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(18)予想内と予想外 1

「お話、とはどのような?」


「うん。まずは、謝りたくて…………いろいろとごめんね」


 叱られた子犬のようにレイモンド様はしょんぼりした。謝罪の理由が分からなくて、私は首を傾げる。


「そんなつもりはなかったんだ。僕は純粋にジリアンの助けになりたかったのに……まさかそれが逆の方向に働いてたなんてね」


 そう言われて、私は全て納得した。


 貴族学校を退学し、事務官としての就職を学校に推薦して貰った。けれど、レイモンド様からの推薦状の存在が嫌がらせを呼び、就職先を失ったのだ。恐らく貴族学校には「推薦するに値しない学生を推薦した」とかいうクレームが役所から入ったに違いない。


「まさか……、僕が推薦したことでジリアンが事務官として働けなくなるなんて。話を聞いて急いで就職先に連絡を入れたら、〝そのような下賤な者は事務官として採用されておりません〟なんて返事が返ってくるとは思わなかったよ。さらに、僕がジリアンに騙されていたんだとか、成績を詐称していたとか無いこと無いこと言われてねぇ……本気で驚いたよね」


 レイモンド様はそう言って笑顔を浮かべた、でも目は全然笑ってなくて……怖い。


「あ、その時に対応した担当者は地方へ左遷したからね、安心して。二人目、三人目のジリアンが誕生したら問題だから。それから、担当者に無いこと無いこと吹き込んで、僕がジリアンにいいように扱われたんだって言った人たちも、もういないよ。結婚がダメになったり、就職がダメになったり、彼女や彼らもいろいろ大変だったようでね……まあ、もう僕にもジリアンにも関係がないからどうでもいいけど」


「そ、そうですか……」


 この人は一体なにをしたんだろう? 知りたいけど、知らない方がきっと身のためだ。


「でもさぁ、本当に酷いよ、ジリアン」


「なにが酷いのでしょうか?」


 ゆっくりティーカップに手を伸ばす。白いカップには赤味の強い琥珀色のお茶が揺れる。口に含んだ紅茶は甘みと渋みが絶妙な、美味しいお茶だった。こんなに美味しいお茶を飲むのは、随分と久しぶりだ。


「キミの事務官としての就職をダメにしたって分かって、すぐに連絡したのにバルフ商会の派遣社員として就職してあちこちに派遣されてるって。ジリアンの上司だっていうバルフ商会のアチソン女史は全然取り合ってくれないし。僕よりもずっと先にキミの状況に気付いていたっていう母と姉たちが仕事を頼んだみたいだけど、それも全部他の人に決まっちゃったって。本当、酷いよ」


「……申し訳ありません。仕事の派遣先は複数用意されておりまして、仕事を最終的に選んでいたのは私自身です、マリ課長は関係ございません」


「えええ!? ますます酷いよ、ジリアン! ウチからの仕事は敢えて選んでなかったってことじゃないか」


 手にしていたティーカップをソーサーに戻すと、レイモンド様は不満そうに眉をひそめた。


「申し訳ありません。いろいろありましたので、貴族の方と関わることは避けておりました」


「……そりゃあ、ジリアンがそう考えたのも無理はないかなって思うけど。僕と僕の家は違うだろ? キミが貴族だった頃に親しくしてたじゃない。母上だって、キミを三人目の娘だって言っていたよ」


「それは……ありがとうございます」


 アシュベリー侯爵夫人には本当に良くして貰った。食べるものも着るものもそっと援助して貰ったし、なにより母の愛情をいうものを感じさせて貰った恩人だ。私の実の母は、弟ばかりを愛していて私のことは放置だったから。


