(31)ゴタゴタの後始末
病室にてレーム課長から、最後に事件のことを聞かれたけれど……突然彼女が現れて暴言を吐かれて、その後持っていた水筒で殴られ地面に倒れた。そこへ馬乗りにのしかかられ首を強く絞められて……そこからは記憶がないので、あまりお話できることはなかった。
「……ありがとうございました。辛いことをお聞きしまして、申し訳ありませんでした。またお話を聞くこともあるかもしれませんが、ご心配はいりません。あなたは被害者です、目撃者も大勢おり事実は覆りませんから」
「あの……」
確か、加害女性セレスト・ホール嬢は子爵家の令嬢だと聞いた。
彼女の実家、貴族としての力を使えば平民である私への傷害事件などなかったことにすることも可能な立場だ。それなのに、事実は覆らないとはどういうことなのだろう?
それを訊ねれば、レーム課長は「ああ」と椅子から浮かしかけていたお尻を再び椅子に戻す。
「貴族の悪習ですね。貴族階級にあれば平民階級になにをしても許されるなんて、何十年前の習慣なんでしょうね。それが生きているなんて、恥ずかしいことです。ですが、事実あなたが考えたように、ホール子爵家からは今回の事件が表沙汰にならないようにと、内々に話がありました」
やっぱり。貴族の家は体面を重んじるから、ご令嬢が平民相手に傷害事件を起こしたなんて醜聞をそのままにしておくわけがない。
「ですが、今回は相手も状況も悪かったですね」
「え?」
私、平民だし、家族や親類もいない天涯孤独状態なんだけど。
「あなたの後見人、マリ・アチソン女史……つい先日彼女はご結婚されまして、夫となったのはセシル・バゼット法務長官です。しかも彼は国内の法を守る四人の法務長官のひとり。あなた自身もバゼット長官とは親しくされているでしょう? 今回の事件についてバゼット長官はかなりご立腹でして……なかったことになどさせないと宣言しています」
内縁関係だから関係がないというのなら、マリ部長とセシルさんは正式に結婚して私を養女に迎えるとまでいったらしい。事実、私が眠っていた二日の間にあの二人は正式に結婚してしまったとのことだ。私との養子縁組の書類も用意があるらしい。
今回のことで私を守り、事件をうやむやにしないために結婚しちゃうなんて驚きだ……そんな風に思いいながらも、私は、私が思っていた以上にあの二人から大切にされていたことが嬉しかった。
きっと今ここにいるレーム課長とリントナー事務官だって、セシルさんにいわれて来ているんだろうと思う。新人じゃなくて、ベテランに対応させて私を安心させつつ絶対になかったことにはさせない意思表示なんだろう。過保護だ。過保護だけども、ありがたいと思う。
「まあ、バゼット長官がとやかく言う以前に目撃者がそりゃあもう大勢いましたからね? とても彼ら全員に〝黙っていてほしい〟と袖の下を渡すことなんて実際にはできないでしょう。人の口を黙らせることは、本当に難しいので」
「確かに……」
私がホール事務官補佐に絡まれたのはお昼時で、しかも沢山ワゴンのお店が出店してお弁当を売っている大通りに近い場所だった。お昼ご飯を買いにきた人、近くにあるレストランに向かっていた人、たまたま通りがかった人などが大勢いたことを私も覚えている。
セシルさんの存在もあったけれど、昼休みに大勢の人がいる中での出来事だったためにもみ消すことができなかった。だから貴族令嬢であるにも関わらず、彼女は傷害事件の加害者となることが決定したらしい。
ひと通りの事情を聞き終わると、お二人は病室から出て行った。きっと法務庁舎に戻って、裁判に向けての仕事に取り掛かるんだろう。
それから一時間もしないうちに、ホール子爵家の使用人という人と子爵から依頼を受けた司法代理人(前世でいう弁護士のような仕事をしている人のこと)がやってきた。
そして、今回の傷害事件についてホール子爵家から正式な謝罪を受けた。
