(14)ごはん時の面会者 2
「エヴァンス嬢……いや、エヴァンスさん、キミは貴族が嫌いか?」
とても答えにくい質問だ。
けれど、ウルフスタン課長補佐の目は『答えろ』と言っている、正直に答えろ、と。
「……好ましい、とは思えません」
「そう思う理由は? なぜ、貴族は好ましくない?」
「貴族の方と関わって、事態が好転したことはございません。関わらない方がいい、そう考えた次第です」
「…………そうして、キミに差し出された援助の手も、善意をも切り捨てたのだな」
大きなため息をつかれ、私は俯いた。膝に乗せた手が震える。
ウルフスタン課長補佐の声はとても冷たくて、私の言葉を不快に感じているのだろうことがよくわかった。
「もうひとつ教えてほしい。キミが貴族学校を中退してすぐ、事務官への登用話があったはずだ。それを断った理由はなんだ?」
「は、い?」
さすがに私は顔をあげた。
今でもよく覚えている。アディントンの家が無くなった日、事務官の仕事は私がどうこう言う前にすでに不採用と決まっていた。学校が推薦状を用意した事務官への仕事が不採用になることはほぼほぼない、と聞いていたにも関わらず、だ。
呆然としながら役場を後にするとき、周囲から「推薦を汚い手で入手した」とか「学校での成績を偽装した」とか「学校での生活態度が最悪だった」とかヒソヒソとでも聞こえるように言われたことだって、覚えている。
不採用になった理由が、侯爵家の若君からの推薦状に関係していることも。
ああ、そういうことか。
私は唐突に理解した。仕事の内容が書かれた書類には〝侯爵家〟としか書かれていなかったけれど、おそらくその侯爵家とはアシュベリー侯爵家だったのだろう。
「推薦状を出した貴族学校にも、侯爵家にも泥を塗ったとは思わないのか?」
「恐れながら」
自分でも思っていた以上に強く、大きな声が出た。
「事務官への登用に関しては、担当者と顔を合わせたときにはすでに書類には〝不採用〟とスタンプがすでに押されており、それにサインをするように言われました。最初から私を事務官に登用などしない、とも」
「は、あ?」
ウルフスタン課長補佐は再び目を丸くし、私を見つめる。その顔には驚愕という文字が書かれているように見える。
「アシュベリー小侯爵様からの推薦状をいただいたことで、多くの貴族家ご令嬢様からお怒りをいただいてしまったようです。私は学校の成績を偽り、小侯爵様に対して汚い手段を使って推薦状を強奪した者、となっておりました」
「な、なんだって……そんなこと、絶対にあり得ない。成績の偽装など出来るはずがないし、侯爵家の者からの推薦状を脅し取るなんてことも出来るわけがない。そんなこと、常識的に考えれば分かることだ……それを」
ウルフスタン課長補佐は両手で頭を抱え、絞り出すように呻いた。
頭を抱えたくなる気持ち、はよく分かる。だって、事実あり得ないことだから。
貴族学校の定期テストの管理は生徒の将来を決める大切なものであるとして、厳重な管理下にある。
テスト用紙の管理に関しては前世でいう大学受験や国家資格受験と同じような扱いで、採点は学年も教科も違う教師が監視の中で行う徹底ぶりだ。
そもそも、なにをどうすれば成績の改ざんなんて出来るんだろう? 改ざんできるのなら、十位前後とか半端な順位じゃなくて、一位にして貰う。
アシュベリー侯爵家の若君に対しても、なにをどう脅せば推薦状を書いて貰えるというのか? 逆に教えて貰いたいくらい。脅すためのネタがないし、もしネタがあったとしてもそれを持ち出そうとした瞬間、私は事故か病気という死因をつけられてこの世を去っていることだろう。
「さらに申し上げれば、もしもアシュベリー小侯爵様からの推薦状がなかったら……私は事務官として就職が叶っていたかも、と思います。貴族学校からの推薦だけならば、ご令嬢方から変に恨みを貰うこともなかったでしょうから」
「…………そういう、ことか」
「そういうことです。ですので、貴族家からのお仕事はご遠慮申し上げておりますし、今後もご遠慮申し上げます。……もし、侯爵家からのお仕事を引き受けた場合、どこから悪意や恨みが飛んでくるかわかりませんから。ご理解いただけましたでしょうか?」
がっくりと項垂れたウルフスタン課長補佐は「分かった、すまなかった」と言って息を吐いてから、ゆっくりと立ち上がった。
「昼休みにすまなかったな。…………ああ、そうだ」
数歩ベンチから離れてから、振り返ると課長補佐は言った。
「最後にひとつ聞かせてくれ。アドルフに辛く当たる理由はなんだ? 奴が貴族だから、という理由だけではないのだろう?」
アドルフに、辛く当たる?