「姉たちも気に掛けていたよ、ジリアンを自分付きの侍女として嫁ぎ先に連れて行きたいって二人とも言ってたみたいだ。だからバルフ商会に仕事を頼んだのに」


「……申し訳ございません」


 貴族と関わり合いになりたくないという気持ちに変わりはないけれど、侯爵家の皆様方が私を気にかけて助けの手を差し伸べようとして下さったそのお気持ちは嬉しい。


「僕たちだけじゃない、クレマー子爵もキミをずっと心配していたよ」


「クレマー子爵、が、ですか?」


 道路を挟んでのお隣に暮らしていたクレマー家。おっとりとした子爵夫妻と、同じ年の跡取りで気難しいところのある長男と、少し年の離れたやんちゃな次男という家族構成。


 長男のアドルフ様とは、共にアシュベリー侯爵家で開かれる音楽会やら花見の会などに参加した幼馴染仲間だ。仲間ではあったけれど、彼との関係は決して良好とは言えなかった記憶がある。


 アドルフ様は……端的にいって〝仲良くするのが難しい〟とタイプだったのだ。


 アシュベリー侯爵家での催しには年齢の近い子どもたちも大勢参加していたけれど、彼はレイモンド様以外とは誰とも打ち解け(ちなみに没落寸前の男爵令嬢である私は、レイモンド様と姉君お二人以外からは相手にもされなかった)なかった。


 彼は暗く陰気な性格で、あまり喋らない。やっと喋ったと思えば他人を傷つけるようなきつい物言いをして、反論されればさらに鋭く言い返してくるような……対応が難しい人。ついでに太っていて、肌や髪はどことなく脂ぎっているような様子で、常に周囲の人間を敵と認識して睨みつけているような目つきと表情も、人を寄せ付けなかった原因だったかもしれない。


「そうだよ。キミの父上が亡くなったときも、爵位を国に返上するかもっていうときも、貴族学校を退学するかもっていうときも、相談に来てくれるものだと思ってたようだよ? うちの両親もね」


「え?」


「結局キミは誰にも相談することなく、一人で全てを決めて、一人で手続きをして、一人で後始末をして、貴族令嬢として持つ長い髪を切って姿を消した。その行動力は立派だったと思うよ? 未成年の女の子だったキミは本当に頑張ったと思う。貴族学校で優秀な成績をおさめてるキミを養女にしたいっていう貴族家が幾つもあったから、その話もしたかったのに、話もさせて貰えなかった。……その行動力と頑張りにショックを受けた人がいたんだよ」


「え?」


「まあ、うちに頼るのは難しかったかもだけれどさ? クレマー家には相談して頼ってもよかったんじゃないのかな?」


「なぜ、ですか?」


 私は手にしていたティーカップをソーサーに戻した。


「え? だってジリアン、キミ、アドルフと婚約してたでしょう」


 ティーカップをソーサーに戻していてよかった。もしも手に持ったままだったら、私は紅茶の入ったティーカップを落としてしまっていたことだろう。


 アドルフ・クレマー子爵令息と、婚約? 私が?


 侯爵家の催しで顔を合わせたときも貴族学校で顔を合わせたときも、とても嫌そうな表情をして目を細めて私を睨むと、ため息をついて「すでに家の没落は免れないだろう、女の身でそんなに学んでどうするんだ」とか「美容にもう少し気を遣うべきだろう、女なのだから」とか余計なことを言われた記憶しかない。


 そんな彼と私が……婚約していた? いつから? 


「…………あれ? なに、その顔」


「エヴァンス、まさかとは思うが……婚約の話を知らなかったということはない、よな?」


「今の今まで、知りませんでした。初耳です。えっと、冗談……だと言って下さった方が嬉しいのですけれど」


 ウルフスタン課長補佐の言葉に首を縦に振って言葉を続ければ、二人は「ああー! そういうことかー!」と頭を抱えた。


 どういうことなのか、私にも理解できるように説明して貰いたい。

お読み下さりありがとうございます。

イイネなどの応援、いつもありがとうございます……本当に嬉しく小躍りしております。

皆様、感謝です!!

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