更新はしたばかり。入国管理局に職員として就職するにしても、お話は1132年の4月から。急ぐ話ではないけれど、考えてほしいとのことだ。


「……」


 仕事が終わり、私はいつものように大通りから1本奥へ入ったところにあるコーヒースタンドに立ち寄る。アイスのソイラテを注文して、コーヒースタンドのテーブルを借りて飲む。


 夕方の忙しない街中は7月中旬に開催される『星祭り』の飾り一色だ。6月は『収穫祭』の飾り一色だったのに。お店が展開するイベントごとの切り替え速さにはいつも驚かされる。


 そういえば、コーヒースタンドでも〝スターブレンドコーヒー〟だとか〝スターショコラドリンク〟なるものが来週から発売されると、看板に書かれていた。

 スターブレンドってどんな味? スターショコラってなに?


「ジリアン、お疲れ」


「お疲れ様。今日は早く終われたんだね?」


 1年中ホットのブラックコーヒー1択だというアドルフは、私の向いにコーヒーの入ったカップを置いて肩をぐるぐると回した。その度にボキボキと骨がなる。


「…………ジリアン。そろそろ、前向きに考えた答えをくれないか?」


 声を落とし囁くような声だったけれど、騒めく夕方の喧騒の中でも私の耳にしっかり届いた。


 前向きに考えた答え、とは、男女のお付き合いを始めて、後々は結婚するということに対して『はい』か『イエス』か『喜んで』で答えろ、という返事のことだ。


 選択肢があるように見せかけてない(全部肯定する返事じゃん)ところが、大変彼らしい。


「ねえ、そもそもの話なんだけど」


「なんだ?」


「……私たち、結婚できない、でしょ?」


「はぁ!?」


 アドルフの声は大きくて、周囲にいた人たちの視線が集まる。その視線に気づいたアドルフは体を小さくし、声をさらに落とす。


「なにを、言いだすんだ」


「知らないとはいわせないよ? 貴族は貴族としか結婚できないの。私は今、元貴族の平民なの、貴族であるあなたとは男女のお付き合いはできても結婚はできないじゃない」


 これは国の定めた法律だ。貴族は貴族と平民は平民としか婚姻関係を結ぶことはできない。貴族の家に養子入りするとか、籍を抜けるとかの方法もあるけれど、貴賤結婚は基本許されないのだ。


 バージェス家は子爵階級にある貴族で、アドルフはバージェス家の次男。生まれはクレマー家だけれど、そちらも子爵家で、どっちにしても子爵令息なのだ。


「そもそも、あなたはクレマー子爵家の跡取りだったでしょう? どうしてバージェス子爵家に養子入りしてるの? クレマー子爵家はどうしたの?」


 アドルフは目を丸くして大きく息を吐き出すと「そういえばその辺りの話をしてなかったな」といい、コーヒーを口に含んだ。香ばしいコーヒーの香りが私の鼻を擽る。


「……バージェス家は俺の母の弟、叔父が婿入りした家だ。叔父夫妻の間には4人の子どもがいて、俺にとっては従兄姉であり義理の兄姉になる。兄が1人、姉が3人だな」


 お姉さんが3人もいるって、華やかで賑やかそうだ。


「だからバージェスの家では子どもがほしかったわけじゃない。俺が望んで養子にしてもらっただけなんだ。クレマー家は俺の弟が後を継ぐから問題ない」


「待って待って、ますますわからない。子どもがほしかったから養子にってわけでもないのに、養子に入ったの? まあ、弟さんがクレマー家を継ぐのは問題ないだろうけど」


「……だって、おまえが貴族じゃなくなってしまったから」


「え?」


 アドルフはテーブルに置かれたコーヒーを睨むように俯いた。とても険しい顔をしているけれど、耳の先っぽが赤くなっている。


「おまえが貴族籍でなくなったから、俺たちが結婚するには俺が平民籍になる、それしかないだろう! クレマー家は弟に任せて、すぐにでも平民籍を得ておまえを追いかけるつもりだったが……貴族学校を卒業して、安定した就職先に就職することがクレマー家とバージェス家の双方から出された条件のひとつだったんだ」


「え……」


 赤かったのは耳の先っぽだけだったのに、いつのまにかアドルフの耳は全体が真っ赤になっている。なぜか、それを見ている私の顔まで赤くなってくるから不思議だ。


「平民になるつもりなら、しっかりと安定した仕事を持たないと食っていけないって。ジリアンと将来生まれる子どもをどうやって養うんだって、そもそも貴族学校を中退してまともな職にも就いていない男をジリアンが選ぶわけないっていわれたら、なにもいえなかった」


「でも、なら……貴族学校を出るまではクレマー家にいたらよかったのに」


 アドルフがバージェス家へ養子入りしたのは、私が貴族学校を退学した年だ。貴族学校に通う生徒は、貴族籍にある令息と令嬢という決まりがある。貴族学校を卒業するまで生家であるクレマー家にいても問題はなかったと思う。


「それも考えたんだが……叔父が司法官をしていることを知っていたから、その伝手を得るためにも学生のうちに養子入りする方が俺にとって都合がよかったんだ。それに、弟は……俺がいることで〝いざとなった兄さんにお願いしたらいいよね〟っていう考えを根っこの部分で持っている。少し辛くなるとすぐに甘ったれて勉強から逃げ出すから、俺が家からいなくなる方がよかったんだ」


「あ、ああ……そういう」


 私の記憶にあるアドルフの弟は人懐っこく甘えたな男の子で、周囲の人に頼ることがとても上手な印象がある。おねだりが上手で、可愛い笑顔を浮かべ「おねがい」といわれたら出来る範囲で叶えてあげたくなってしまう、そんな感じ。


 だから、アドルフが家にいたら甘えた考えから抜け出せないという理由は納得できた。


「バージェス子爵の次男って立場なら、結婚と同時に貴族籍を抜けて平民になるのも自然だろう? 貴族の次男以下が家を出るのは一般的だからな。事情が諸々あったにはあったが、俺がクレマー家を出た一番の理由は……おまえとの未来を考えた、そういうわけだ」


「私との未来、の、ために…………」


 どんどん顔に熱が集まってくる。


 平民籍になった私を追いかけるために自分の貴族籍を捨てて、将来のために勉強して安定した仕事に就いた……そんなことをいわれて、堕ちない人間がいるだろうか?


 もしかしたらいるかもしれないけれど、私は……私の心は震えた。感動と喜びにだ。


 アドルフはゆっくりと顔をあげ、私ほどじゃあないけれど赤くなった顔で私の目を見つめた。


「それで、返事をくれないか、ジリアン。返事は〝はい〟か〝喜んで〟のどっちかで頼む」


 私は返事をした「……はい、喜んで」と。


 他の言葉は思い浮かばなかったから。

 というかね! 他に、思い浮かぶ言葉って、ある!?

お読み下さりありがとうございます。

イイネ、ブックマークなどの応援をして下さった皆様、ありがとうございます!

補完の為のお話はこの話を含めて7話を予定しております。

最後までお付き合いいただけますととても嬉しいです、どうぞよろしくお願いいたします!!

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