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(24)前世の気持ちは誰の気持ち?

 私が職場で意識をなくして倒れたことは当然バルフ商会に連絡が入っていて、夕食を食べたあとで寮に戻れば、寮の一階にある談話室にマリ部長と部長の彼氏であるセシルさんが待ち構えていた。


 倒れたときのことや、病院での診断結果もすでに聞き及んでいるようで、揉みくちゃにされる勢いで心配され、「ちゃんと食べなくちゃダメ!」と幼い子どものように叱られた。


 その後、連休期間を全てマリ部長の家で過ごすことになったのは驚いたけれど……一緒に買い物に出かけたり、春に咲く花が見頃だという花園に行ったり、春の果物菓子フェスに行ったりと春の連休らしい過ごし方ができた。


 ひとりだったら寮の部屋に籠って本を読むか、近所を散歩するくらいしかしなかっただろうから有意義だったと思う。マリ部長たちには感謝している。


「そういえば、前世で関りのあった男に職場で突っかかられていたんだって?」


 春の連休最終日、マリ部長の自宅リビングで夕食後のデザートであるフルーツゼリーを食べているとき突然マリ部長からそう言われた。


「え、ええ、まあ」


「その男、前世ではどういう関係だったの?」


「いえ、わからないんです」


 マリ部長はゼリーを食べる手と止めて、首を傾げた。


「ん?」


「ご存知のとおり、私は夢という形で前世の記憶を思い出すというか……見ています。自由に夢は見られませんし、見たいシーンが見られるわけでもありません。私は、彼と前世でどのような関係であったのか、わからないのです」


「あー、なるほど。あっちは記憶があって、ジリアンが前世で何者だったのか、どういう関係だったのかをわかっているわけだ。でも、ジリアンはまだ思い出してなくてわからないと」


 そうです、と返事をしながらゼリーの中に封じ込められているオレンジを口に運ぶ。


「そうかそうか、それで執着されてるんだ」


「……執着?」


「そうよ? 結構いるんだよね、そういう人。前世の記憶が戻って、そっちの記憶とか感情に激しく引きずられるタイプの人」


「私も引きずられましたよ? でもそのおかげで、男爵家を無事に片付けることができましたし、貴族から平民になることも自分で働くことも全く抵抗なく済みました」


 もし、私が前世の記憶を思い出さずに男爵家のご令嬢のままであったのなら、どうなってただろう? きっと周囲に迷惑をかけて、私自身も辛い立場になったり、儚くなったりしていたのではないかと思う。


「そういうのはいいの。生きていくための意識というか、心構えができたってことでしょ? 私のいう引きずるっていうのは、感情の方。主に愛憎ね」


「愛憎?」


「そ、恋する気持ち、相手を愛おしく思う気持ち、相手を憎く思う気持ち」


 マリ部長はそういってゼリーを上品にスプーンですくい、淡い緑色をしたブドウの果実を口に運んだ。


「記憶を思い出すと恋人だった人とか夫であった人への気持ちも思い出すからさ? その相手と会えたとき、また恋人として想い想われたいって気持ちになるの。それは分かるし、理解できる。そういう気持ちになっちゃうのは個人差あるだろうけど、止められないものだから」


「マリ部長もですか?」


「まあ、私も前世では結婚して出産して離婚して再婚したからねぇ……子どもへの愛情だとか、再婚した二人目の旦那への恋しい気持ちだとかはあるよ。一人目の元旦那への気持ちは〝馬鹿野郎!! 二度と顔見せるな!〟っていう気持ちだけどね」


「……えええ、ちょっとマリ! なにその恋しい気持ちっていうのはさ! マリの気持ちは俺だけに向けられてるよね!?」


 夕食の後片付けをしていたセシルさんがエプロンの端っこで手を拭きながら駆け寄ってきて、マリ部長を背後から抱きしめる。ぎゅーぎゅーという効果音が出そうなほど力強いバックハグだ。