アドルフとは昼休みや勤務開けに私に突っかかってきては、いやなことを言ってくるアドルフ・バージェス司法官のことだろう。となれば、私がバージェス司法官に辛く当たられているの間違いではないだろうか。
「バージェス司法官に辛く当たったことなどございません」
「ん? そうなのか? キミとは会話もままならないのだと言っていたのだが」
会話にはなっていないことは確かだ、彼は私に余分なひと言しか言わないし私はそれに返事をしないから。
「ウルフスタン課長補佐は、自分に対して好意的ではない言葉を毎回かけて来る人を受け入れることができますか?」
「好意的ではない言葉、とは例えばどういう言葉だ?」
「……私が自作して持参している昼食のサンドイッチに対して、〝そんなみすぼらしい物を食べるなんて〟や〝それは人が食べる物か?〟と」
バージェス司法官に一番多く言われるのが昼食に関してだけれど、通勤用に羽織っている春物のコートや愛用している鞄や靴に対して〝いつも同じ物を使っているが、まさかそれしか持っていないとかではないよな……まさかとは思うが〟とか〝なぜそんなくたびれた品をまだ使っているんだ、貧しさがそれでは隠せないだろう〟とか言われたことがある。
……確かに私は節約が必要な生活を送っている。他の職員と比べるまでもなく衣類は安物で、使い古されて傷んでいるし、数も少ない。
昼食は朝食の一部を流用した自作で量も少ない。それは事実だ。
「ああ~、アイツそんなことを……言葉選びってものが全くなってない……」
事実だけれど、第三者にはっきりと言葉にされると地味に堪える。
「…………すまない。キミへの暴言は、あいつに代わって謝罪するよ」
「謝罪は必要ありません。でも、あの、可能でしたら、私に関わることを止めるように言って頂けると嬉しいです」
「それは! ……すまない、上司としての命令はできない」
「そう、ですよね。無茶を申しまして申し訳ありませんでした、忘れて下さい」
暴言を吐くと分かってはいるものの私に声を掛けるな、とウルフスタン課長代理から言ったのならハラスメントになるのだろう。
「アドルフは言葉の選び方が壊滅的に悪く、キミに無礼な物言いばかりしているのだろう。だが、その、そんなつもりはないのだ……」
「では、どのようなおつもりなのでしょう?」
「それは……その、キミも知っているだろう? あいつはキミと貴族学校で同級生だったのだから、あいつの人となりというか、性格というものを踏まえてやってほしい。頼むよ」
ウルフスタン課長代理はそう言うと、逃げるように裏庭から立ち去る。
「……え?」
貴族学校の同級生? 誰が? 私と、誰が、同級生?
私とアドルフ・バージェス司法官が? 同級生?
あり得ない。私の同級生にバージェスなる苗字の生徒は存在していなかったはずだ。
食べかけのサンドイッチの包みを手にしたまま、昼休みが終わる五分前に鳴るチャイムが鳴り響くまで、私はぼんやりとベンチに座っていた。
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オルダール王国歴1129年 4月7日
■1079年以前の資料 転写完了
1080年の資料A01からA12まで転写完了
ウルフスタン課長代理に昼食時に声をかけてきた。
やはり、私に仕事を振ろうとしていた貴族はアシュベリー侯爵家だったようだ。こっちはもう貴族でもなくなったのだし、小侯爵様は婚約者が決まったらしいし、いい加減に私との縁を切ってほしい。
ついでに、バージェス司法官についてもあれこれ言われた。
前世もハラスメント問題はパワハラ、セクハラ、モラハラと多種多様に問題になっていたけれど、こちらでもやはり問題になるのだろう。言っても仕方のないことをついお願いしてしまい、反省する。
一番悩ましいのは、件のアドルフ・バージェス司法官が貴族学校の同級生だという話だ。
何度思い返しても、バージェス姓を名乗っていた生徒は存在していない。課長代理が勘違いしている可能性もあるけれど、私が覚えていないだけ……かも?
確認してみようと思う。
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