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(02)はじめの一歩

「……まあ、仕方がないね。没落寸前の成金男爵家の令嬢が、名門侯爵家の公子様に対して卑怯で汚い手段を使えるのか、侯爵家の公子様が下級貴族令嬢の手管にコロッと騙されて言いなりになるのか? 下級貴族の令嬢が貴族学校の試験にどうやって小細工するのかって、根本的なところからおかしな設定だけれども、貴族相手に平民が出来ることなんてほとんどないのよね」


「それは、分かってます」


 そんなことは嫌って程分かっている。仮にも没落した成金男爵という貴族なの? っていうレベルではあっても貴族階級にいた、その頃だって伯爵以上の爵位のご令嬢には沢山嫌がらせをされたから。


 伯爵以上の上級貴族と、それ以下の下級貴族とは校舎が違うっていうのに、彼女たちはわざわざ私のいる下級貴族校舎にまでやって来て嫌がらせをしたり、嫌味を言ってきたりしたのだ。


 暇かよ、って何度も思った。


 それも全て、一学年上のアシュベリー侯爵家の嫡男、レイモンド・アシュベリー侯爵令息と私が幼い頃の知り合いだったからだ。


 侯爵令息とは家が近所で、幼い時彼の姉君たちも含めて何度か子どもばかりのお茶会に呼んで貰ったり、季節の催事に呼んで貰ったりした、というだけの知り合いだ。それだけだ。


 告白するのなら、確かに彼は私の初恋相手ではある。


 前世の記憶がよみがえる前までは、純粋に彼に憧れて淡い恋心を胸に抱いていた。蜂蜜色の髪に空のような澄んだ青色の瞳を持った美少年。美少年に優しくして貰った私は彼を好きになった、恋に恋をしていたような淡いものだが初恋だ。それは認めよう。


 けれど十歳で私の中に前世の記憶がよみがえり、今世の私がそれを認識した瞬間、私の胸にあった恋心は吹き飛んだ。微塵も残すことなく、綺麗さっぱり消えた。


 だって、あり得ない。


 向こうは何百年も続く歴史ある名門侯爵家、こちとら曾祖父が金にものを言わせて男爵という爵位を買った成金男爵家。しかも絶賛没落中。もし、歴史ある由緒正しい男爵家であったとしても、侯爵家と男爵家が縁付くなんて……ない話だ。


 アシュベリー侯爵家の人や使用人たちが没落成金男爵家の私を受け入れて、お茶会や催事に招いてくれていたのは、うちが貧乏で食うにも困っていたからだ。


 幼い私がお腹を空かせながら街へクズ肉を買いに行ったり、裏庭でやせ細った野菜を育てたり、自分でヘタクソなりに洗濯をしている姿を見て「あんな小さな子が可哀そうに」と同情してくれていたにすぎない。ノブレス・オブリュージュの一環で、養護施設への寄付と同じレベル。


 その現実に気が付いてからは、礼儀正しく節度ある距離感で接するようにした。お菓子や食事の差し入れに関しては、いただかないと餓死しそうだったので格好つけずに有難く頂戴した……侯爵家の皆様と使用人たちへ感謝の気持ちを忘れずに。


 だからアシュベリー小侯爵様と私の間には、隣人とか知人という関係しか存在していない。


 だというのに、何故か私は入学当初から上級貴族令嬢たちからは酷く睨まれていた。婚約者でも恋人でも、まして友人でもない、子どもの頃に施しを受けていたというだけの知り合いなのに。


 恐らく事務官への推薦状も、昔の知り合いが貴族を辞めて働きに出ると聞いて最後の親切心で書いてくれただけだろう。けれど、その推薦状がなければ学校からの推薦状のみ……それなら事務官への登用はあったかもしれない。


 余計なことを……、ついそう思ってしまった。


「貴族学校での成績はAクラスと優秀。外国語も三か国の読み書きが出来て、計算も完璧。貴族令嬢としてのマナーも習得済みで、〝前世の記憶〟持ちだから仕事に対する心構えも出来てる。……普通に見ればジリアン・エヴァンスという人物は優秀な人材だから、自信持ちなさい」


