《28》後から悔いる日 1
お昼は最近オープンしたというイタリアンレストランでピザ。4種のチーズピザときのこと生ハムのピザをシェアし、デザートにジェラートを食べた。
お店のオーナーシェフはピザ職人選手権で世界3位だか2位だかになった実力派、という触れこみとおりピザは最高に美味しかったし、ジェラートもとても美味しかった。
お昼ご飯のあとは書店や鞄のセレクトショップなどを覗き、その後入ったカフェでキャラメル風味のラテを飲みながら十二月から二月までの話をした。話をした、といってもほぼほぼ畑中くんの話を一方的に聞いていたというのが正しい。
「あの女、ホントにわがままで……昼休みなんて一時間しかないっていうのに、フレンチのコースが食べたいとか、鉄板ステーキ店で三万のステーキコース食べたいとか言い出すんだぞ? 俺はいつもコンビニ飯かワンコイン定食だってのにさ」
「一応短大を出てる、はずなんだが正直いって信じられない。なんでって、中学で習う漢字が書けないし、分数の計算があやしいんだぞ? どうやって大学受験を乗り切ったんだって思うだろ? そもそも、高校受験からあやしい」
「ブランドショップに入って、値段も見ないで鞄とか靴とか買い捲るんだ……自分で働いて稼いだ金なら好きにしたらいいと思うが、支払うのは親だぞ? 成人して、就職先を探してるっていう立場なのに、ありえねぇ」
「就職先を探してグループ企業の中で〝研修〟してたんだが、当然まともに仕事なんてできないんだ。基本的な計算はあやしい、漢字は読めない書けない、パソコンのソフトも全く使えないんだからな。コピー一枚取るのに三十分もかかる奴なんて、どこの職場でも使えないし必要ないって判断になるよな、就職になんて無理」
聞けば聞くほど凄い話だ。
私は「うん」とか「はあ」とか「うわあ」と相槌を入れながら聞いていたけれど、信じられない話のオンパレードだった。うちの会社にいる曾孫様も相当だけれど、彼女の上をいってるかもしれない。
彼女の家、細野家は明治の頃から商売で成功して財を成した旧財閥というやつで、グループ企業というものが凄くたくさんある。世界中に会社が幾つもあって、名前は違ってもあの会社もこの会社もグループ企業だったなんてこともよくある……そのくらい大きくて、お金がある。
現在の細野グループトップは彼女の母親で、母方の祖父が会長、父親が副社長を務めていて、お姉さんは海外にある会社の社長でお兄さんも関西方面にあるグループ企業を纏める立場にあるとか。将来は長女か長男のどちらか(二人ともアメリカやヨーロッパの名門大学を優秀な成績で卒業している)がグループ全体を引き継いでいくのではないか、といわれているらしい。
三人兄弟の中で、なぜ彼女だけがああなっているのかはわからないけれど……末っ子の次女だから甘やかされて、みたいな感じだろうか。それにしたって、酷すぎるように思うけれど。
「……大変だったんだね、畑中くん」
「本当に、大変だったんだ。汐里、頑張った俺を褒めて甘やかしてくれ」
「あー、偉い偉い。頑張りました、ハナマルです」
忙しかったのと過度なストレスを感じていたせいだろうか、頭を撫でてあげれば髪は艶をなくしてパサパサしている。よく見れば肌も荒れているし、目の下には茶色のクマができていた。
「本当にお疲れ様でした」
「……うん」
もっと撫でてといわんばかりに頭を差し出されて、私は艶なく乾燥した髪を撫でた。指に少しばかり引っかかりながらも、畑中くんの髪は流れては戻る。
周囲からは「なーに、あのバカップル」という目線が飛んできていたけれど、そんなことは気にしない。私は今大変な仕事を成し遂げた彼を誉めて甘やかしているのだから。
「寄りたいところがあるんだ」
なんとも言えない視線を浴び続けたカフェを出ると、畑中くんはそういって私の手を引いた。
どこへ行くのかと聞いても「いいから」とか「一緒にきたらわかるから」とかしかいわず、頭の上にクエスチョンマークを浮かべた私が連れてこられたのは、私が暮らす街で開発が進んでいる地域だ。
