《27》特殊な仕事内容
「んもー、やっぱり篤志じゃなきゃダメダメだよぉー」
……誰? っていうか、この子、どこかで……
「なにやってるんですか! 離してください! それと、自分のことを名前で呼ぶのは止めてくださいと何度も申し上げておりますが!?」
「やだー、年上なのに名前呼びくらいで照れちゃって。そんなところもかわいいけどね」
「自分は先日で役目を終え、後任には佐々木がついたはずです。彼はどうしたんですか!?」
彼女はぷーっと子どものように頬を膨らませると、畑中くんの腕を抱き込んだ。
「私との仕事が決まる三ヶ月も前から予定されていたことだから、今日はだけはどうしても外せない用事があるって、そういって休んでるの! その用事っていうのが、付き合ってる女の親に結婚の挨拶に行くんだって。そんなくだらないことで休むなんて、酷いでしょ!? 私についてる間は、なにがあっても私を優先するべきなのにぃ!」
ぷんぷんとかぷりぷりとか、そういう表現がぴったりはまりそうな様子で彼女は怒っている。
年齢は私よりも少し下で高価なブランドの服、靴、バッグで身を固めている派手な印象の人だ。ついでに人の話を聞かなそうとか、すごくわがままそうな印象も受ける。
うちの会社にいる会社会長の曾孫という女子社員とよく似ているというか、同類なんじゃないかと思う。
「せっかくの週末なんだから出かけたいの。なのに、〝本日ばかりは……!〟とかいって来ないし! ママもお兄ちゃんも〝一人では外出するな。今日一日くらい大人しくしてるように〟とかって、佐々木が休むのを許しちゃうし、信じられない!」
「当たり前ではないですか。大体、我々社員は休日が認められているのですから、佐々木が休むことはなんでもありません。そもそも、お屋敷にお付きの者が控えているのではありませんか? 彼らを伴えば外出など……」
「いやーよ! 今家にいるのって、間崎と辰川なの。二人が幾つなのか知ってる? 四十過ぎてるの、オッサンじゃない! しかも妻子持ち。なんで私がそんな子持ちのオッサンを連れ歩かなくちゃいけないの。やっぱり、可愛い私と一緒にいるのは若くてかっこいい人じゃなくちゃダメなのー!!」
うわー……うちの会社にいる曾孫様よりもすごいこといってるかもしれない。
ちゃんとしている人たちには申し訳ないんだけど、会社経営者の家族って、ろくでもない人ばっかりと思ってしまいそうだ。
「年末にいい感じになりそうだった人も若いのに妻子持ちだったし……もう最低。ああ、でもごはん美味しかったし、可愛いネックレス勝って貰えたから損ではなかったけど」
ああ、そうだ、思い出した。この女の子、クリスマスイヴに石川さん(旧姓牧田さん)とキャットファイトを繰り広げていた、石川くんの浮気相手の子だ。
「そんなことだから、ずっと就職先が決まらないのですよ。さあ、タクシーを呼びますからお屋敷に戻ってください。それが嫌なら、間崎さんを呼びます」
「ちょっと篤志、ホントに酷いよぉ! 私、五月までに職場決まらなかったら、結婚させられちゃうかもしれないの! ママが勝手に決めた相手とよ!? だから、三月からは真面目に、真剣に頑張ってるの。そのご褒美に週末は楽しく過ごしたいんだってばぁ!」
私はなにを見せられてるんだろう?