「ありがとうございます」


「役所の担当官についてはこちらから苦情を入れておくね。……いるんだよね、前世の記憶が今世の生き方に影響しまくってる人ってさ。特に一気に記憶を取り戻した人はその傾向が強い。前世は前世と線引きしなくちゃいけない部分はちゃんとして貰わなくちゃね」


「はい」


 ここはバルフ商会本部にある人材派遣部の事務所。


 大きな事務机に向かい、書類を見ている人物はマリ・アチソン人材派遣部部長。彼女は人材派遣を取り仕切っている敏腕部長で、私と同じ〝前世の記憶〟の持ち主だ。


 同じといっても彼女の持っている〝前世の記憶〟は私のようなモヤッとフワッとしたものではなくて、しっかりはっきりしているとのこと。


 地球という惑星の日本という国に産まれ、小中高大と名門学校に通って勉学に励み、世界的に名の知れた会社に就職してバリバリ仕事を熟していたキャリアウーマン。


 結婚して子どもを産んで離婚してまた結婚して、仕事と子育てに精を出している途中、事故にあって命を落とした……記憶という話だ。


 この世界に産まれて〝前世の記憶〟を思い出してからは、再びバリバリ勉強して就職してバリバリ仕事をして、今彼女はバルフ商会の部長になっている。


「さて、ジリアン……今日からキミはこのバルフ商会人材派遣部に所属の人材になった。この先、私がいう職場に行って、決められた期間、決められた仕事をやって貰うよ」


「はい」


「とはいっても心配はいらない。無茶な仕事は持ってこないし、仕事内容は複数用意してその中からキミが仕事を選ぶことができる。最終的に仕事を選ぶのはキミ自身だからね」


「はい」


「貴族の家への派遣、役所への派遣、商会や店への派遣、仕事はいろいろある。今までキミが学院で培ってきた能力と、キミの〝前世の記憶〟に基く事務処理能力やら、計算能力を活かせる職場は沢山あるのだが……その手の職場は十八歳未満では派遣出来ない。王宮関係は成人年齢である二十歳を越えないと派遣出来ない」


「……私、十八になるまであと二年、成人するまで四年あるのですけど?」


「悪いけど今は年齢のことで派遣先は限られてる、二年間は根性を養うと思ってほしい。これが最初の仕事だよ」


 差し出された紙を三枚受け取った。渡された紙には、それぞれの職場と仕事内容と仕事期間が書かれている。


「…………コレにします」


 私が選んだ職場は警備隊官舎に併設されている食堂、仕事内容は食堂での下働きだ。朝昼晩、警備隊員が食べる食事に関する食材の下拵え、調理補助、皿洗い、食堂の掃除。


 選ばなかった仕事のひとつは、私が退学したばかりの貴族学校の中にある食堂での下働き。もうひとつは同じく貴族学校校舎の清掃。


 なに? 退学したばっかりの学校に、今度は働きに行けっていうの? 


 学校という場所は嫌いじゃないし、仕事内容も気にならないけど、一緒に勉強していた人たちがいる状態ではさすがに勘弁して貰いたい。


 もし私が食堂の下働きや掃除職員として学校に戻れば、またあの公爵令嬢を中心とした貴族のご令嬢方に激しい嫌がらせをされるに決まっている。しかも以前は一応貴族だったけれど、今度は平民という身だ。うっかり大ケガをさせられたり、最悪殺されたりするかもしれない。


「警備隊食堂の下働きは一番きついよ? 長時間動労だし、警備隊員はむさくるしい男ばっかりだけど、いいの?」


「貴族学校には元同級生たちがいて精神的にきついですし、身の危険を感じるので遠慮します。警備隊は警察のような組織ですよね? 下働きの小娘に絡むような人はいないと思います」


