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(17)望まない再会

 夕方17時、本日の業務を終えて文具と部屋を片付けると書類保管室を出てドアを閉める。保管室の鍵を閉めるのはリグリー課長なので、私は朝から夕方まで開け放っているドアを閉めるだけだ。


 今日は食事会があるのだと言って、可愛らしくも華やかな色合いの服とばっちりメイクで武装した婚活戦士たちは就業のチャイムと同時に退勤しており、庶務課の事務所は男性職員数名とリグリー課長が残っているだけ。


「リグリー課長、お疲れ様です。今、少しよろしいでしょうか?」


「ああ、エヴァンスくんか」


「資料保管室の棚にあったインクの予備が無くなってしまいました。補充をお願いできますでしょうか?」


「インクか、分かった。早急に補充するようにする」


「お願い致します。では、お先に失礼します」


「お疲れ様」


 事務的な会話をし、私は残っている職員に会釈をして中央出入口から外へと出た。


 法務庁舎のある敷地には他にも裁判所と税務署があり、更に公園も兼ねているためとても広い。私は散り始めた桜を見ながら、散策通路を抜けて南口から敷地外へ足を進める。


「ジリアン・エヴァンス!」


 南口の端には立派な魔鉱車が一台停まっていて、ウルスフタン課長代理が立っていた。


「…………なにか、ご用でしょうか」


「これから少々付き合ってほしい」


 私の意見など無視して、ウルフスタン課長代理は魔鉱車の後部座席扉を開ける。そして、顎で〝乗れ〟と示した。


「……」


「悪いな」


 全く悪いなんて思っていないのに、言葉だけの謝罪をして後部座席に私を押し込み、自分は運転席へ。そして、魔鉱車は滑るように大通りを走り出した。


 まだ珍しい魔鉱石を使って走る魔鉱車が走れば、街の人たちから視線が集まってくる。乗り心地は良いはずなのに、居心地はよくない。


 ウルフスタン課長代理の運転する車は街の大通りを走り、貴族御用達のお店が並ぶ地区へと入り、中でも予約が取れない店として有名なレストランの車寄せに入った。美食ガイドブックのトップページを飾り、十三年連続五つ星獲得の超高級有名レストラン。


「……」


 やばい、ドレスコード……。


 法務庁舎職員の着る紺と白の制服、くたびれた黒のパンプス、毛羽だったベージュのスプリングコート、形の崩れかけた傷だらけの皮鞄、ボブに切りそろえた髪は紺色の布カチューシャでまとめただけ、顔は仕事用の地味メイク。


 今の私は間違っても、五つ星の一流レストランに入店できるような服装じゃない。


 ピカピカの黒い制服に身を包んだ従業員が魔鉱車のドアを開けてくれる。そこから降りて来るのは、店に相応しいドレスとアクセサリーとマナーを身に着けた淑女であるべきだ。


「ようこそいらっしゃいました」


 私を従業員の低く優しい声が、車から出て来るようにと促す。配車係に車のカギを預けたウルフスタン課長代理にも「エヴァンス、中に入るぞ」と声をかけられ……私はようやく魔鉱車から降りた。


 促されるまま、体を小さくして店内に入れば……落ち着いた赤色の絨毯、高い天井からは巨大なシャンデリアが下がりキラキラと金色に輝く光が降り注ぐ。白く輝く壁、重厚なカーテン、美しく生けられた大輪の花、有名画家が手掛けた風景画、耳に優しいピアノ楽曲が私を取り囲む。


 場違いとしか言いようがない。


「ご案内いたします、こちらへどうぞ」


 ウルフスタン課長代理と私は店の二階奥に案内され、一番奥にある個室へ通された。


 部屋は広く、豪奢な作りだ。革張りのソファセットと硝子製のローテーブルは会談用だろうか。会食用には、刺繍の見事なテーブルクロスがかけられた装飾も美しい長テーブルに揃いの椅子が用意されている。


 そして、その豪奢な部屋に似合う貴人が一人。


「やあ、久しぶりだね、ジリアン!」


 その場で膝をつき、深く頭を下げる。貴族ならカーテシーで問題ないけれど、平民は膝をついて平伏するものだ。


「…………ご無沙汰しております、アシュベリー小侯爵様。この度は……」


「ああ、そういう堅苦しいのは止めて。キミと僕の仲じゃないか」


 一人掛けのソファから立ち上がり、レイモンド・アシュベリー侯爵令息は私の側にまでやって来ると、私を強引に立たせてハグをした。


「……」


 突然のことに体が固まり、思考が停止する。


 ここは超高級レストランの特別室、秘密の会議や人には言えない関係の者たちが食事をすることもできる、特別な空間だ。スタッフもそれを承知している者たちばかり。


 だからといって、侯爵家の令息と平民の小娘がハグなどしていいものではない。

 私が身をよじるのと同時に「レイモンド、やめてやれ。エヴァンスが困っている」と助け船が出た。


「本当に久方ぶりの再会だっていうのに、邪魔することの方をやめて貰いたいよ。ね、ジリアン。僕たちの関係はそんな他人行儀なものじゃあ……」


 ハグから解放された私は二歩三歩と距離を取り、膝を付いて再び頭を下げた。


「ジリアン、本当に止めるんだ。僕はそんなことをキミにさせたくてここに呼んだわけじゃない。キミと話がしたかったから、ここに呼んだんだよ。この場所に呼んだ意味を、理解してほしい」


「エヴァンス、大丈夫だから」


 ここでのことは外には漏れ出ない、侯爵令息と平民の娘が親し気に会話を交わしても問題が無い、そういうこと……か。


 私はゆっくり立ち上がり、頭を下げた。


「お久しぶりでございます、小侯爵様」


「レイ、と呼んでよ、昔のようにさ」


「無茶をおっしゃらないで下さい」


「名前で呼んで。そんなんじゃあ話も出来ないよ」


 子どものように唇を尖らせ、ムウウッと小さく唸る。貴族学校では〝貴公子〟とか〝王子殿下よりも王子様〟と呼ばれていたはずなのに、見る影もない。


「ジリアン、キミと僕は幼馴染だろう? 一緒におやつを食べて、一緒に庭を駆けまわって、一緒に池に落ちて、一緒に昼寝をした仲じゃないか」


 子どもだったから、といっても名門侯爵家の令息と没落寸前の成金男爵家の令嬢が一緒にやっていいことじゃない……こういうのを黒歴史っていうんだろうな。


「エヴァンス、頼む」


 困った様子のウルフスタン課長にも促され「では、この場に限り、レイモンド様とお呼び致します」と妥協すれば「いつでもどこでもレイでいいのに!」と再びむくれられた。〝王子殿下より王子様〟はどこへ行った?




 革張りのソファに案内されれば、シルエットが美しいティーカップで薫り高い紅茶がサーブされる。紅茶のお供はこれまた美しい花の形をしたトリュフチョコレート。


「突然ごめんね。どうしてもジリアンに直接会って話がしたかったんだ」


 優雅に紅茶を口に運び、レイモンド様は私を見て微笑んだ。

お読み下さりありがとうございます。

イイネなどの応援を下さった皆様、本当にありがとうございます!!

応援頂きますと、飛び上がって喜びモチベーションがあがります。

本当にありがとうございます!

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