 背後から絡みつくセシルさんを邪魔そうにしながら、マリ部長はイチゴとキウイが閉じ込められたゼリーを一気に流し込むように食べる。そして、セシルさんの腕を軽く叩きながらガラスの器をテーブルに戻す。


「でも、それは前世での気持ちでしょ。この私、マリ・アチソンが生まれる前に日本で生きていた〝安藤真理子〟の気持ち」


「それは、確かに……」


「もしも、もしもの話だけど……もし、二番目の旦那が前世の記憶を持ってこの世界に生まれていて、出会ったらマリはどうする?」


 セシルさんは少し不安そうな声で尋ねる。もちろんバッグハグをしたまま。


「えー? それは、たぶん……好意的に感じるし懐かしい気持ちにはなるね、だって結婚するほど好きだった人だもの。出会ったのがまだ若いころで、今の私と旦那とで改めて結婚したいと思えるほど恋をしたら、彼と結婚したかも」


「明日、再会したら?」


「ええー? セシル、面倒くさいその手の質問、まだ続くの?」


「大事なことだからね。マリ、答えて」


「懐かしく思うだろうけど、それだけだね。この年だよ? 向こうにも家庭なり大事な人なりがいるでしょ? 私にアナタがいるようにね」


「マァァリィィィィィィィ!」


 感極まったセシルさんが改めてマリ部長を抱きしめ、熱烈なキッスが始まりそうだったので……私はフルーツゼリーを急いで全て口に押し込むと「お風呂入ってきます」と急いで居間の席を立った。


 背後から感じる甘い雰囲気を振り払いながら、私は入浴の支度をしてバスルームへと逃げ込む。今日のお風呂は長風呂決定だ。


 けれど、先ほどのマリ部長の話で〝なるほど〟と納得した部分があった。


 前世の記憶による感情はあくまで前世で生きていた人のものだ、あれはシオリの記憶でシオリの感情。ジリアンとして今を生きる私の記憶でも感情でもない。でも、同じ魂を持っていたのだからか……まるでジリアンの気持ちのようにも感じられる。


 もちろん、前世の記憶やその感情を自分のものとして受け入れて生きていく人もいることだろう。前世で深い繋がりのあった人と、前世の感情を引き継いで関係を結び直すことがだめなことだとは思わない。それぞれ個人での考え方や前世の記憶との付き合い方があるだろうから。


 ただ、私自身は、シオリの記憶や感情に引きずられないように、引きずられすぎてはいけない部分なのだと思う。


 だって、私はジリアン・エヴァンスであって、〝榎本汐里〟はすでに亡くなってしまった人だから。




 翌日はマリ部長の家からリディングの法務庁舎という職場に向かい、出勤した。


 その後は寮と職場を往復する生活が続く。変わったことといえば、お昼ご飯をしっかり食べるようになったことだろう。


 バルフ商会が幾つも経営している飲食店の中に、テイクアウトのお惣菜やお弁当を中心に展開しているお店がある。そこのお店が法務庁舎のある敷地の近くでお昼にお弁当を売りだしたのだ。


 私は一か月分二十食分の代金を前払いでまとめて払うと受けられる〝おまとめ割引〟に〝バルフ商会社員割引〟を利かせて、結構な割引を受けてお弁当を買えるから買うようにとマリ部長に命じられた。

 他にもベーカリーやレストラン、惣菜店などがそれぞれにお弁当を出店形式で売っていて、キッチンカーが公園や広場に集まってお昼を売っている景色によく似ている。


 桜に似たピンク色の花が咲き誇るなか、複数のお弁当の出張販売店が並んで大勢の人がお弁当を買い求めている景色は……前世で見た景色と少し似ていて、懐かしさに胸が温かくなった。

お読み下さりありがとうございます!

イイネ、ブックマーク、評価などの応援をして下さった皆様、ありがとうございます。

いただきました応援が続きをかく活力となっております、感謝です。

ありがとうございます、引き続きよろしくお願いいたします!

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