「ああ、そういう……分かった。じゃあ、明後日の朝から警備隊食堂で頑張って。担当はラリー料理長だ。初日は汚れてもいい動きやすい服装で朝八時半に食堂の裏口へ行くように、エプロンの支給があるそうだ。初日は昼食用の下働きから、次の日からは朝早いからね」


「分かりました」


 警備隊食堂への派遣契約書に署名をして返せば、マリ部長は大きく頷いた。


「よし、それではこれから頑張ってくれ」


「はい」


 そう、私には借金があるのだ。

 祖父から父へ、父から私へ、膨れあがりながら受け継がれた負の遺産。


 爵位を返還するにあたって、借金の清算もおこなった。家屋敷、屋敷にあった調度品や美術品、残されていたドレスや装飾品など、売りに出せるものは全て売りにだして借金返済に充てた。


 お金持ちだった曾祖父の時代に買った家屋敷は王都の一等地にある立派なものだったので、高く売れた。売れるものは全て売り払って借金返済に充てたけれども、父が膨れ上がらせた借金(父がお金借りた先はバルフ商会金融部だった)の完済は出来なかったのだ。残りの借金は三百万イェン。


 それに私が貴族学校に通うために借りていた奨学金が二百万イェンほどある。本当なら、卒業後に国が指定する仕事に三年就けば返済不要と言われていたのに……退学したため全額返済だ。


 合計五百万イェン。


 借りたお金は返さなければならない、これは私の責任だ。


「さて、これは私からキミへのプレゼントだよ」


 マリ部長は可愛らしくラッピングされたA5サイズの箱をくれた。


「貴族学校の卒業は残念ながら出来なかったけれど、キミの社会人としてのデビューをお祝いする気持ちだから。活用して欲しい」


 お礼を言って受け取ったそれを開けてみれば、中身は手帳とインクが内蔵されているタイプのペンが入っている。


 筆記具はインク壺と羽ペンかガラスペンが一般的な中、インク内蔵タイプの万年筆的なものはまだ高価な品のはずだ。手帳は綺麗な濃紺色で、箔押しの星や月がデザインされていて美しい表紙が目を引く。中は十二か月のマンスリーページ、年間カレンダーがあり、その後ろはメモページというよく見る形の手帳。


「前世ではスケジュールや生活管理に手帳を使っていただろう。社会に出たのだから、仕事も自分のことも管理する必要がある。そのツールとしてここでは手帳が一番だ」


「……ありがとうございます」


 これから私は色々な職場に行って仕事をする。その日にどんな仕事をしたのか、この先なにをしなければいけないのか、その時私はなにを思い感じたのかを記録することはよいことだろう。


 前世でも、なんと言ったか……蓋を開けたり閉じたり出来る箱のような物に、やらなければいけないことや自分の気持ちをメモしたような覚えがある。勿論、この世界にはそのような品はないので記録するためにはノートや手帳に文字を綴るしかないのだ。


 いつか借金がなくなったとき、手帳に書かれた中身を振り返って「大変だったなぁ」と過去のこととして受け止められるように……



 ======



 オルダール王国歴1126年 5月14日


 ■貴族学院を退学。

 ■アディントン男爵家の爵位を国へ返却。

 ◎事務官への登用は不採用。

 ◎バルフ商会人材派遣部の派遣人材として登録。16日から警備隊食堂への派遣が決まる。


 マリ部長からこの手帳をプレゼントされた、今日から書き込む。

 上級貴族の令嬢からの嫌がらせは学校を離れてもまだ続くのだと知って、びっくりしたと同時に呆れた。

 しつこさはスッポン級だ。スッポン令嬢たちとは、これで縁が切れるといい。

 明後日から仕事、緊張でドキドキする。

お読み下さりありがとうございます。

イイネなどの応援をして下さった皆様、本当にありがとうございます!!

始まったばかりのお話に応援しただけて感激しております……

後ほどもう1話UPしますので、よろしくお願いいたします。

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