ホール事務官補佐のお父上である子爵様は彼女を切り捨てることに決めたようで、子爵家の籍から彼女を抜いて絶縁する手続きをしているとのことだ。
私には、今回の事件で負ったケガ、精神的苦痛、仕事を休んでしまったことに対する慰謝料とかお見舞金とかいう名のお金が支払われることになった。もちろん、治療費と今入院していることで発生しているお金も支払って下さると。
要するに、今回のことで発生したことに関して慰謝料と治療費など全てのお金を払うから、それ以上のことはいってこないでほしい、絶縁した彼女はもう子爵家とは関係ないから。刑事裁判は仕方ないし、もううちの子じゃないから知らない。アレはもううちの子じゃないから、民事裁判になってもうちは関係ないからねって感じだろうか。
そういうことにするからと説明され、理解するようにと丁寧な言葉で遠回しに諭された。
結果、私の元には残りの借金を全額返済して、さらにまとまったお金が残る程度の慰謝料が支払われることになったのだった。
突然の訪問が二組続き、帰って行くと私はひとりため息をつく。大量の情報を得たせいか、頭の芯の部分が痺れたような感じがしてぼんやりとベッドに座ったまま窓から外を眺める。
司法官の話、司法代理人の話、私が見たシオリの記憶と彼女の感情。それらの情報が一気に入ってきたせいか、脳はパンク寸前で考えることがうまくできない。
窓から見えていた青空が徐々にオレンジ色の夕空に変わり、紫色から紺色の夜空になり、部屋にあまり美味しくなさそうな夕食が運ばれてきたころ、「ジリアン!」と私の名前を呼びながら三組目の突然の訪問者が突撃してきたのだった。
マリ部長とセシルさん、それとバージェス司法官という変わった組み合わせで……私はまた訳も分からぬまま彼らから「ケガをしたって」とか「大丈夫なの!?」とか「痛くはないか?」とか「すまない巻き込んで」という大量の言葉を呆然としながら受け取った。
恐らく就業時間を迎えると同時に職場を飛び出して、ここに駆けつけてくれたのだろう。
「なんなんだ、キミは! バージェス司法官、キミは遠慮したまえっ」
「なにをいうんですか、長官。私が彼女を巻き込んでしまったのですから、心配するのは当然ではありませんか」
「巻き込んだという自覚があるのならば、なおのこと顔など出さずにいたまえ。うちのジリアンに付き纏うのは今後一切認めない!」
「うちの、ジリアン? お言葉ですが長官、あなた様と彼女は全くの無関係です。アチソン女史は後見人ですが、あなた様は無関係です」
「なんだとぉ! マリは私の妻になったんだ、バセット女史だ。妻の保護下にあるジリアンは、私の保護下にあるのと同じだろう!」
セシルさんとバージェス司法官の二人は言い合いを始める。お互いの考えと感情がぶつかり合い、どんどん声が大きくなっていく。
言い合いなどどこでやっていても迷惑な話だが、ここは病院だ。いくら個室だとはいっても、声は廊下や近くの病室にも届いているだろう。止めさせなくては、と声をあげようとした瞬間「あーー! うるさい、やかましい! 騒ぐのなら出てけーーー!!」とマリ部長の声が響いた。
そして二人の腕を引き、背中を押し、病室から押し出す。
「静かに廊下で待っていなさい!」
「……マリ!」
「アチソ……バセット女史!」
驚いたような情けないような顔をした二人の顔が病室のドアに遮られた。
ドアの閉まる音がいつもより大きく聞こえたような気がする。
「はぁ、もう。……騒がしくてごめんなさいね、ジリアン。でも、あなたを心配しているって気持ちだけは受け取ってあげて」
「はい」
「酷い目にあったね、ジリアン。司法官と子爵側の司法代理人とは話をしたんだよね? あとのことは心配しなくていいから、こちらに任せて。セシルが動いているしバルフ商会も動くからね。ゆっくり休んで」
「……はい」
マリ部長に優しく抱きしめられた私は、また少しだけ泣いた。
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