線路と並行して走る大きな四車線道路、その両サイドには有名建築家がデザインした背の高い商業ビルが幾つも並び、大型のショッピングモールも建築中だ。
すでに完成している商業ビル中には有名ブランド直営店や有名なセレクトショップが入店している。東京や大阪に比べたら規模は小さいけれど、華やかで、人が集まる場所になろうと発展している場所。駅南口が今は一番の繁華街だけれど、数年もすればこっちが一番になるだろう。
「……え?」
「こっち」
手を引かれて入ったのは、超高級ではないけれどそこそこ名の通ったジュエリーブランドショップ。洗練されたデザインが人気で、最近ヒットした映画に主演していたハリウッド女優が身に着けていたことで人気が急上昇している。
うちの会社にいる曾孫様が、ここのアクセサリーがほしいと甘い声でうちの課の男性社員にいっていたことは記憶に新しい。甘い声でおねだりされていた男性社員は、鼻の下をびょんびょん伸ばしながら「ええー? 困ったな~」と返事をしながら「おねがぁ~い」と腕に胸を押し付けている曾孫様とランチに出かけて行ったのだ。
「畑中です」
「お待ちしておりました」
引換証を差し出す畑中くん、エレガントな所作でスタッフに「こちらへどうぞ」と案内されたソファ席。状況を理解できないでいるうちに、目の前に用意された輝く指輪。
「こちらでございます。サイズの確認を」
「汐里、指に嵌めてみて。どの指に嵌めるか、分かってるよね?」
「……え?」
どういう、こと? え? 本当に、どういうことなの?
私は混乱の極みにいて、再び生暖かい目線で店内中の人から視線を貰うことになった。
本当に、もう、いきなりなんなのー!
***
私の左手の薬指には指輪が嵌っている。
この指に指輪を嵌めたことはもちろんある。
写真に写る当時三歳のむちむちした幼児らしい私の指にあったのは、青色の花がついたプラスチックの可愛らしい指輪だった。
こんな、本物のダイヤモンドがついたプラチナの指輪を誰かに贈って貰えるようになるなんて、想像していなかったから……左手の薬指の存在が擽ったい。
この指輪の意味はわかってる。わかってはいるし、嫌だと思ってるわけでもない。ただ、私たちの間でそういう話が全く出たことがなかったから驚いているのと、それならば先に申し出てほしかったという気持ちがあるだけだ。
ジュエリーショップを出て、メインストリートの歩道を二人並んで歩く。
「……なー、汐里―。なにもいってなかったことは悪かったって、ちょっと俺も先走ったというか、焦ったというか」
「焦る?」
畑中くんの手が私の手を掬い上げる。
「例の仕事の関係で汐里と会えなくなって、連絡もほとんどできなくなって……このまま汐里が俺の側からいなくなったらって想像したんだ。最初の二日、三日はどうってことなかったけど、時間がたって一週間、二週間って……顔を合わせなくなってさ。この状態が当たり前になることが、凄く怖かった」
「畑中くん……」
「そしたら、汐里と一緒にずっと居たいって……家に帰ったら汐里に居てほしいなって、顔が見たいし声も聴きたい、一緒にメシ食いたいし、抱きしめたいしキスもしたい。それなら同棲……いや、結婚だなって。そう思ったら、俺と結婚してほしくてどうしようもなくなって、それで……感情のまま指輪を用意したんだ」
「……あ」
「汐里、俺と結婚してほしい。お互いシワシワの爺さん婆さんになるまで、ずっと一緒に……」
「畑中くん……」
「お願い」
畑中くんの手を握り、そのお願いを聞き届けるか突っぱねるのか……その返事をしようと口を開いた。
もちろん、返事はひとつだけだ。
「んもーーーーーー! だからー、家には帰るっていってるでしょ! でも、約束は三時なんだから時間まだいいじゃない、あっちのお店も見たいの!」
大通りに金切り声が響き、私たちはそちらに意識をもっていかれた。
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