《20》想いの重さ
クリスマスと前日のクリスマスイヴ、私が子どものころはクリスマス当日がメインイベントの日だった。でも、クリスマスイヴの方がメインイベントの日のような感覚になるのはどうしてなんだろう? やっぱり夜を挟むから?
「もう、どうして昨日来なかったの? あんたの分も用意してあったのに」
実家の母は、姉たちが開催したクリスマスパーティーに私が参加しなかったことについて文句をいいながら、昨晩の残り物をタッパーに詰めまくる。メンタッキーのチキン、シャリローのお寿司、ホテルショークラのオードブル……の残り。
「仕事、忙しかったの」
本当は今日だって実家に立ち寄るつもりはなかったのだけれど、リネアに《帰って来なさい》と十も二十もメッセージが連続して入っているのを見ては、顔を見せないわけにはいかなくなった。母はしつこいのだ。
「仕事って、クリスマスなのに!」
「あのねえ、会社にとってクリスマスなんて祝日でもなんでもないの。ほら、カレンダーの数字は黒色だよ? 今日だって休みじゃなかったんだからね」
「……そう言われたら、そうね。そうか、おやすみじゃないのね。あの子たちが朝から準備するからみんなお休みかと思ってたのよ」
主婦とパートタイムで働いている姉たちと一緒にしてほしくないわ。
私は正社員としてフルタイムに残業付きで働いてるんだから!
「そういえばね、お隣の石川さんちの秀人くん。赤ちゃんがもうじき生まれるんだって!」
「へー、そうなんだ」
私は姪っ子たちが持ってきただけで食べずに置いていった、という動物の形をした小袋ビスケットを食べながらテレビのチャンネルをピコピコと動かす。
「赤ちゃんができたからの結婚だって聞いたから、最初はそれってどうなのー? とか思ったんだけどね、やっぱり孫が生まれるのは楽しみだし嬉しいみたいでね? お隣さんったらもうデレデレなのよ、ベビー服がどうとかおもちゃがどうとか。お母さん、楽しみねーって合わせながら話してたんだけど、疲れちゃったわよ」
「へー、そうなんだ」
「秀人くんのお嫁さんって、あんたと高校一緒だった子なんだってね。なんだか、派手で落ち着きのない子だって……家事もほとんど出来ないって愚痴ってたけど、やっぱり孫ができるのは嬉しいものよね」
「へー、そうなんだ」
年末が近い時期の夜に放送しているテレビ番組は特番ばかりで、興味をそそられる番組がない。ビスケットを食べ終わると、袋をゴミ箱に捨ててテレビを消す。
「ちょっと汐里、お母さんの話聞いてるの?」
「聞いてる聞いてる」
「もう! あんたって子は昔から人の話を聞かないんだから」
母は好き放題話しながら手早く残り物を紙袋に入れると、さらに果物フレーバーの缶チューハイ、箱で買ったらしいみかんを数個、カニやホタテの缶詰を詰め込む。「これを持って行きなさい」とこたつの上に紙袋が乗せられた。結構な大きさで、重たそうだ。
「お母さん、今だから言うけど。汐里は大学に行ってから、お隣の秀人くんとお付き合いしてるんだと思ってたのよね」
「はあ? お母さんまでそんな勘違いしてたの? 止めてよね」
「だって、仲良かったじゃない。秀人くんもそれっぽいこと言ってたし、お母さんてっきり……」
「私、そんなこと一度も言ったことないよね」
こたつから抜け出して立ち上がり、母が用意してくれた紙袋を手にした。それは私が想像してたよりも三倍は重たい。手指が千切れそう。
「そうなんだけどね、てっきり。あんたは照れ屋だから、面と向かってはいわないのかなーって。……でも聞いたわよ、畑中くんっていうのよね、汐里がお付き合いしてる彼氏!」
居間を抜けて、薄暗い廊下を進み玄関に座ってブーツを履く。
「お母さん、汐里の彼氏くんに会いたいな~」
「会えば? 連絡先教えてあげようか」
「なんでお母さんが彼氏くんに連絡しちゃくちゃいけないのよ!」
「お母さんが会いたいって言ったんじゃん」
「そういう意味で言ったんじゃないんだってば、お母さんは汐里が心配で……」
ブーツの踵を鳴らしてから立ち上がり、重たい紙袋を手にして振り返る。母は胸の前で両手を合わせ、祈るように私を見つめていた。
母親としては私が「結婚することにしたから」とか「今度将来を考えてる相手を連れて来るから」とか言ってほしいんだろうな、と想像する。
姉たちが結婚してそれぞれに家庭を持って、子どもも生まれて親の目から見た安定している生活を送っている中、ひとりでフラフラしている(ように親の目には見える)末娘という存在が心配なんだろう。
「心配はご無用。私は元気でやってるから、私よりもお父さんと孫たちの心配をしなよ」
「汐里ったら!」
「じゃあ帰るね、お父さんとお姉ちゃんたちによろしく」
「年末年始はちゃんと帰って来るのよ!」
母の声を背中に受けながら実家を後にする。
指に食い込むほど持たされた荷物の重さ、成人して家を出た娘を未だに心配する母の愛情の重さ。どちらもありがたいとはものだとは思うけれど、少々重たすぎはしないだろうか?
紙袋を持ち直しながらスマホを確認するも、私のスマホは全く動きがなかった。
電話はこないし、リネアの既読もつかない。
ため息をつきつつ紙袋の重たさにヨロヨロしながら駅に向かって歩き出すと、お隣の石川家の玄関扉がガラガラッと大きな音をたてて勢いよく開いた。そこから飛び出して来たのは怒り泣きの顔をした女性。
「もう、知らないっ! サイテー!」
小走りに敷地を抜けて道路に出て来た瞬間、彼女と目が合った。
「……あ、牧田さん。じゃない、今は石川さんだっけ」
「え、あ、汐里ちゃん」
高校の同級生で、私が石川くんとの間を取り持った女の子。今は石川くんと結婚して、石川姓に変わっている。
突然の顔合わせにお互いに呆けていると、石川くんの家の中が騒がしくなった。ドタドタという音と強くなにかをいう声が聞こえてくる。
「……あれ? 牧田さん……じゃない、石川さん、昨日…………」
「ちょっと来て!」
「えっ……えっ、なに!」
牧田さん、じゃない石川さんは私の手首を掴んで引っ張るように歩き出した。
ここは日本国内では雪が少なく温暖な地域とされているけれど、12月25日の夜となれば冷える。それなのに彼女はゆったりとしたニットのワンピース一枚にタイツ、足元はサンダルという、外出には不適切な服装だ。しかも、彼女のお腹はふっくらとしていて……お隣に赤ちゃんが産まれるという母の言葉を思い出す。
「そんなに引っ張らないで、一緒に行くから。そんな庭に出るようなサンダルで早歩きなんかしたら危ないよ、転んだらどうするの」
「……あ」
「ゆっくり歩いて。もう少し行ったところにファミレスあるから、そこに入ろう?」
石川さんは歩調を緩めて頷くと、私と一緒に赤い鳥の絵が書かれた看板のファミレスに向かって歩き出した。
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