畑中くんと彼女の会話内容から察するに、三ヶ月の特殊な仕事というものの内容は彼女の〝お守り〟的なものなのだろうと思われる。おそらく彼女は、畑中くんが勤めている会社の経営者の娘なのか孫娘といった立場にいて、グループ会社の中で就職先を探しているのだ。
今の様子を見る限り、彼女が通常の手順を踏んで就職活動をしてどこか外部の会社へ就職することは難しかったのだろうと思う。絶賛披露中の甘ったれた考え方とおかしな言動では、どこの会社でも社員として迎え入れることは難しいだろうから。
石川くんの就職した会社は、畑中くんの勤めている会社の系列子会社だったから……彼女は実家のグループの子会社を一社三ヶ月程度で渡り歩いて働けそうな職場を探している。その三ヶ月の間、彼女のお守りというかお目付け役として年齢の近い男性社員をつけている、と想像する。
けれどそのグループ企業内就活は上手く行ってはいなくて、恐らくタイムリミットは五月いっぱい。そこまでに決まらなければ、グループ会社の役に立つ政略結婚をさせようという……前時代的な所に着地するようだ。
まあ、今の時代でも、大きな企業になれば結婚なんて本人の気持ちなんて関係なく決められるものなのかもしれない。一族経営をしている会社は特に。
「……すまない、畑中!」
低くかすれ気味の声が聞こえ、そちらに目線をやると黒いスーツに青いネクタイをした男性が足早に近付いて来て、彼女の腕を掴んだ。
「きゃー! 間崎、なんでここにいるの!」
「星羅お嬢さんが屋敷にいないって大騒ぎになってるところへ、畑中から駅前にお嬢さんがきていると連絡が入りましたので迎えに来たのですよ」
「もう、篤志ってばホントに間崎に連絡するなんて! 信じられないっ! 一緒に来てくれないと、お婿さん候補から外しちゃうんだからね!?」
「? なにを言ってるんですか、自分はただの社員です。あなたの婿になどなりません」
「篤志! あなたは私と結婚して……」
「お断りします」
「さあ、星羅お嬢さん、参りましょう!!」
「間崎、触らないでぇ!! 篤志!!」
星羅という名前の女性は黒服の男性に引っ張られ、送迎レーンへと引きずられていく。車が何台も並び、人の送迎をしているレーンには大きな黒塗りの外車が停まっていて、後部座席のドアが開いていた。あの車の後部座席に彼女を乗せるつもりなんだろう。
彼女はギャーギャー騒いで暴れて、大勢の人の注目を浴びている。
「星羅お嬢さん、社長が三時からお話があるとおっしゃってます。お屋敷に戻りましょう」
「もぉおおお、ママもなんなのよー! わかったわよー、三時までには戻るから行きたいお店に寄ってちょうだい! 篤志、篤志! なんとかママを説得するから、六月からまた私について……」
放り込まれるように彼女は車の後部座席に入れられて、バタンッと扉が閉まり彼女の甲高い声が消える。そして、黒塗りの外車は滑るように走り出し、ロータリーから姿を消した。
駅南口にはいつもの風景が広がって、大勢の一般市民が行き交う穏やかで平和な騒めきだけが残る。
なんだか、あの黒い服を着た人、仕事とはいっても大変だ……同じようなことを畑中くんが三ヶ月もこなしていたのかと思うと、素直に「大変だったね」という言葉が出てきた。
「そうなんだよ……大変だったんだよ」
「浮気してるのかも、なんてちょっと疑っちゃって、ごめんね」
「酷いよ、汐里! 浮気なんて!」
「ああ、うん。本当にごめんね。でも、なんでまた、そんな大変で特殊な仕事を引き受けることになったの?」
改めて、畑中くんから手を差し出されて私はその手を取った。大きな手が私の手を包み込む。
「……あの仕事をこなしたら、出世コースに早くのれるって確約があったから」
「畑中くん、出世に興味あったの?」
意外だな。畑中くん、仕事自体は好きそうだけど、出世に興味がある方だとは思ってなかったから。
「出世っていうか、その、少しでも給料はいい方が、さ……」
「ん?」
「……その理由は、また改めて話すよ。今日はお互いにこの三ヶ月間になにがあったのか、どうだったのかってこととか、会えなかった間のことを話してほしいし、聞いてほしい」
「わかった」
私はベンチから引っ張り上げられるように立ち上がり、「昼ご飯、なに食べたい?」なんて話をしながら、繁華街に向かって歩き出した。
三ヶ月ぶりに二人並んで、手を繋いで歩く。
そんな、当たり前だったことが失われていた……でも、戻ってきたことが嬉しい。
浮気かもよ? なんて姉に脅かされていた〝特殊な仕事〟本当に特殊な仕事で、浮気ではなかった。安心した私は、柄にもなく浮かれていたのだった。
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